60 クリスの東京観光(1)
なんなんだろう、この人は。目の前でニコニコと笑っているクリスを見ながら、サクヤは小さくため息をつく。
海外からの観光客という触れ込みだが、それにしてはいちいち反応が大げさだ。たいだい観光目的で日本に来る人間が、「丁髷は結っていないのか?」なんて質問する?今どきの観光客なら、来日する前に少しは情報を仕入れておくんじゃないの?それに、どこの国かは聞かされていないけれど、世界中にある有名チェーン店のハンバーグにも騒ぐのだから、怪しさ満点だわ。
「まぁ、頼まれたからには、東京の観光ぐらいは付き合うけれども……」と、半分後悔しながらも、サクヤはクリスの相手をしているのだった。
◇
「こっ、婚約者ぁぁぁぁっ?!」
「これ!静かになさい!」
「あっ……ごめんなさい」
サクヤの悲鳴にも似た叫びを祖母が注意すると、サクヤは慌てて口元を抑える。しかし、その目は大きく見開かれており、好奇心できらきらと光っているように見えた。
「いや、でも、なんで兄ちゃんが、その、そんな綺麗な人と、え?嘘でしょ?ドッキリ?」
サクヤはキョロキョロと部屋の中を見回すが、もちろんカメラなどはない。タケルは呆れたように大きく息を吐き出す。
「そんな訳ないだろ。いいから落ち着け。そっちに座りなさい」
兄の言葉に素直に従って、立てかけてあったパイプ椅子をベッドの脇に置くとどかっと腰を下ろした。
「エルナのご家族にも挨拶して、婚約を認めて貰っています」
という兄の言葉に頷く祖母を見て、サクヤは「知ってたの?」と聞いた。
「エルナさんをトラブルから守るために、タケルはウチにエルナさんを連れてきましたからね。面識があるのですよ」
「知らなかったの、私だけ?」
「仕方ないだろう。いろいろなことが立て続けに起きて、サクヤに知らせる暇はなかったんだ。すぐにエルナたちの国に行ったからね」
「なにそれ?外国からだって、いくらでも連絡できたでしょうに!」
まさか太陽系の外に出ていた、とは言えない。タケルは「まぁいろいろあったんだよ」と妹をなだめた。
「ばぁちゃんの退院はいつ?」
「3日後よ」
サクヤの答えに、タケルは腕を組んでしばし考えた。
「それじゃぁ、ボクはこっちに居てばぁちゃんの面倒を見ておくから、サクヤは東京へ戻りなさい。大学だってあるだろう?」
「そりゃまぁ、にぃちゃんがそうしたいなら止めないけど」
その言葉に、タケルはニヤッと笑う。
「で、東京に戻るサクヤにお願いがあるんだ」
「な、なによ……」
なにやら不穏な気配を感じて怯むサクヤ。我が妹ながら、昔から勘がいいなとタケルは思う。
「そこにいるクリスが、どうしても東京観光したいって言うからさ、サクヤ、付き合ってやってくれない?」
◇
で、今に至る。
ホテルやらなにやら細かいことは手配済みだから、何かおもしろいものを見せてやってくれ、とタケルは言っていたが、要するにエルナさんと一緒にいるために、お邪魔虫を押しつけられたんじゃなかろうか?とサクヤは想像する。当たらずと言えど遠からず。まだ、エルナとクリスが銀河帝国の人間であることは、サクヤに伝えるつもりはない。いずれ教えなければならないとしても、今ではないとタケルは思っていた。それを祖母と相談するためにも、サクヤには東京に戻って貰う必要があった。ただし、クリスが東京観光をしたいと言っていたのは、本当のことだ。
とりあえず、大学の近く、渋谷まで連れてきた。
「うわ、人も車も多いねぇ。しかも人と車が同じ平面を使っているんだねぇ」
「そんなの、どこでも同じでしょ。まったく、どんな国から来たのよ」
やれやれと思いながらも、大学を目指して歩く。最寄り駅ではなく、わざわざ渋谷で降りたのは、東京らしい風景だと思うからだ。しかし、あらためて東京らしい場所は?と聞かれると、ここという場所が出てこない。サクヤが地方出身者だからだろうか?意外と東京生まれの人たちも迷うのではないだろうか。
「サクヤじゃない?」
「いつ戻ったのよ!」
渋谷の街を歩いていると、サクヤを呼び止める声があった。大学の友人たちであった。
「おわっ!って、あなたたちこそ、何しているの?」
「これからカラオケ~♪」
「サクヤも行く?」
お気楽女子二人に誘われたが、「今は用事があるから」と断って立ち去ろうとしたのだが。
「サクヤ、どうしましたか?」
急に出てきたイケメン外国人に、女子二人のテンションが上がってしまった!
「うわ!誰々?」
「サクヤずるい、イケメン独り占めするか!」
あ~めんどくさい、と思いながらも、クリスに友人たちを紹介する。
「クリス、こちら大学の友達、エリーとアイコ」
「よろしく、クリスです」
エリーとアイコは、キャーキャー言いながら、クリスと握手を交わす。
「クリスは兄貴の友達で、今日は東京観光に来ているの。これからキャンパスを案内しようかと」
「それなら私たちも一緒に案内してあげるわよ!」
「うんうん!なんでも聞いて~」
会ったばかりなのにグイグイと攻めてくる二人に、クリスもさぞや面食らっているだろうと思い、サクヤがクリスの顔を見ると、相変わらずニコニコ笑っているだけだ。鈍感なの?この人は。
「サクヤにお任せしているので、サクヤが良ければ」
なんて話を振ってくる。四つのランランと光る肉食獣の瞳に睨まれて、断れるわけがないでしょう?
「仕方ないなぁ……じゃぁ、一緒に行こうか」
「そうこなくっちゃ!」
サクヤとクリス、それに女子大生二人を加えた四人は、坂の上にある大学のキャンパス目指して人混みの中を歩き始めた。
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