57 遠江戸の愚連隊

「うん!おいしい」

 店の前に並べられた縁台に座ったタケルが口にしているのは、小豆餡をたっぷりと付けた串団子だ。スイーツ男子ではないタケルでも、この甘さを抑えた餡ともっちりした餅の組み合わせには、頬を緩ませる。一緒に出されたほうじ茶も良い。

「エルナにも食べさせたいなぁ」

『なら、藤堂氏に頼むと良い。お前が買って帰っても、検疫で止められるやも知れん』

 そんな訳ないだろうと思いつつも、タケルはドナリエルの忠告に従って団子を土産にすることはあきらめた。

「ごちそうさま」

 店の奥に声を掛けて、タケルは再び歩き出す。宿まではそれほど時間がかからない。

「それにしても、店の中にテーブルがないね」

『それが何か問題か?』

「いや、時代劇とかで良く見ていたから、少し違和感があってね」

 団子屋だけでなく、そば屋や飲み屋などの食べ物屋にも机はなかった。実は、江戸時代には時代劇に登場するような椅子や机は存在しなかった。縁台か、奥にある座敷で食事をしていたのだ。


 宿までの道をゆっくりと歩いていたタケルは、ふいに四つ角を右に折れて路地に入っていく。そのまましばらく行くと、広い空き地に出た。火除地ひよけちだ。現在も地名に残る広小路ひろこうじと同様、火事の延焼を防ぐために設けられた、一種の緩衝地帯だ。秋葉原の一部も、かつては火除地であった。

 タケルは、何気ない足取りで空き地の真ん中まで来ると、そこで立ち止まった。日没も近い。空は紅に染まりつつあった。こんな時間に、こんな場所で立ちつくすことに意味はあるのか?その理由はすぐに現れた。


 タケルを囲む、数人の人影。

 和装ではあるものの、着流しを着崩した者や女性用の襦袢を着ている者、原色を使った歯切れを縫い合わせて派手な衣装にしている者など、着ている物も髪型もバラバラだ。何人かはこれ見よがしに日本刀を手にしている。

「かぶき者?いや、やからだな」

 昭和風に言えば、愚連隊、ヤンキーの集団だ。


「何の用かな?こそこそと付け回して」

 男のひとりが、ペッ!と唾を地面に吐き出してタケルを睨む。

「用なんざねぇよ。目障りなだけだ」

「ここじゃ、目障りだと大人数で取り囲むのかい?変わった風習だね」

「てめぇっ!ふざけてんじゃねぇぞ!」

「ふざけてないさ。ここには今朝着いたばかりだからね」

 タケルは態とらしくいやらしい笑みを浮かべている。

「この野郎!」

「まてや」

 手にした木刀で殴りかかろうとした男を、背後から出てきた男が押しとどめる。他の連中よりも一回り大きな男だった。年の頃なら二十代後半か。荒事慣れした雰囲気を持っている。おそらくこいつが連中のリーダーなのだろうと、タケルは見当を付けた。


「にぃちゃん、大人しく金目の物を差し出せば、半殺しくらいでやめておいてやるぜ」

「なんだよ、安っぽい強盗かよ。期待して損した」

 もとより端から何の期待もしていない。タケルの言葉は単なる挑発である。相手はまんまと挑発に乗った。

「口の減らねぇにいちゃんだな。身体に聞かせねぇとわからねぇか?」

 リーダー風の男かくいっ、と顎で指示すると、タケルを取り囲んでいた男たちは、薄笑いを浮かべて包囲の輪を狭めてきた。相手はひ弱そうな青白いガキ、しかも武器も持ってない。遠江戸内での武器使用は禁じられているが、所持自体は禁止されていない。都市部を一歩離れれば、危険が待つ未開拓地が広がっているからだ。しかし、他星系からの訪問者は武装していないことが多い。遠江戸内は治安が良いことで有名なのだ。こうした甘い考えを持つ他星系からの訪問者が、彼らにとって格好の餌食。少し脅せば、ピーピーと泣き叫んで許しを請うのだ。

 昼間見たときは装甲車に乗り、そのまま城の中に入ってしまったので手を出せなかったが、こいつは一人で護衛も付けず、ふらふらと街中に出てきた。俺たちに襲ってくださいと言わんばかりに。さぁ、誰からやる?男たちは、あからさまにアイコンタクトで順番を決めた。獲物の死角にいる奴が、一番槍だ。


「げくっ!」

 奇妙な声と共に、獲物を襲ったはずの男が吹き飛ばされた。円の真ん中にいる獲物は、なぜか手に緑色に光る木刀を握っていた。

「なに――がっ!」

「ふざけや―ぐぇっ!」

「がはっ!」

 緑の光が煌めくたび、仲間がどんどん倒れていく。

「このっ!」

 ひとりが隠し持っていたスタナーで、獲物を狙う。

「ぎやっ!」

 だが、引き金を引く前にスタナーははじき飛ばされ、次の瞬間にはスタナーを持っていた男も吹き飛んだ。

「う、うわぁぁぁぁっl!」

 訳が分からなくなり、突っ込んでいった男も鞘に入ったままの日本刀を振りかぶった姿勢のまま、その場に頽れた。そして、その場に立っているのは、リーダーらしき男と、獲物だったよそ者、タケルだけになった。


「て、てめぇっ!なにもんだ!」

 タケルは緑光丸を軽く振る。

「誰かも知らずに襲ってきたのか……度し難いな」

 男は持っていた日本刀を鞘から抜きはなった。普通よりも長い刀身が、ぎらりと凶悪な光を放つ。しかし、タケルは冷静だった。地球で襲ってきた暗殺者に比べれば、気迫も殺気も塵芥に等しい。

「抜刀は、違法行為だって知っているよね?」

「うるせぇっ!そんなもんはどうにでもなるっ!ここで死ねっ!」

「そうやっていつも父君に迷惑を掛けてきたのかい?くん?」

 いきなり名前を呼ばれて驚く男は、遠江戸の行政長官である藤堂の息子だった。自分の正体を見ず知らすのよそ者に喝破され、男は驚く。

「な、なぜそれを……」

 タケルも、男の素性を知ったのはついさっきだ。ドナリエルがタケルの左手にある《識章》を使って、相手の《識章》から情報を抜き取ったのだ。ドナリエルは、アルフェン星系での経験から、《識章》を調べられることができないかと、いろいろと試行錯誤を繰り返してきたのだ。その中で、それまで何の役にも立っていないように見えた、タケルの識章を利用することを思いつき、そのためのシステムをタケルの体内で組み上げたのだった。


「藤堂さんは、君がこんなことしているのを知っているの?人格者だと思ったけれど、やはり親ってことかなぁ。残念だよ」

「……父親は関係ないだろ」

「関係あるさ。こうなる前に、きちんと子供を叱るべきだった。君がこうなったのも、半分くらいは父親の責任じゃないか?」

「……」

「ボクは幼い頃に両親を亡くしているけれど、祖父母は曲がった道に行かないよう、厳しく育ててくれたよ。君の両親はどうしていたの?」

「てめぇに何がわかる」

「わからないさ、君のことなんか。知りたくもない。でも、こっちに突っかかってきたのは、君たちのほうだからね?それなりの報いは受けて貰わないと」

 藤堂兵庫は、憎しみを込めた目でタケルを見据えた。何も知らないくせに何を言っているんだ、俺だって、こうなりたくてこうなったわけじゃない。政治家の息子として好きなこともさせてもらえず、何かにつけて周りがいろいろと口出ししてくる。そのくせ、父親も母親も無関心で、ほったらかしだ。できなきゃ笑われ罵られ、出来ても当然だと誰も褒めてくれない。俺にどうしろって言うんだ。どうせこいつらだって、俺の金目当てだ、そんなことは判ってる。だけど、こいつらくらいしか、俺の言うことを聞かない。どうすりゃ良かったんだ。

 ちくしょう、てめぇみたいに何も苦労を知らず育ってきたような奴にとやかく言わせねぇ。俺は俺だ。奴をぶったおして、俺の正しさを証明してやる!


「うぉぉぉっl!」

 兵庫は、気合いと共に大上段に構えた刀を振り下ろした。しかし、タケルには掠りもしない。

「ちっくしょぉぉぉ!」

 何も考えずに兵庫が振り回す刀を、タケルは緑光丸ではじき返す。実は、周りに倒れている連中に刀が当たらないように弾いているのだが、兵庫はそれにも気が付かない。

「やれやれ、遠江戸ここにはきちんとした剣道場もないのかい?」

「ふっ、ふざけるなぁぁぁぁ!」

 兵庫が刀を突き出す。タケルが弾く。兵庫が袈裟懸けに振り下ろす。タケルは躱しながら、刀身を横から叩く。そんな応酬がしばらく続いた。やがて、兵庫の動きが止まり、膝が落ちる。頭から全身汗がしたたっている。兵庫はぜぇぜぇと肩で息をしながらも、目だけは闘志を込めてタケルを睨んでいる。


「はぁ……はぁ……てめ……逃げんな……死ねよ……くそが……」

 タケルは、兵庫を冷たい目で見下ろす。タケルは怒っていた。恵まれた場所にいながら、チンピラを集めて悦に入っている兵庫が許せなかった。兵庫にも言い分はあるだろうが、だからといって周囲の人間に迷惑を掛けたり悲しませたりしていい理由にはならない。図体だけでかくなって、精神が育っていない。


『このくらいにしておけ』

 ドナリエルの言葉で、タケルは我に返った。あぶない、あぶない。タケルもここまでいたぶるつもりはなかったのだが、途中からこの甘ちゃんを許せなくなってしまったのだ。自分で煽っておいて、自分自身も冷静さを欠いてしまった。

 タケルは「ふぅ」とため息をついて、その場を立ち去る。その姿を見て兵藤が、力を振り絞って叫んだ。

「逃げんじゃねぇ!卑怯者っ!」

 タケルはすばやく振り返って左手を振り抜いた。緑光一閃。兵庫の意識は刈り取られ、巨体はその場に倒れ伏した。


                ◇


「申し訳ございません!」

 その晩、タケルが泊まっている宿に、行政長官自らが謝罪に訪れた。もちろん、息子の不始末に対する謝罪だ。タケルは、畳に土下座する男を目の前に困惑していた。

「止めてください。こちらも少々やりすぎました」

「いえ、あれくらいでちょうどよい薬です。本来ならば、私がやるべきことでした。本当に申し訳ありません」

 やはり行政長官は、自分の息子が悪さをしていることに、気が付いていたのだろう。だとすれば、責任は免れない。

「貴方が謝るべきはボクではなく、遠江戸の住民に対してでは?」

「ははーっ!まったくもってその通りでございます!しかしながら、タケル様に危害を加えようとしたこともまた事実。ここは平に、平にお許しを願いたく」

 このままでは一晩中土下座し続ける勢いだ。タケルはやれやれと思いつつ「わかりました、謝罪を受け入れます」と声を掛けた。

 藤堂行政長官は、その言葉でようやく身を起こした。


「それはそれとして、今回の件に限らず、長官として狼藉者を放置していた責任はどうされるおつもりですか?」

 タケルの隣に座ったエルナが、鋭く突っ込む。なんだか怒っているようにも見える。実際、タケルが狼藉者に襲われたと聞いたときには、怒りを露わにしたとガルタがタケルにこっそり教えてくれた。

「はっ。今回の襲撃に加わったものは、愚息を含めてみな捕らえ、牢に入れております。また、これまでに一度でも襲撃に加わったことがある者たちもすべて手配しております。これまでの罪状も明らかにして、罪を償わせる予定です。その手配が済み次第、わたくしは職を辞するつもりです」

「そうですか」とエルナ。「犯人たちには公明正大な裁判を受けさせてください。貴方の身の振り方については、州知事より沙汰があるまで待ってください」

「ははっ。然るべく」

 タケルも藤堂に、説教のひとつも喰らわせたかったが、精神的に凹んでいる姿を見て追い打ちを掛けることは止めにした。



「やっぱり、トラブルに巻き込まれた」

 行政長官が去った後、エルナが口を尖らせながらタケルに突っかかる。

「だからあれほど気をつけてって、言ったのに」

「う~ん、今回のもボクが引き寄せたわけじゃないよ」

「タケルのせいじゃなくても、もっと注意をしてください、ってこと。今回だって、車で送って貰えば避けられたでしょう?」

 確かにエルナの言うことももっともだ。しかし、タケルは時代劇で見た風景の中を歩いてみたかったのだ。

「あ、そうだ」

 タケルは思い出して、胸ポケットから箱を取り出すと、エルナに差し出した。

「なに?」

「開けてみて」

 そこには土産物屋で購入したべっ甲の簪が、薄暗い照明の中でも美しい色合いを見せていた。

「……すてき。これを私に?」

「うん。似合うと思って」

「ありがとう……どうやって使うの?」

 タケルは簪を手に取ると、エルナの髪にそっと挿した。

「本当は、髪をまとめたところに挿すのだけれど……」

 そう言って、手鏡をエルナに渡す。エルナは鏡を覗き込みながら「きれい」と呟いた。

「君の瞳の色に合わせたんだ」

「ありがとう、タケル」

 エルナはタケルの手を取りそっと握ると、潤んだ瞳でタケルを見つめた。タケルもエルナを見つめる。二人の顔がそっと近づき……。


「エルナ様。そろそろお戻りになりませんと」

 襖の向こうから、ガルタの声が聞こえた。まるで見透かしたようなタイミングだ。

「あっ、えっ……そ、そうね。今、戻ります――タケル、ありがとう。また明日」

「うん。また明日」

 二人は立ち上がって、挨拶を交わす。タケルが先に立って、廊下に続く襖に手を掛けたとき、エルナがさっと近づいて、タケルの頬に軽く口づけした。

「……おやすみなさい」

 エルナが去った後も、タケルは部屋の中で立ったまま、笑顔を浮かべていた。

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