56 遠き地にて同胞と出会う

 様々な星系を巡る旅も、その行程の半分を過ぎようとしていた。


 様々な星で、様々な生命による様々な文明、慣習、そして歴史を見てきた。

「すべてを覚えて、とは言わないわ。ただ、この銀河は多様性に満ちていることを知って欲しいの。そして、ひとつの考えに執着しない柔軟な考え方が出来るようになって欲しいの。まずは、太陽系人ソラナーとしての固定観念を捨てることが大事ね」

 《ミーバ・ナゴス》、エルナの自室。今はエルナとタケルの二人きり、大きめのカウチに並んで座りながら、話に興じている。


「うん。ボクの固定観念は、これまでの旅で充分に壊されたと思うよ。襲撃や不時着、誘拐とか、いろいろあったからね。帝国のお姫様って大変なんだなって思った」

 タケルの返答に、エルナが眉を顰める。もちろん、本気で不快に思ったわけではない。

「あら?トラブルはタケルが引き寄せているように思えるのだけれど?」

「そうかな?……そんなことないよ……ね?」

「う~ん、どうかな?次の星系でトラブルに遭わなかったら、トラブルメーカーの汚名はなしにしましょう」

「あれ?いつのまにか、ボクがトラブルの原因みたいになってるけど?」

「ふふ」

 第三者からすれば、甘い会話にしか聞こえない。エルナも、他の護衛がいないことを知っていて、タケルとの会話を楽しんでいるのだろう。


「そういえば、次の寄港地について、何も聞いていないのだけれど?」

「次はね……ひ・み・つ♪」

「え?なんで?」

 エルナはカウチから腰をあげ、振り返りながらコケティッシュな笑いをタケルに投げかける。その姿にテレながらも、とまどうタケル。これまでの経験から、訪問前には充分な下調べが必要だと、心に刻み込んでいるのだ。

「それを言ったら面白くないでしょ?驚きも、また貴重な経験だわ」

 なんだかうまくはぐらかされた気がしないでもないが、エルナには何か考えがあって隠しているのだろうと、それ以上の追求を止めた。


                ◇


 《ゲート》を通過した先の星系には、13の惑星があったが、《ミーバ・ナゴス》の目的地は第三惑星だ。外から見た惑星の姿は、地球に酷似していた。大陸は四つあり、その中の一つに行くという。まだ、開発半ばであるため、力場フォースフィールドチューブはなく、再び《ゲッコー》の出番となった。ただし、今回は滑走路への着陸を予定している。

 降下中に眺めた地表の様子は、拓けた都市部がある一方で、まだまだ自然が多く残っている印象だ。ヘルネ3も二、三十年後には、このくらい発展しているかも知れないと思わせる。


 宇宙港に到着し、《ゲッコー》は輸送車両を降ろした。軍用の装甲車を改良したビークルは、この惑星に滞在する8日間、タケルたちの移動手段となる。

 今回、ナルクリスは同行しない。このまま《ゲッコー》に乗って、別の大陸に向かうという。残ったのは、エルナとタケル、ガルタともう一人、ガズという護衛の四人だけだ。皇女のお付きとしては少なく感じるが、ここの治安は良いらしい。


 宇宙港から東の都市へ向かうことになった。装甲車は、通常は車体正面と側面を覆っている装甲板を、今は格納しているため、窓が広く車外の景色も良く見える。緑豊かな大地に、遠くでは放牧の様子や畑も見えた。実に牧歌的だ。

「なんだか、のんびりしたいい惑星ほしだね」

「そうね。ここは開拓惑星なの。いろいろなところから植民しているのよ」

 エルナは少しだけ、秘密主義を解除したようだ。クリスは、別の大陸に住むガルダント星系からの移民に会いに行ったと説明する。

「じゃぁ、これから行くところは、どこからの移民なんだい?」

「それは、内緒」

 イタズラっぽく笑うエルナ。護衛の二人は知らん振りをしているが、口元は緩んでいる。車窓に映る景色が、乗っている人たちの心にも影響しているのだろうか。ともあれ、そんなのんびりとした雰囲気に包まれた車は、やがて目的地へと近づく。


「あれ?」

 運転席の後ろから、前方の景色を眺めていたタケルが違和感を覚えた。いや、正しくは“奇妙な既視感”だ。

「なんで、こんなところに日本家屋が?」

 そう。それは茅葺の民家だった。よく見れば、その周りには田んぼが広がっている。古き日本の田舎風景だ。それだけを見れば、日本の観光地と言われても信じるだろう。

 タケルの疑問を乗せたまま、車はさらに進む。やがて、茅葺屋根から瓦屋根、白い土塀の武家屋敷が多くなり、その奥にはひときわ大きな城──天守閣のある日本の城が見えてきた。呆気に取られるタケルに、エルナが微笑みかける。

「ここが、遠江戸とおえどよ」


                ◇


 トワ帝国アーロー星系の第三惑星ホープ。惑星が持つ四大陸のうち、最大の大陸フロンティアの東に遠江戸とおえどはある。ホープは150年ほど前から移民が始まった開拓惑星であり、その最初の移民である太陽系地球のアメリカ系移民によって名付けられた。フロンティア大陸の中でも、日本人移民によって築かれた都市が遠江戸とおえどだ。同じ大陸には、他にもアメリカ系やイタリア系、フランス系、南米系、中東系など、いくつかの人種によって形成された都市が点在する。


 元々彼ら移民の先祖は、トワ帝国が地球を発見してからこれまで、様々な理由で帝国民となった人々だ。たとえば、海で遭難し漂流しているところを帝国の調査船に助けられた者や、地球に潜り込んだ調査員の正体に気付き自ら望んで地球を離れた者などがいる。

 ホープの開拓が始まる前は、地球出身者は様々な星系でバラバラに暮らしていた。しかし、適度な自然があり、知的生命体が存在しないアーロー星系が発見され、開拓が始まった時、地球出身者たちは一斉に移民を決意したのだ。

 そういえば、とタケルは思い出す。バンダーン皇帝が、タケル以前にも帝国民となった地球出身者がいると仄めかしていたことを。


                ◇


 タケルたちを乗せた装甲車は、新江戸と呼ばれている都市へと入っていく。実際の江戸の町よりは道幅が広く、車道と歩道が明確に分けられている。また、建物と建物の間も広くとられているので、時代劇で見る江戸の町とは異なり、雑多な印象は受けない。道行く人は、みな着物だが、刀を腰に差している人はいない。みな時代劇の町人なのだろうか。そして、男女ともに髪型はバラバラだが、中には髷を結っている男性もいる。丁髷姿は、やはり目立つ。

 外の生計から来る訪問者は珍しくないのだろうか、街の人々は装甲車を一瞥するだけで誰も注意を払わないように見える。車は、そのまま街の中心にある城を目指す。城下町を貫く大きな道路は、城の前でさらに大きく広がり、そこには地下への誘導路が口を開いていた。誘導路を下っていくと、そこは巨大な地下駐車場になっており、様々な種類の車が停められていた。

 装甲車は、駐車場の一角にあるホールの前で止まった。装甲車の後部ハッチが上下に開き、ハッチ下部がそのまま斜路になる。護衛のガルタが先頭で下車し、周囲の安全を確認した後、車内に合図を送る。ようやくエルナとタケル、そしてもうひとりの護衛であるガズが殿を勤めて装甲車を降りた。


 ホールには、二人の男性が一行を待っていた。

「ようこそおいでくださりました。わたくしは、遠江戸の行政長官、藤堂新左衛門でございます」

「ようこそ。遠江戸商工会議長の千軒屋信吾と申します」

 二人とも、時代劇から抜け出して来たような出で立ちだ。そんな二人が、地下駐車場にいるのだから、違和感が半端ない。

「お疲れでしょう。昼食を用意しております。こちらへどうぞ」

 藤堂行政長官に連れられ、一行はチューブリフトに乗り込み城の三階へと昇った。チューブリフトは、力場フォースフィールドによって床が上下に移動する、いわば、ケーブルのないエレベーターだ。城にチューブリフトという組み合わせに、少し頭痛を覚えるタケルだったが、見かけと中身は違うのだと無理矢理自分を納得させた。

 扉が開くと、ちいさなホールがあり、その奥には襖があった。藤堂行政長官が襖を開けると、廊下を挟んで襖が。さらにその襖を開けると、そこは青々とした畳が敷き詰められた、二十畳ほどの大広間になっていた。久しぶりに嗅ぐ、畳――い草の臭いにタケルは胸を熱くする。

 大広間には、すでに幾人かの男女が待っていた。彼らは左右に並び立ち、タケルたちが部屋に入ってくるなり、みな笑顔を浮かべて深々とお辞儀をした。

 大広間の左手は、大きく障子が開け放たれて、そこから外の景色が見える。入ってくる風が心地良い。正面には、床の間があり、掛け軸と生け花。タケルにとっては馴染み深いが、護衛の二人は物珍しげに周囲を見渡している。セキュリティという面では、日本家屋は護りにくい場所だ。


「ささ、どうぞこちらに」

 畳の上には、いくつかの座布団が整然と並べられていた。特に豪華な座布団が、床の間の前にふたつ並べられている。ひとつは当然エルナの分だろう。もうひとつは?

「タケル様はこちらに、エルナ様のお隣にどうぞ」

 えっ?!と驚くタケル。他の星系では、エルナの護衛役ということで、一歩引いていたタケルは、ここでもそうだろうと思い込んでいた。そういえば、「タケルは今回、護衛ではない」と言っていたっけ。その言葉がようやく飲み込めた。飲み込めたが、理由が分からない。不思議に思いながらもエルナに続いてタケルも座る。

 護衛の二人を除く全員が、タケルとエルナを真ん中に、左右に分かれて座った。そのタイミングで襖が開き、幾人かの女性が膳を持って入ってきた。膳は、それぞれの前に置かれる。護衛の二人も座布団を勧められ、部屋の隅に座ったところを見計らって膳が用意された。

 膳の上には料理が並んでいる。焼き魚に卵焼き、味噌汁と白米、漬け物、豆腐の上には削り節。タケルは久しぶりに見る和食に、胸が熱くなった。これまでにあまり感じていなかった、望郷の念が一気に湧いてきたのだ。


「いかがですかな?タケル様。地球の――日本の食材ではありませんが、この地で採れる食材で、できる限り再現した者です。醤油もここで造ったのですよ。どうぞ召し上がってください」

 藤堂行政長官の言葉に、タケルは手を合わせ「いただきます」と呟いて箸をとった。

「おうふっ」

 炊きたての白米を口にすると、思わず声が漏れてしまう。焼き魚も卵焼きにも箸を伸ばす。祖母から、食事の時にはバランスを考えて、良く噛んで食べなさいと厳しくしつけられたことを思い出しながら、じっくり味わって食べる。ふと顔を上げると、皆が期待を込めた目でタケルを見ている。

「……美味しいです」

 タケルの言葉に、おおーっと小さな歓声が沸き上がる。

「いやぁ、お口に合って良かったです。どんどん召し上がってくださいね。おかわりもありますから」

「ありがとうございます」


 結局、二回もおかわりしてしまった。『居候、三杯目にはそっと出し』なんて言葉があるが、客人として招かれた場で三杯もご飯を食べたらマナー違反にならないのだろうか?すっかり満足して食後の緑茶を飲みながら、タケルはふとそんな事が気になった。隣のエルナに聞いてみると、「そんなことはありませんよ」とにこやかに返された。


「それにしても、タケル様にお越しいただけるとは、本当に光栄なことです」

藤原行政長官が、笑いながら話す言葉に、タケルは驚いた。慌てて否定する。

「いや、ボクはエルナ……エルナ皇女のお付きに過ぎません。もしかしたら、地球出身として歓待していただいているのかも知れませんが、そんな人間じゃありませんし……“様”付けも止めていただけるとうれしいのですが……」

「何をおっしゃいますか!タケル様は、我々日本人の誇り!『銀河侍』のモデルではありませんか!」

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