59 帰省と報告

 およそ8か月ぶりに見る地球は、やはり青かった。

《ミーバ・ナゴス》は、月の裏側に停泊。随行艦のうち《ミーバナベラ》は、ふたつの《ゲート》近くに、簡易的な監視用施設の建設を行っている。施設といっても人間は常駐せず、準AIすべてを制御する。《ゲート》を通過する宇宙船の監視を任務とし、万が一の場合にメッセージを積んだ小型宇宙艇を射出する機能を持っている。もう一隻の《トーミバナベラ》は、地球トロヤ群にある帝国の設備への補給と保守の任務に就いている。また、太陽系内の監視ステーション増強のための調査も行う予定だ。


 タケルとエルナ、そしてナルクリスの三人は、《チットナゴス》で地球に降下する。「一緒に付いていく」とガルタも縋ったが、今回はタケルの里帰りということで遠慮してもらった。彼女はクリスがついてくるとは知らなかったので、戻った時に揉めるかも知れないが。

「皇帝陛下にタケルの動向を報告する義務があるからね!」というのが、クリスの言い分だった。

「地球という惑星を見たかっただけでしょ?好奇心旺盛なところは、子供の頃から変わっていないわよね」

「わはは」

 エルナの推測をクリスは笑ってごまかす。タケルとしては、故郷が帝国に編入された先輩として、今の地球を見てもらって何かアドバイスをもらえればいいなと思っている。いろいろな人の意見を取りまとめておけば、将来、地球を、いや太陽系を統括する人物に提案できるだろう。少しでも、地球人がスムーズに銀河系の住人として認められるように。それが遠江戸で出会った人たちの願いでもあると信じて。


                ◇


 「あれ?おかしいな……」

 田舎故の習慣か、普段から家にカギはかけていなかったはず。なのに、祖母の暮らす家の引き戸はしっかりと施錠されていた。

「鍵……持ってないよ、どうしよう」

 隣に、と言っても少し離れているし、エルナとクリスを連れていくと騒動になりかねない。タケルが思案していると、ドナリエルが『私に任せろ』というので、指示通りに右手を鍵穴に当てた。くすぐったい感触がしたあと、かちゃりと音がして鍵が開いた。│スマートメタル《エナー》で鍵を作ったのだ。

「ドナリエルがいれば、世界一の大泥棒になれるかもな」

『姫様のためにならん限り、犯罪には協力しないぞ』

「わかってる。冗談だよ」


「ただいま」と言いながら、引き戸を開けて中に入るタケルに続いて、エルナとクリスも家に入ってきた。エルナは前にも来ているから平然としているが、クリスは珍しそうに周りを見渡している。

「へぇぇぇ、木造なんだね。おお、床も木だ……あれ?これは紙?紙で扉ができているの?照明は……なんと!通電時の発光現象を使っているのか!ずいぶんと効率の悪い、いや、失礼」

「この家は、地球上でも古い部類に入るんだよ。建てられてから100年以上たっているし」

「おぉ、なるほど!ここが標準的住居という訳ではないのだね」


 一通り家の中を見回ってみたが、誰もいない。困ったタケルは、とりあえず妹のサクヤに連絡を取ることにした。スマートフォンは、《ミーバ・ナゴス》を奪還しグラジャ人の艦、《ゲラン》を制圧する作戦の前に、解約手続きを祖母に頼んでいる。本体は残してくれるように頼んだので、タケルの部屋にあるはずだが、SIMはないので通信はできない。なので、妹への連絡は家電を使う。


「……もしもし?」

 何回かコール音が聞こえたあと、受話器から訝し気な声が聞こえた。

「サクヤか。ボクだよ」

「にーちゃん!どこに行ってたのよっ!おばぁちゃんは心配するなって言ってるけど、大学も辞めちゃって、その上連絡もなしに!」

「あー、それについては風区雑な事情があるので、会ったときにゆっくりとね。で、今ばぁちゃんちなんだけど、なんで誰もいないの?」

 フーフーという妹の鼻息がしばらく続いた。

「おばぁちゃん、入院したのよ」

「えっ!大丈夫なのかっ!今、どこだっ!」

。おばぁちゃんは大丈夫。今は市内の病院だよ。高齢だから念のため入院して欲しいって、診療所の宮崎先生が言うもんだから」

 普段から様子を見てくれている診療所の先生が言うのなら安心だけれど、やはり祖母の顔は見たいと市内へ行くことにした。エルナは当然一緒に行く。しかし、クリス一人を置いていくわけにもいかず、結局三人で祖母が入院する病院まで行くことにした。

 部屋に残しておいた財布に、幾ばくかの現金があった。三人が市内に出るくらいは余裕だ。足りなそうなら銀行から引きだそう。問題は、格好だなとタケルは、エルナとクリスを見て思った。服装は、現代日本に合わせ《ミーバ・ナゴス》で調達した。エルナが薄緑のワンピースに白いカーディガン、クリスがジーンズにシャツ、グレーのジャケットだ。問題は、髪と瞳だ。欧米人で押し通すしかないが、そのままだと目立ってしようがない。エルナには祖母の部屋にあったオフホワイトの帽子、クリスにはタケルの野球帽を渡した。帽子をかぶった二人を見て、タケルは「う~ん」と唸ってしまった。目立たせないようにかぶらせた帽子が、全然仕事をしていないように見えたからだ。

「まぁ、しょうがない」

 ため息と共にあきらめの言葉を吐き出し、タケルは二人と共にサクヤから聞いた病院に向かって家を出た。


                ◇


 ナースセンターで部屋番号を聞いて、祖母が入院した病室へと向かう。ナースセンターでも、これまの道のりと同様に、エルナとナルクリスが注目を浴びてしまった。

 祖母の病室は、個室だった。コンコンとノックしてから扉を開けると、応接室のような部屋だった。周りを見回すと、奥にもうひとつ扉があった。「なんでこんな病室に」と言いながら、タケルは奥の部屋に進んだ。

 祖母が、ベッドの上にいた。上半身が少し起き上がっている。

「……ばぁちゃん」

 手にしていた本を下ろし、老眼鏡を外してタケルを見た祖母は、「タケルかい」と呆れたような声を出した。

「何をしに来たんだい」

「何をしにって、酷いな。心配したんだよ。身体の調子はどうなの?」

「私は大丈夫。入院なんか必要ないのだけれどね、ここの病院長が『どうしても』というものだから、その顔を立てて入院しているだけ。あの子は『昔の恩を返させてくれ』って言うけれど、こんなにしてもらうほどのことはしていないのよ」

 それでこんな部屋にいるのか。差額もえらいことになっているんじゃないだろうかと、タケルは心配になった。


「おばぁさま、ご無沙汰しております」

 エルナがベッドに近づいてハナエの手を取ると、彼女は暖かなほほえみを浮かべた。

「エルナさん、お元気?」

「はい。おばぁさまのおっしゃった通りでしたわ」

「そう……それは良かった」

 女性二人の間で謎の会話が成されている。内容に思い当たる節のないタケルは、思わずクリスを見る。クリスは「こっちを見るな」とでも言いたげに、否定の仕草をした。

「そちらの方は?」

「はい。私の従兄弟で、クリスと申します」

 ナルクリスという名前は地球では奇異に思われるので、こっちに居る間はクリスという名で通そうと、地上に降下する前に決めていた。

「はじめまして、クリスと申します」

「遠くからようこそ、クリスさん。タケルがご迷惑をかけていませんか?」

「いやっ、そんなっ、こちらがお世話になってます」

 ふむ。日本語も、日本語での受け答えも合格点だ。《識章》を通じた刷り込み記憶はすごいなと、タケルは思う。そういえば、自分の銀河標準語も、眠っている間に覚えていたっけ。


「それで、何か言うことがあるんだろう?」

 祖母の言葉に、タケルはエルナを見る。エルナはにっこりと笑って頷く。よし、と気合いを入れて話し出そうとした瞬間、ガラッと音を立てて病室の扉が開いた。

「戻ったよ~もぅ下のコンビニでさぁ――って、兄ちゃん!」

 入ってきたのは、タケルの妹サクヤだった。

「あ……よっ、久しぶり?」

「なに疑問系になってんのよ!ってか、その人たち誰!?」

 しばらく音信不通だった兄が(サクヤからすれば)フラッと現れて、しかも金髪の美男美女と一緒にいるという状況がシュール過ぎて理解が追いつかない。

「こっちは友達のクリス」

「クリスです、はじめまして」

 タケルがクリスを紹介すると、クリスはサクヤにとびきりの笑顔を見せる。が、サクヤは状況が飲み込めないままなので、「は、はぁ……どうも」と曖昧な返事を返すだけだった。

「で、こちらが……ボクの婚約者、エルナだ」

「こんにちは、サクヤさん。エルナと申します」

「こっ、婚約者ぁぁぁぁっ?!」

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