68 未来予測

アレグレッグ大佐メトナーは、突然の侵入者に対し対抗処置を執るべく、秘密のスイッチを入れた。しかし、システムは反応しなかった。その代わりに侵入者の正体を伝えた。イルミナテス・ミーパルナ・R教授、AI研究のトップランナーにしてトワ帝国軍顧問。軍の施設には、ほぼフリーパスで入ることができる。もちろん、施設長室ここにも。

「な、なぜ……」

 侵入者の正体に驚きを隠せない大佐メトナーは、疑問を口にすることが精一杯だった。彼女のような最重要人物が、何の変哲もない辺境の小さな軍事教練施設に現れることなど、常識ではありえないのだ。


 この部屋の中で驚いていないのは、突然入ってきたミーバルナとタケルだけだった。

「教授、の差し金です?」

「折角驚かそうと思ったのに、なんだよ、その態度は」

「いや、驚いていますよ。脚が変わっているし」

 ミーバルナの下半身は、学術星系で見た四本脚ではなく、すらっとした二本脚だった。

「四本脚は無重力用。惑星は不便だな、重力があるから」

 ミーバルナは、状況に応じて機械部分を差し替えることができるらしい。それはそれで便利に聞こえるが……。

「話を反らさないでください。ここに来たのは偶然じゃない、でしょう?」

「あ~も~、前はもっと素直で大人しかったのに、ずいぶんと擦れちゃったねぇ」と言いながら、ぶぅと頬を膨らませるミーバルナ。しかし、タケルは冷静に突っ込む。

「いろいろ経験を積んだんですよ。そういうのいいですから、」

「やれやれ、わかったよ。きちんと説明するから……っと、その前に」

 ミーバルナは、アレグレッグ大佐メトナーに向かって「隣の部屋を使わせてもらっていいかな?」と聞いた。あくまで口調は丁寧だったが、それは拒否を許さない命令のようなものだった。

「ど、どうぞ――」

 大佐メトナーの言葉が終わらないうちに、ミーバルナはタケルを押し込むようにして、隣の部屋へと移動した。扉が閉まると同時に、ミーバルナが機械の腕を操作すると、腕に埋め込まれた宝石のような石が輝きを放ち、彼女とタケルの集に力場フォースフィールドを展開した。

「これでカメラとマイクの無効化は完了。あとは――」

 ミーバルナは、突如ガバッとタケルに抱きついた!

「ちょ、きょ、教授!なにを――」

 驚くタケルの耳元で、ミーバルナが囁く。

創造主メイカーが命ずる、停止グレタルーブ

『受諾』

 タケルの頭の中で、ドナリエルの声が響いた。

「え――何を、なぜドナリエルを――」

「そりゃもちろん、ドナリエルが君の不利益になるからさ。そもそも、君に覚えのないシステムの侵入なんて、ドナリエル以外の誰がやるというんだい?」

 確かにドナリエルであれば、施設のシステムに侵入することなどたやすいだろう。しかし、いきなり停止させるというのは――。

「まぁ、ドナリエルのアクセス権は非常に高いから、ここのシステムに侵入しても何の問題もないのだけれど、理由は他にもあるのだよ」と、ミーバルナは説明を始めた。


 学術星系でタケルたちと出会った時、ミーバルナはドナリエルが独自の進化をしていると言った。その時にドナリエルを停止させ、詳細に調べ上げたミーバルナは、あの時の思いつき、すなわちドナリエルが未来予測能力を獲得したのではないかという仮説が、あながち間違いではないという確信を得た。彼女は、ドナリエルのコードを元に、独自の考えを交えて“未来予測システム”のひな形を作り上げた。しかし、そのシステムは現時点に於いては特定の――ドナリエル周辺の――行動予測を可能性として算出するに過ぎなかった。もちろん、ミーバルナはこんな中途半端なシステムで満足するはずがない。システムをより完璧なものにするためには、もっとデータが必要だ。都合の良いことに、ミーバルナの作った未来予測では、タケルとドナリエルが苦境に立たされる確率が高いらしい。ということで、遠く離れたこの軍事教練施設へと足を運んだのだ。


「なるほど」

「そうなのだよ。納得したかね?」

「あなたの突飛な行動の理由は納得しましたよ――で、システムを完成させてどうするのですか?」

「え?」

「未来予測ができるようになって、それをあなたは何に使うつもりなんですか?」

「――いや、それは、あの」

「未来予測なんて、トラブルの臭いしかしないんですけど。まさか、何も考えずに、作りたくなったから作った、後のことは知らないとか思ってないでしょうね?」

 タケルがぐいっ!とミーバルナに詰め寄る。ミーバルナは目を泳がせながら、顔を背けた。

「考えてない、わけじゃなくもない……かなぁ……なんて……」

 しばしの空白。

「い、いいじゃないか。だって、目の前に可能性が提示されれば、研究者なら誰だって……」

 タケルはミーバルナの言葉に、大きなため息をつく。

「教授。いわずもがなかも知れませんが、研究するなと言っているのではないのです。その影響を考えてくださいと言っているのです」


 地球に、ロバート・オッペンハイマーと言う物理学者がいた。彼は、第2次世界大戦中ロスアラモス国立研究所の初代所長として、マンハッタン計画、すなわち原子爆弾の開発を主導し、“原爆の父”と呼ばれる。彼は、原爆によってそれまでの兵器が無意味なものとなり、世界中で戦争がなくなると考えていたと言われているが、もし本当にそう思っていたのだとしても、人の欲望や感情を過小評価し過ぎていたと言わざるを得ない。強力な兵器を持った人間は、それを試してみたくなるのだ。そして、広島・長崎に原爆が落とされた後、オッペンハイマーは後悔し、続く水爆開発に対して反対の立場を取った。そのことによって彼は公職から追放されてしまう……。


 ドナリエルのもっとも身近にいる人間として、ドナリエルが見せる驚くべき能力に対し、時折恐怖を感じているタケルは、ミーバルナの研究が恐ろしい結果を招くのではと思えてならなかった。

「未来予測の研究をするなら、お願いですから慎重に進めてください。でなければ、協力しませんからね」

 ミーバルナが進める未来予測の研究には、ドナリエル、ひいてはタケルの協力が不可欠だろうとタケルは考えていた。それは間違えではなかったようだ。

「わかったよ、慎重に進めるよ」

 ミーバルナの言葉に、タケルは安堵するのだった。


 しかし、タケルもミーバルナでさえも知らぬことだったが、銀河にはすでにより高度な未来予測が可能なシステムが複数存在していた。ミーバルナが考えた通り無意識ではあるが未来予測を行っていたドナリエル。そして、学術星系オーウェルト=ドーンにある知識の泉フローマインも。彼らはどのような未来を予測し、それに対してどのような行動を起こしているのだろうか?

 

 結果的にだが、ミーバルナの訪問によって、タケルに掛けられていた不正アクセス容疑は晴れた。その代わり、タケルが皇族に関係していることを施設長であるアレグレッグ大佐メトナーには伝えなければならなかったが、大佐メトナーは他言しないことを約束してくれた。


                ◇


 部屋に帰る途中のタケルは、途中で腕をひっぱられて強引に物陰に連れ込まれた。

「ブライス。君がこんなに力強いなんて知らなかったよ」

「そんなことはどうでもいい!あんたは、あの方と――イルミナテス・ミーパルナ・R教授と知り合いなのっ!」

 いつもは大人しく何事にも消極的であったブライスは、いま、目をランランと輝かせ、口角泡を飛ばしながらタケルに質問をぶつけていた。

「ん――まぁ、知り合い、だね」

 それは彼女が期待した返事だったのだろう。恐ろしげな表情が一転、満面の笑みに変わった。

「そ、そうなの?なら、その……教授に……紹介してもらえない?かな?なんて……だめ?その代わり、もうあんたのことを詮索したりしないから」

 タケルとしては、別に詮索されても構わないが。

「いいよ」

 ミーバルナにブライスを紹介しても、タケルに不利益はないだろうし、どうやらブライスはミーバルナに好意を抱いているようだし。同室のよしみだ。

「ほんとっ!ありがとうっ!」

 ブライスは、タケルの手を握って感謝を表した。ミーバルナとブライスの出会いによって、将来、トワ帝国(というかナルクリス)にとんでもない衝撃が走るのだが、それはまだ未来の話。誰も予測していなかった未来の話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る