56 銀河の侍

 最果ての惑星、地球で遭難した王女が一人の侍と出会い、侍の助力によって幾多の試練を乗り越え王国へと帰還する――これが、今、トワ帝国内で人気を博している『銀河侍』のあらすじだ。名前や設定は変えてあるが、おおむねタケルとエルナの冒険そのものだ。


「やはり御前試合が燃えますな」

「私は、幾万の敵に包囲された中から、単身王女を護って脱出する話が――」

「いやいや、救助ポッドに二人きりで漂流するシーンが――」

 タケルとエルナをモデルにしているが、だいぶ脚色されているようだ。

「なんなんだ、これ?」

 タケルの手には一冊の本。侍が姫をかばいながら、光る日本刀(!)を構えている。『銀河侍 ~大樹海の章~』というタイトルが、でかでかと書かれている。

「これが最新刊です。遠江戸では爆発的に売れていますよ」

 千軒屋が商人らしく、ニコニコとタケルに笑いかける。背後に積まれた本の山に、タケルのサインが欲しいのだという。

「ちょ、ちょっと待ってください――エルナ、知ってた?」

「私も知らないわ――」

 エルナは激しく頭を左右に振って否定する。


 この本はそもそも、バンダーン皇帝がタケルを帝国貴族に認めさせるためのプロパガンダとして考えたことで、帝国内でも実力のあるクリエーターが小説にしていると、後日判明した。小説のネタ元は、ナルクリスだった。

「いや、タケルの行動を皇帝に報告していたけれど、まさかこんなことになっているとは思わなかったよ」とは当人の弁である。


 遠江戸で本の存在を知った時には、皇帝の仕業とは知らなかったが、いずれにせよタケルやエルナにできることは現状を追認することだけだった。この時、「黒幕を見つけたらただじゃおかない」と言っていたエルナが、父親の仕業と知り宮廷を揺るがす大騒ぎを起こすのだが、それは別のお話だ。


 遠江戸の人たちは、小説の背景や本当はどんなことがあったのかなどを聞きたがったが、タケル自身が事象を把握できていないので、とりあえず保留とさせてもらった。

「それにしても、そんなに面白いお話ですか?」

「面白いですよ。遠江戸を初めとする日本系移民の間では特に」

 そういって藤堂行政長官が話してくれたのは、日本人のみならず、地球出身者の地位に関する話だった。地球は未だ文明化されているとは判断されず、トワ帝国内にありながら観察対象となっている。文明化の暁にはエルナの領地となることが決まっているものの、現時点では未開の地と変わらない。そこに住む地球人も、多くの銀河人からすれば蛮族でしかない。だから、地球に出自を持つ帝国民は、帝国民でありながら一段低い目で見られてしまう。そうした雰囲気の中で暮らしてきた地球出身者たちは、迫害されていた訳ではないが、肩身の狭い思いをしてきた。

 そこに登場したのが、『銀河侍』である。蛮族と蔑まれる地球原住民が、姫を助け悪事を暴く。これが痛快でなくして、何を痛快と呼ぶのか。同じ地球人として、心躍る出来事なのだ。また、フロンティア大陸内にあった地球出身者同士の軋轢も、最近ではすっかり影を潜めているらしい。


「娯楽の少ない開拓惑星にあって、タケル様の活躍は爽快な気分になれるだけでなく、“我々にもできる”という希望と自信の元になっているのですよ」

 下にも置かぬ歓待振りの理由は、この小説が原因だったのだ。しかし、とタケルは思う。

「小説の主人公とボクは別人ですし、そんなたいそうなものではありません。普通の同じ地球、日本の出身者として対応してもらえればうれしいのですが」

「それは……そうですか。タケル様がそう思われるのであれば、そのようにさせていただきます。しかし、小説ではなく実際の貴方の活躍も、私たち遠江戸の者には希望を抱いているのです」

 その希望とは、地球の文明化とトワ帝国への編入である。

「それはボクも同じです。何ができるかは判りませんが、皆さんの希望が叶うよう、ボクも努力します」

「ありがとうございます」


                ◇


 遠江戸城の最上階は、遠江戸の町並みを一望できる天守閣になっていた。足下の街から遙か彼方の山脈まで見通せるそこからの眺めは、まさに絶景だった。装甲車に乗って城の地下に入った時には気が付かなかったが、城の周囲には堀が掘られており、川から引かれた水が溜められている。外敵に襲われるようなことはないので、日本にある城の姿形を真似ただけに過ぎないが。


「あちらに見える通りの右手、大きな店がわたくしめの店、千軒屋本店になります。それから通りを挟みまして、向かいにございますのが木綿などを扱う越後屋さんのお店で……」

 天守閣、タケルの隣に立って説明してくれているのは、千軒屋だ。大店おおだなのトップが、こんなところで油を売っていていいのかと思うが、本人が是非にと買って出たのだ。ちなみに、千軒屋は元々米問屋だったが、今では米以外の食料や雑貨、など幅広い品を扱う大店なのだという。もちろん、油も売っている。

 今、エルナは下の階で行政長官や行政首脳と会談を持っている。二人の護衛もそちらについている。

「千軒屋さんのご先祖様は、いつぐらいに帝国に来られたのですか?」

「私の家は、比較的新しいですよ。100年ほど前と聞いています。藤堂さんのところが日本人の中では一番古く、200年ほどまえ、ちょうど幕末の頃だそうです」

「その頃の記憶を元に、遠江戸の街を造ったのですか?」

「いえいえ、そうした記憶も参考にしておりますが、帝国には軌道上からの精密な測定データが残っておりまして、そちらを元に都市計画を作りました」

 城を含め、外観は江戸時代の日本だが、地下には上下水道やシェルター、核融合炉など帝国の技術を使った施設が配置されているという。それを知ってしまうと少し興ざめではあるが、本当に江戸時代の生活を再現してしまうと、住民に苦労を強いることになってしまう。そうなれば、何のために都市を築いているのか判らなくない。

江戸の文化を残しつつ、住みやすい都市にする。それが歴代行政長官のポリシーなのだ。


 天守閣の上から一通り街の様子を紹介してもらい、下の階に降りてお茶を貰ってのんびりしていたタケルに、ガズがエルナの言付けを持ってやってきた。曰く、打ち合わせが長引きそうなので、先に宿へ帰っていて欲しいとのことだった。なぜ長引いているかというと、例の『銀河侍』を舞台化する話があるらしく、エルナとタケルに監修して欲しいという依頼を受けたらしい。もちろんエルナは断り、むしろ舞台化もできればして欲しくない旨を伝えたのだが、遠江戸側はあきらめきれないらしく、折々にその話を蒸し返すため、本来の打ち合わせが中断されてしまうのだという。

 タケルは、心の中でエルナに「がんばって!」とエールを送りながら、遠江戸城を辞することにした。ちなみに、チューブリフトは地下から城の三階までしかないので、三階までは階段を降りなければならない。千軒屋がタケルを先導しながら階段を降りる。

「宿へお帰りならば、車を用意させましょうか?牛車でも人力車でも、あるいは籠でも用意できますが」

 千軒屋の申し出に、少し考えて、タケルは歩いて帰ることを伝えた。

「どれも乗ったことがないので興味はありますが、遠江戸の雰囲気を感じたいので歩いて帰りたいと思います。お心遣い感謝します」

「それでしたら、ウチの者を何人か護衛で付けましょうか?」

「いえいえ、治安も良さそうですし、一人で大丈夫ですよ」

「そうですか……」


 そんな会話を続けながら、千軒屋は地下ホールまでタケルに付き合ってくれた。そこからは地上まで歩道が整備されている。千軒屋に別れの挨拶をして歩道を進み地上にでると、そこには江戸の街が広がっていた。

 中学の修学旅行で行った京都の時代劇撮影所よりも、広々としている分雑然はないが、ここで生活している人々の活力が感じられた。なにしろここは、開拓惑星なのだ。街を一歩出れば、まだまだ手つかずの自然が残っており、人々の開発を待っている状態だ。もちろん、開発は無作為に行われるのではなく、行政によってプランが立てられ、州の認可を受けてから計画的に行われるのだ。

 遠江戸の街もその見かけとは裏腹に、きちんとした都市計画に基づいて築かれている。シンボルでもある遠江戸城を中心に、その周囲に行政区、次に商業区、居住区と同心円状に広がっている。その先には、農業地域が広がっている。残念ながら、江戸=東京のように海は近くにないので、漁業関連の施設はないが、海産物を扱う市場はある。

 タケルが目指す宿は、商業区と居住区が交わる辺りにあった。遠江戸城からは、歩いて一時間もかからないだろう。タケルは、江戸の風情を感じながら、のんびりと歩き出した。すぐに目にとまったのが、観光客用の土産物屋だった。惑星ホープにある他の都市や、他の星系からも観光客が来るらしい。観光客は、まず城を見に来るので、城の近くに土産物屋があるのは至極当然のことだ。


「いらっしゃいませ」

 タケルが暖簾をくぐると、待ってましたとばかりに店員から声がかかる。店内には、さまざまな工芸品が整然と並べられている。どれも手作りで作られたものだという。店内を見回しながら、「どれが似合うだろうか?」というタケルの呟きに、店員が耳聡く反応する。

「ご家族へのお土産ですか?それとも、女性への贈り物ですか?」

「え?えっと、贈り物の方で」

 遠江戸訪問というサプライズを仕掛けたエルナに、タケルもプレゼントでサプライズを仕掛けようと考えているのだ。

「でしたら、これなどいかがでしょう?髪飾りなのですが」

 店員が、細かい細工の入った、銀色のかんざしをタケルに見せる。

「簪ですね……いいかもしれませんが、彼女の髪は金色なので」

「あら?簪をご存じなのですか?他星系にも日本人風な顔立ちの方もいらっしゃるのだなぁなんて、勝手に思っていましたのよ。ごめんなさい。――で、金髪でしたわね。金髪に映えるもの、となると少し難しい選択ですわ。私どもは、黒髪が多いものですから。でも……むしろ、本体より飾りで見せるとしたら……こちらなどは、いかがでしょう?」

 次に店員が出してきたのは、べっ甲の簪だった。端に緑がかった青い玉があしらわれている。エルナの瞳の色に似ている。

「べっ甲ですか。確かにこの細工はいいですね。これをいただきましょう」

「お客様、お目が高い。ありがとうございます」

 エルナへ贈り物をするついでに、ガルタには柘植(のような樹木)の櫛、ナルクリスには小動物を象った根付けを購入した。その他にも、地球へ帰るときのお土産に、小さな置物や箸などもいくつか購入した。これまでの旅行中、ほとんど個人的な消費をしていないタケルの《識章》には、十分なポイントマーナが貯まっている。その中には、ヘルネ星系での事件で支払われた賠償金も含まれているので、このくらいの買い物をしても問題になることはない。


 「ありがとうございました」という店員の声を背に受けて、タケルは店を出た。土産を包んでいる風呂敷はおまけでつけてもらった。簪だけは、桐(のような樹木)の箱に入れて、上着の内ポケットに大切に仕舞っている。

「なかなか良い買い物ができたなぁ」

『良心的な店であったな』

 ドナリエルも同意する。そもそも《識章》システムのある帝国では、あまり阿漕な商売はできない。システムを通じて、“悪事千里を奔る”のだ。


 上機嫌で歩き出すタケルの後ろ姿を、物陰からひっそりと覗いている人影があったことに、タケルもドナリエルも気が付いていなかった――。

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