66 軍事教練始まる

 ギューを突き動かしているのは、怒りだった。いや、怒りだけがギューを前進させることができたのだ。怒りがなければ、とっくに心折れ地に伏せていただろう。


 かつてギューの種族は、ジェラーク星系の第四惑星ラクラスで平和に暮らしていた。ところが、200年ほど前、アーミ連盟を名乗る異星人がやってきて、ラクラスを侵略したのだ。当時、ジェラーク人たちは、宇宙航行ができるほど文明も進んでおらず、もちろん《ゲート》の存在も知らなかった。アーミ連盟は、「知性体が存在する天体を侵略してはならない」という、星間連合の基本的な条約を無視しジェラーク人を奴隷にした。当時、アーミ連盟の宗主たちは、「人に似た形をしているが、あれらは獣だ。家畜にして何が悪い」と強弁したのだった。それから、ジェラーク人の長く悲惨な歴史が続く。


 平和に暮らしていたジェラーク人は、アーミ連盟によって凶暴化され恐ろしげな外見に変えられていった。傭兵として他星系に売り出すためだ。改造されたジェラーク人の戦闘能力は高く、アーミ連盟の国力を増大させることとなった。やがて増長したアーミ連盟は、ジェラーク星系と《ゲート》を介して繋がっていたトワ帝国領へと侵攻した。

 だが、トワ帝国の軍事力は、アーミ連盟の予測よりも遙かに大きかった。軍事力だけでなく、諜報能力も高く、アーミ連盟のトワ侵攻作戦は事前に察知されていた。侵攻する前に、アーミ連盟は戦いに敗れていたのだ。

 手痛いしっぺ返しを受けたアーミ連盟は、結局、トワ帝国にジェラーク星系を含む二つの星系を割譲することで講和した。アーミ連盟の星間連合内での発言力はほとんどなくなり、周囲の星系からも見放されてしまう。


 アーミ連盟の代わりに領主として任命されたのは、ボブトノ侯爵ローアンであった。彼は公明正大な人物で、ジェラーク人の置かれた状況を知ると、直ちに彼らを解放し、逆に彼らを虐待、搾取していた者たちは、それぞれに見合った罰を与えた。ボブトノ候は、ジェラーク人の自治政府を設立しようとしたが、ジェラーク人たちが望んだのはアーミ連盟への復讐だった。しかし、それを許せば再び戦争が始まってしまう。ボブトノ候は、ジェラーク人による自治をひとまず棚上げにし、内政に力を入れるとともに、ジェラーク人の心をケアするプログラムを実施、少しずつ意識改革を行って元の平和な種族へと戻そうとしている。


 そして、怒りがギューを動かしているのだ。

 アーミ連盟への怒り、祖先を物のように扱って使い捨てにしてきた星系たちへの怒り。そして、復讐を邪魔するトワ帝国への怒り。

 ジェラーク星系にいては、復讐を果たすことはできない。彼は軍へ志願し、自分のスキルを磨きあげるとともに、アーミ連盟への復讐を果たすための道を探していた。そのために、トワ帝国を利用してやる。

 

 ようやく、軍事教練施設に来ることができた。ここで訓練を終えれば、指揮官としてある程度の自由裁量が与えられる。このままトワ帝国軍部内でキャリアを積むもよし、傭兵となって宇宙へ飛び出すもよし。あと少しだ、とギューは思った。


 施設に来て2日目。トレーニングを終え部屋に戻ると、新顔がひとり増えていた。それなりに肉はついているが、ギューの四本腕で締め上げれば簡単に絞め殺せそうな奴だった。

「フンッ!」

 軽く威嚇する。新入りは何も出来ずに呆然と立ちすくむだけだ。ふん、軟弱野郎め。俺の足を引っ張るなよ。ギューは自分の寝床に潜り込み、遮蔽幕を起動した。余計な雑音だ。同室だからといって気を許すつもりもないし、コミュニケーションを取るつもりもない。ギューは、ギューの故郷のため、復讐のため、ここにいるのだから。


                ◇


 ドナリエルからジェラーク人について聞いたタケルは、同情を覚えずにはいられなかったが、だからといって交流を拒否している相手につきまとう趣味はなかった。ここに友達を作りに来たわけではないのだから。


 次の日から教練が始まった。タケルたち以外も28名が集まっている。午前中は、各人の能力に合わせて組まれた運動メニューをこなしていく。教練施設を米軍における新兵訓練施設ブートキャンプのようなものだろいうという、タケルの予想は大きく裏切られた。午前中の運動も、多少負荷が掛かる程度でという感じではない。鬼軍曹もいない。

施設ブラハリー72がある惑星メレテオ5は、雪と氷に覆われた氷雪惑星だ。施設は山をくりぬいた中に作られており、トレーニングも室内で行われる。施設を、わざわざ山体内部に作ったのには理由がある。軍艦の艦内に似せているのだ。他の参加者たちは、それぞれに軍艦での勤務経験があったが、タケルが乗っていた《ミーバ・ナゴス》は皇女専用艦であり、一般的な軍艦とは造りが大きくことなる。体力的には全く問題なかったが、施設の閉塞感によって、タケルは知らず知らずのうちに少しずつストレスを溜めていった。


 午後からの訓練は、座学だ。タケルにとっては、運動よりもこちらの方が辛かった。何しろ戦略・戦術から兵站、用兵の基礎、心理、気象、天文、物理、コンピューター技術等々、内容が多岐に渡っていたからだ。ほとんど初めて見聞きすることばかりで、講義についていくのがやっとだった。その上、本来はプライベートな時間であるはずの夕食後も、脳内でドナリエル先生による特別講義という名のいじめが毎日繰り返されるのだった。やれやれ。


 銀河世界における戦争は、大きく星系間戦争と星系内戦争のふたつに分けられる。

 星系間戦争において最も重要な点は、《ゲート》周辺の空間を如何にして確保するかにある。《ゲート》を握った者が、その星系を制するといってもいいだろう。有事であっても平時であってもそれは変わらない。

 《ゲート》を守る方法はいくつか考えられるが、基本的には《ゲート》から出てきた敵を待ち伏せすればよい。条件にもよるが、《ゲート》から出てくる艦艇は《ゲート》の直径を底面として円錐状に広がる。《ゲート》近傍であれば、数十~数百キロメートルの面を管理下に置けば良い。一番簡単な方法は、一定間隔で機雷を配置することだ。ただし、この方法では敵味方関係なく、《ゲート》から出た途端に機雷の餌食になってしまう。機雷の代わりに艦艇を配置する方法もある。これならば、味方は通過させ敵のみを排除できる。ただし、すぐに対応できるだけの数を揃えなければならないことや、開いてから反撃されるリスクもある。平時には、監視ステーションを配置して《ゲート》を管理する方法が一般的だ。


 では、星系への侵略を行う場合はどうか。

 奇襲攻撃でない限り、《ゲート》は機雷などで封鎖されている可能性が高い。したがって、まずどのような手段が執られているのか、先行して確認する必要がある。平時の《ゲート》使用時にも、探査用小型機プローブを先行させて障害物を確認する。戦時下においては、より防御力に優れた探査機でなければ意味がない。したがって、戦時中に使用する先行探査機は、探査能力だけでなく防御力にも優れている必要がある。先行した探査機が帰ってくれば情報が得られるし、帰ってこなければ《ゲート》の向こうにある防衛力がいかほどのものかがある程度推測できる。さらに、探査するのではなく、攻撃兵器を送り出す戦法もある。《ゲート》を抜けた直後、攻撃される前に自爆することで相手の防衛力を奪う。あるいは、自律型の攻撃艦によって相手の包囲網に穴を開ける、等々、さまざまな方法が考えられる。

 守備側と攻撃側の戦略は、じゃんけんのようなもので、相手がどんな手を打ってくるかを予測し対応しなければならない。手札が多くあればあるほど、戦局を有利に進められるため、ここ軍事教練施設ではあらゆる戦略戦法をこれでもかと詰め込むのだ。


 そんな軍事教練を受け始めて数週間、タケルは施設長に呼び出しを受けた。


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