67 電子戦の天才

 驚いたことに、呼び出しを受けたのはタケルだけではなかった。

「なぜ、呼び出されたのか、わかりますか?ふたりとも」

執務机の向こうから、アレグレッグ大佐メトナーが睨み付ける。タケルは「いいえ、わかりません」と答えたが、一緒に呼び出されたもうひとり――ブライスは「まぁ、だいたいは……」と答えた。

 あまり敬意の感じられない返答にアレグレックは眉を顰めたが、彼は叱責せずに質問を続けた。

「ブライス教練生、呼び出された理由が思いつくなら提示しなさい」

「えー、ここのシステムに侵入したから……だと思います」

 ブライスは、電子戦対応能力に優れていた。電子戦の授業でも、群を抜いて高い能力をしめしていた。その代わり、体力面ではとても苦労しているようだ。

「ふむ。不正アクセスは認めるのだな?」

 アレグレッグ大佐メトナーは、トントンと指で机を軽く叩きながら、ブライスを問い詰める。

「システムには侵入しましたが、不正ではありません。ボナー教官の言葉に従っただけです」

 ボナー教官とは、電子戦やサイバー技術を教えている教官だ。

「彼女が侵入を推奨するとは思えないが……確認してみよう」

 大佐メトナーが机の上に指を走らせると、三人の目の前にボナー教官の立体映像ホロが浮かび上がった。

「ボナーです」立体映像の女性教官が、大佐メトナーに向かって敬礼をする。

「ボナー教官。ブライス准尉タイルは、君の言葉に従ってシステムに侵入したと言っているが、本当か?」

「いえ、大佐メトナー、私はセキュリティ講座において“施設のセキュリティは万全であり、それを突破できるようなスキルを持っているなら評価してもよい”と話しました。侵入の許可を出した訳ではありません」

「うむ。准尉タイルが曲解した、ということだな?」

「そのように思われます」

「わかった」

 アレグレッグ大佐メトナーが手を振ると、立体映像ホロが消えた。

「さて。君の曲解が意図的なものかそうでないのかはわからん。だが、システムへの侵入は問題の半分でしかない。残りの半分は、許可されていない機密事項へのアクセスを試みたことだ」そこで彼はタケルに視線を向ける。

「私はエノカミ准尉タイルが君を誘導した、と考えているのだがね」

 予想していなかった糾弾に、タケルもブライスも驚きを隠せない。

大佐メトナー、よろしいでしょうか!」

 ブライスよりも先にタケルが声を上げた。

「発言を許可する」

「私にはまったく身に覚えがありません。私にはそのスキルがありません」

 アレグレッグが、椅子の背もたれに身体を預けると、椅子が小さな音を立てる。彼の目は、タケルに注がれたままだ。

「ブライス准尉タイルは実に巧妙だった。機密事項へのアクセスをしようとしなければ、判らなかったかも知れない」

 ブライスがどんな情報にアクセスしようとしたのか、タケルには判らないが、帝国にとってよほど重要な情報なのだろう。通常のレベルよりも高度なセキュリティに守られていたに違いない。

「だが、ブライス准尉タイルの行為が判明した過程で、我々のシステム部門は彼女よりも前にアクセス痕跡を見つけたのだよ。彼女はその痕跡をトレースしていたので、当初は判らなかったのだがね。そして、記録から機密情報にアクセスしたが、君だと突き止めたのだよ、准尉タイル

 ブライスが目を見開いてタケルを見た。確かにを探しているうちに、偶然ヒントとなる痕跡を見つけ、それをトレースした。あれがタケルの仕業だったとは。もしあれは偶然ではなく、意図して用意された罠だったのか?

 しかし、驚いているのはタケルも同じだった。

「そんな……ぼく……私には身に覚えがありません」

 アレグレッグ大佐メトナーの瞳がぎらりと光る。それは狩猟者ハンターの眼だ。これまでにも多くの違反者を見つけ出し、追い詰め、軍から追い出したのだろう。逃がすものか、と恫喝しているようだった。

「さぁ、二人とも、私が納得できる申し開きをしてみたまえ。できないのであれば……」

 施設ここから監獄行きだ、と口にしようとしたアレグレッックだったが、それは言葉にできなかった。なぜなら。

大佐メトナー、お話はそこまで!」

 突然の侵入者によって遮られたからだ。


                ◇


 ブライスは、子供の頃から電子機器との相性が良かった。構造や仕組みを理解しなくても、電子の流れを追うことができた。他人にとってそれは怪しいことらしく、幼くして彼女は“ホントのことは話さない”スキルを身につけた。

 働ける年齢になって受けた適性試験で、サイバー技術への適性が認められたことも、ブライスにとっては当たり前のことだった。そして、生まれ故郷ガルダント星系の星系軍へと入隊した。そこで彼女は、電子戦の天才と呼ばれるようになる。

 ブラハリー72に来たのは、トワ帝国軍への転入とさらなるステップアップのためだ。出世そのものには興味はないが、階級が上がれば扱える機器も増える。より楽しく遊べるのだ。そう、彼女にとって電子機器は遊び相手、軍はおもちゃを用意してくれるスポンサーだった。


 施設に到着して最初に取りかかったのは、自分を守るためのセキュリティ構築と情報収集だった。施設のシステムに侵入することなど、特に苦労することもなかった。システム内のデータから、ギューとルーに関する情報を得た。二人の過去も、それに対する評価も把握した。

 ところが、タケルに関してだけは判らなかった。いや、上っ面のスカスカな情報はすぐに見つけたのだが、過去、例えば出身星系や入隊までの経緯に関しては、まったくの空白ヌルだった。空白ブランクではなく、空白ヌル。しかし、過去が存在しない人間などいない。この虫も殺せないような男の正体を暴こうと、ブライスは時間を見つけては探し回った。そこでシステムの最深部、アクセス権限の非常に高い領域へと通じる痕跡を見つけたのだ。それを辿っていくと、やがてシステムの外部へ、トワ帝国の中枢部へと通じるドアを見つけてしまったのだ。ブライスは、それが最高機密だとは思わず、アクセスしてしまい、発見されたのだった。

 大佐メトナーに呼び出された時は、システムへの侵入を問題視されているのだと考えていた。だから、同じようにタケルが呼び出されていたことに驚いたし、あの不思議な痕跡が彼のしわざであったと知った時にはもっと驚いた。そして、今日最大――いや、これまでで最大の驚きがブライスを襲った。施設長の部屋に許可も得ず飛び込んで来たのは、ブライスの[会ってお話したい人リスト]トップに名前のある女性、イルミナテス・ミーパルナ・R教授その人であったのだから。

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