53 誘拐は計画的に

 男は買い出しに出た仲間を待っていた。本来、いなければならない監視ルームではなく、適度な湿気のある快適な部屋だ。

 そもそも、簡単な仕事のはずだった。ちょろまかした作業用ロボットで、指定された場所から幼体を攫ってくる――それだけの簡単な仕事のはずだった。ところが、どこで間違えたのか、人型種族ミバ・ターンの雌がくっついてきた。殺しちまえば簡単なのに、依頼主に確認したら止められた。なんでも人型種族ミバ・ターンの仕業に見せかけるのに、人型種族ミバ・ターンの雌を殺したら計画が水の泡になると。よくわからんが、それが人型種族ミバ・ターンの考え方なんだろう。まぁ、それはいい。

 問題は、用意していた食料が足りなくなったことだ。あの雌がどれだけ食べるかわからないし、そもそも俺たちアルフェン人の食料が食べられるのかどうかも疑問だが。あぁ、面倒だ、と男は思う。計画では、攫ってきた幼体を期限まで倉庫に閉じ込めておけばいいはずで、男たちも中の様子を監視するだけでよかったのだ。


「今、帰ったぞ」

 男の相棒が、食料を仕入れて帰ってきた。男が監視部屋に詰めていないことを見て、不快感を表す。

「オレに働かせて、そっちは休憩か!良いご身分だな、オイ」

「あんな暗くて辛気くさいところに長い時間いられるかってーの。少し暗い息抜きしなけりゃ死んじまうぜ」

 実際には、息抜きどころか、ずっとこちらの部屋にいたのだが。

「ちっ、にメシはやったのか?」

 荷物とは、アンダイヤンとガルタを指す隠語だ。

「あぁ、今三号が届けているよ」

「なんだ、自律でやってんのか。お前、手を抜かないで自分で操縦しろよ」

 監視部屋には、汎用ロボットを遠隔操縦するシステムも置いてある。

「は!そんな面倒なこと、できるかよ」

「仕様がねぇなぁ」

 相棒は、男の説得をあきらめ、買って来た食材を保管場所に移し、監視部屋へと入っていった。


「大変だっ!こっち来て見ろ!」

 相棒の声が響いた。「なんだよ」とおっとり刀で男が駆けつけると、相棒はディスプレイを凝視していた。依頼主がけちったせいで、立体投影ホロ・ディスプレイ装置はない。あるのは、2次元で表示される旧式のモニターだけだ。

 相棒の隣に立った男は、ロボットの一体が何者かの手によって破壊されたことを知った。

「や、やつらは武器を持っていないはずだぞ!」

「知るか!事実、三号はあいつらに壊されたんだよ!」

 監禁場所には監視カメラを設置していたが、他の場所にはほとんどない。

「とっととロボットを操作して、ロボット殺しの犯人を見つけねぇと」

 男とその相棒は、慌ててロボットたちの操縦を始め、アンダイヤンとガルタを探し始めた。


                ◇


「ここだ」


 タケルが目星を付けたのは、なんの変哲もない倉庫だった。それだけに、電波が遮蔽シールドされているのは異常と言えた。タケル、ラロシェタン、ムヴィは車を降りて倉庫に向かって歩を進める。

「ケタストさんは、離れていてください」

「判りました。お気を付けて」

 非戦闘員であるケタストを巻き込ませないための処置だ。本来なら、ラロシェタンやムヴィにも離れていて欲しいのだが、とタケルは思う。

 三人は慎重に、当たりを警戒しながら進む。


『反応があったぞ!ガルタだ!』

 珍しくドナリエルが興奮したような声で伝えてきた。同時に、顔を振っていたムヴィが、ある方向を指してピタッと止まった。

「コッチ ニオイ スル」

 そう言うと、これまでの緩慢な動きが嘘のように、ムヴィは素早く身を翻して倉庫の中へと突っ込んでいった。次にラロシェタンが、最後にタケルが後を追うように建物へと入っていく。

 タケルが倉庫の中に入った時、ムヴィは迷いなく、階段を上っていくところだった。

「まて、ムヴィ!あぶないぞ!」

 ラロシェタンがムヴィに続いて階段を駆け上がっていく。タケルが二人に追いついたのは、建物の二階、荷捌きに使われていたであろう部屋だった。ベルトコンベアーやクレーンなどが雑然と並ぶ中、部屋の中央に見えたのは、数体のロボットに囲まれているアンダイヤンとガルタの姿だった。


「ムァァァーーッ!」

「アンダイヤン!」

 ムヴィとラロシェタンが同時に叫ぶ。その声に、ロボットの一体がこちらを向いた。その手には銃が握られている。タケルは、後ろからラロシェタンとムヴィを押し倒す。が、一瞬遅く、敵のレーザーがラロシェタンの身体を掠めた。ジュッ!という音とともに、焦げた臭いがタケルの鼻をつく。

「ムヴィ!ラロシェタンを!」

 タケルは腰に付けていた医療キットを使役獣に放り投げ、彼らをかばうように前へ飛び出した。その姿を見たロボットが、銃をタケルに向ける。まるでスローモーションの様に、タケルはロボットが引き金を絞る瞬間を見た。だが、レーザーの光は、タケルの身体を灼くことはなかった。


「ええっ?!」

ロボットを遠隔操縦していた男は、信じられない光景に思わず声を上げた。次の瞬間には、モニター画面から風景が消えた。ロボットが破壊されたのだ。しかし、ロボットに向かってきた男は、武器らしいものは何も持っていなかった。どうやってレーザーを防ぎ、どうやってロボットを破壊したのか?

その答えは、別のロボットを操縦していた男が見ていた。その男は、こちらに向かって突進してくるタケルの左腕に巻き付いたが、形を変えて片刃の剣になりレーザーをはじき返したところを見た。その剣が、仲間が操縦するロボットの首を易々と跳ね飛ばしたところを見た。確かに見たが、何が起きたのか分からず茫然としているところを、追い詰めていたはずの女に緊急停止スイッチを破壊され、ロボットが停止してしまった。


 ガルタがロボットの鳩尾に爪を突き立てるのを見て、タケルはロボットの弱点と判断して、緑光丸をロボットの鳩尾に突き立てて行った。最初の一体は勢い余って木刀が突き抜けてしまったが。

 二人は、30秒もかけずにその場にいた全てのロボットを沈黙させた。

「ラロシェタン!」

 アンダイヤンは負傷した友に駆け寄る。ムヴィはタケルの言葉に従い、ラロシェタンの傷に治療用パッチを張り付けていた。

「やぁ……アンダイヤン。怪我はないかい?」

「バカ!怪我をしているのは君じゃないか!」

「大丈夫だよ……かすり傷さ」

 弱弱しい声で応えるラロシェタン。そんな友の姿を見て、アンダイヤンの瞳は濡れていた。


『通信機を使って、姫様とオーナン伯爵ヴァルトには連絡した。じきにこの星の警察と救急も来るはずだ』

 倒れているラロシェタンに近づいたガルタは、アンダイヤンに声をかける。

「安心してください、アンダイヤン様。もうすぐ救援が来るそうですよ」

 アンダイヤンはラロシェタンを抱えたまま、ガルタに頷く。

「うん……ありがと……」

「アンダイヤン!」


 突如として、アンダイヤンは気を失った。

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