54 定常の儀
◇
アンダイヤンとラロシェタンは、駆け付けた救急隊員の手によって病院へと運ばれた。ふたりとも命に別状はないという。一方、タケルとガルタは、現地の警察によって拘束され尋問を受けたが、ワチエ代表の計らいにより、早々に戻ることができた。
同じ建屋内にいたロボットの操縦者たちは捕まえることができたが、彼らを雇った人物の特定は困難で、全貌解明には時間がかかるだろうと、使節団の担当者は話していた。彼女は、あらぬ疑いをかけたことで、エルナたちに罪悪感を抱いているらしく、さまざまな配慮をしてくれるようになった。
「アンダイヤン様は、大丈夫なのでしょうか?」
「……アンダイヤン様が気絶されたのは、心労などではなくて……“定常の儀”を前にした不調が原因です」
種族の秘密なのだろうか、担当者はガルタの問いに対して言葉を濁しながらも答えてくれた。
「それは……命に係わるものなのでしょうか?」
「大丈夫です。それ以上は……申し訳ありませんが、私では……」
そう言われてしまうと、それ以上聞くことは躊躇われる。ガルタもそれを察して引いた。無事ならば、いずれ連絡があるかもしれない。
その連絡は、小さな獣の形でやってきた。
「コンニチハ」
「ムヴィ!元気だった?」
アンダイヤンの使役獣は、一行の前に元気な姿を見せた。ケガの痕跡はもうほとんど見えない。
「オレ ゲンキ。コレ モッテキタ」
ムヴィがガルタに差し出したのは、一通の手紙だった。受け取ったガルタが中を確かめると、そこには2日後の夜に行われる“定常の儀”へ招待する言葉が綴られていた。
「アンダイヤン キテホシイ、ガルタト タケルニ」
「え?ボクも?」
招待状には、確かにガルタとタケルの名前が書かれていた。
「いいじゃない、ふたりで行ってきなさい。アルフェンの儀式に他星系人が参加できるなんてめったにないことだわ」
「しかし、エルナ様――」
「私のことは大丈夫、ここには十分な警護がありますからね」
しばし悩んだガルタは、ゆっくりとエルナに頭を垂れる。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて招待を受けることにします」
ガルタの言葉にエルナは「えぇ、そうなさい」と答えた後、タケルを見て「タケルも一緒にね。……でも、ちょっとお話しましょうか」と続けた。
その後、エルナのために用意された個室で、タケルとエルナがどのような会話を交わしたのかは、余人のあずかり知らぬ事である。
◇
都市部から離れた沼地に、“定常の儀”を行うための祭壇が設けられていた。板張りの祭壇は、地面から一段高くなっている。その四隅にはそれぞれ凝った彫刻が彫られた高さ2メートルほどの燭台が配置され、儀式が行われる沼地を明るく照らしている。奥には祭具が置かれた台と衝立があり、こちらも美しい装飾が施されている。素朴でありながら、荘厳な印象を与える場であった。
祭壇の右手には,ワーズヴィル族の導師とそれを補佐する二人の巫女が、左手にはアンダイヤンの両親、ワチエとその妻が立っている。そして、祭壇の中央にはアンダイヤンが歩脚を折りたたんだ姿勢で座り、導師の言葉を恭しく聞いている。
タケルには、導師の言葉がクリック音の連続にしか聞こえなかった。やはり、これが彼ら本来の言葉なのだろう。ドナリエルは珍しく通訳を申し出たが、タケルはそれを断った。おおまかな儀式の流れは聞いているし、おそらく宗教的な言葉が続いているだけだと推測していたからだ。そして、それは間違っていない。
やがて導師の言葉が終わると、後ろに控えていた巫女がそれぞれに袋を持ってアンダイヤンの前に進み出た。一人の前肢には黒い袋、もう一人の前肢には白い袋が載せられている。黒い袋には父親の血が混ぜられた水、白い袋にはただの水が入っている。ここで黒の袋を選び飲み干せば、アンダイヤンの性別は雄に固定される。白い袋を飲み干せば、雌に固定される。
儀式の前、ワチエは「判断はアンダイヤンに任せる」と語っていた。これは珍しいことらしい。普通はその家の都合で、父親が幼体の性別を決めるのだという。星系を代表する族長の後継者問題が絡むとなれば、ワチエが強権を発動してもおかしくはない。ワチエは、アンダイヤンの誘拐事件の後、家族で長い間話し合い、アンダイヤン自身の判断に委ねることを決めたのだ。それは、アルフェン星系の今後にとっても、大きな影響を与える判断であった。
アンダイヤンは座ったまま、目の前に出された二つの袋を凝視している。長い沈黙の後、ゆっくりと立ち上がった彼は、ゆっくりと前肢を伸ばし掴み取った――黒い袋を。
おおぉ、と声にならない声やため息が、渾然一体となって場を覆った。アンダイヤンは、手にした黒い袋に口吻を突き立て、中の液体を飲み出した。数秒で飲み干した彼は、袋を巫女に返し、振り返って両親を見た。そして、一礼。“定常の儀”は
儀式の後に、宴会が開かれた。みな、緊張から解放され、海上は穏やかで明るい雰囲気に包まれている。
儀式に参列していたラロシェタンが、タケルとガルタを見つけて声を掛けてきた。話題はもちろん、アンダイヤンの決断についてだ。
「少し前まで、アンダイヤンは迷っていたのです」
ラロシェタンは明かす。
「ガルタさんに出会い、自分の中に強い雌への憧れがあることを認識し、雌を選ぶことを決めていたようです」
「え?じゃぁ、なぜ今日、雌を選ばなかったのでしょう?」
タケルの疑問も当然だろう。
「えぇ。私も不思議に思い、先ほど聞いてみたんですよ。そうしたら、事件の時、お二人の行動を見ていたら『どちらでも良くなった』そうです。
それは答えになってない、って言ったら、『同胞を守ることに性別は関係ないって気が付いた』って言うんですよ。びっくりです」
「じゃぁ、アンダイヤンはお父さんの後を継ぐために、雄を選んだんだね」
「えぇ。今はまだ、雌が族長になることはできません。ですから、雄を。でも、少しずつ変えていこうと考えているようですね。私もそれを支えて行きたいと思っています」
そうか。年端のいかぬ幼体であっても、ちゃんと将来のことを考えて行動しているのだなぁとタケルは感心する。のほほんと暮らしている自分が、少し情けなくも感じる。だからだろうか、少し意地悪な質問をラロシェタンにしてしまった。
「支えるのは、どっちの性別で?」
「もちろん、雄ですよ。それ以外ないでしょう?」
しかし、ラロシェタンの方が大人だったようだ。タケルの質問にも平然と答えた。そして、付け加える。
「アンダイヤンがどちらの性を選ぶとしても、私は雄を選ぶことに決めていました。そもそも、アンダイヤンとは種族が違うので番にはなれないんですよ。生物学上ね」
「……無礼な質問、失礼いたしました」
やはり、この子は賢いと、タケルは改めて感じた。
「いいんですよ……そうだ。こちらからも少し不躾な質問をさせて貰っていいでしょうか?」
「?……どうぞ」
「ガルタさんとは、いつ番うのですか?」
その質問を口にしたラロシェタンの表情は、笑っているように見えた。
「あ~、その、彼女とは番いません。別の方と婚約しているのです」
「へぇ、そうなんですか。でも、あちらはどう思われているのでしょうね?」
「ご冗談は止めてください。ラロシェタン様」
あっちはきっと“敵”と思っているに違いない。タケルは、別のアルフェン人と話し込んでいるガルタに視線を投げた。幸い、こちらの会話は聞かれていないようだ。
『興味深いな。姫様を泣かすようなことをしたら、私が許さないからな』
「ないってば!」
そこに、今夜の主役がやってきた。タケルには救いの神に見えた。
「何を愉しそうに話していたんだい?」
「あのね……」
こうして、タケルにとっては少し居心地の悪い夜は更けていくのだった。
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