52 捜索と脱出と
……タ……ガル……ガルタ……ガルタ!
自分を呼ぶ声で、ガルタは覚醒する。
「こ、ここは……?」
周りを見渡すと、がらんとした鉄骨造りの広い部屋、天井には採光窓と照明が並んでいる。倉庫のようだ。ガルタは、倉庫の床に手足を縛られて転がされていることに気付いた。
「よかったー!ガルタ、起きた!死んじゃったかと思ったよー」
声のする方を見ると、天井から吊された網の中に入れられたアンダイヤンを見つけた。網の目から出した脚を大きく振っているので、振り子の様に揺れている。
「アンダイヤン様、ご無事ですか?」
心配するガルタに、アンダイヤンは「大丈夫だよー」と笑って答える。とりあえず、代表の子供は無事のようだ。
頭がズキズキと痛む。これはスタナーで撃たれた時の症状だ。ガルタは、おぼろげな記憶を必死でかき集める。そうだ、アンダイヤンが連れ去られるのを見て、咄嗟に誘拐犯の車にしがみついたのだ。
ガルタの体内時計が5分を過ぎる頃、突然車が停止した。慣性によって車体から弾き飛ばされたガルタは、タケルから習った受け身を取ってダメージを軽減すると、すばやく運転手に向かって突進した。その時、背後からスタナーで撃たれたのだ。薄れゆく意識の中で、ガルタは
しかし、なぜ私は殺されなかったのか?と、ガルタは疑問に思う。その機会はいくらでもあっただろうに。外交上の配慮?いやいや、エルナ様ならばともかく、一介の護衛が殺されたところで、それほど大きな問題にはなるまい。では、何かに利用するため?だとしたら何だ?
ガルタはしばらく考えてみたが、結局判らなかったので、考えることを止めた。元々、頭で考えるよりも身体が動くタイプなのだ。そう、とりあえずはここから脱出しなければ。
スタンバトンや隠しに入れていたナイフは取り上げられていたが、皇女の護衛であるガルタにはまだ武器がある。そのひとつが、爪だ。ガルタが爪のケアを欠かさないのは、いざという時に武器として使うためだ。もちろん、只の爪ではない。遺伝子操作と強化コーティングを施された爪は、ガルタの技量と相まって、
ものの2分も掛からぬうちに、ガルタの手を縛ったロープは外された。足首を縛っていたロープも難なく外す。ロープは、倉庫にあったものを利用したようだ。
続いて、アンダイヤンを捉えている網を降ろし、網の中からアンダイヤンを救出した。
「ありがとう、ガルタ。やっぱりガルタは強い雌だね!」
ガルタは苦笑いを浮かべながら、部屋の中を見渡す。四方を壁に囲まれたその部屋には、扉で閉ざされた入り口があった。扉がある、ということは、アルフェン人の住居ではない。やはり、
部屋の中を探して見つかったのは、ガルタを捉えていたものと同じロープが数十メートル、荷物をまとめるための網が数枚。これでなんとかしなければならない。
◇
オーナン
「ワーズヴィル族のケタストだ。大使館の仕事をして貰っている、信頼できる青年だよ」
「ケタストです。大使様からご協力するように伺っています」
「ありがとうございます」
その後、
宇宙港へ向かう途中で、ラロシェタンとムヴィを拾う。ラロシェタンは約束通り、軍用通信機を持ってきてくれた。それをドナリエルの指示でタケルが改造していく。
『これでガルタの《識章》とコンタクトできるはずだ』
改造通信機は、ドナリエルが操作するため、タケルが持つ。
「そろそろ宇宙港です」
「宇宙港の周りをぐるっと周回してください」
「わかりました」
タケルの指示に従って、ケタストの車は宇宙港の周りを走り始める。荷台は少し狭苦しくなったが、文句は言えない。
しかし、三十分ほどの時間をかけて宇宙港を周回したが、《識章》の反応を拾うことは出来なかった。
「見つからないって、なんでだよ?」
思わずドナリエルに当たるタケル。しかし、ドナリエルは冷静だ。
『ガルタが監禁されている建物が、電波的に
改造送信機からの信号が《識章》に届かなければ、《識章》も反応できない。また、《識章》が信号を発信していても、
「そんな……それじゃアンダイヤンは……」
動揺するラロシェタンに、ドナリエルはやさしく答える。
『安心してください、ラロシェタン様。逆に考えるのです。
今は時間が惜しい。タケルはケタストにお願いして、もう一度宇宙港の周りを走ってもらうことにした。
◇
通路から足音が聞こえる。足音が部屋の前で止まると、扉がスライドした。そこに立っていたのは、ロボットだった。作業用の汎用タイプだ。アンダイヤン誘拐の実行犯でもある。囚人の食事を乗せたトレイを持っているロボットは、ゆっくりとした動作で室内へと一歩踏み出した。さらに進もうともう一方の足を踏み出そうとしたとき、いきなり足下のロープが跳ね上がり足を上へと跳ね上げた。ロボットはバランスを崩し、後ろへと倒れる。すぐに立ち上がろうとしたのだが、そこに網がかぶせられため、動く度に網が絡みつき立ち上がることができない。
汎用ロボットであるため、こうした状況への素早い対応ができない。アンダイヤンを誘拐した際には、遠隔操縦によって動かされていたため人間のような動きができたのだ。そして、汎用ロボットには、必ず備え付けられている機能がある。それは――。
「緊急停止スイッチが、ふさがれているわね」
倒れたロボットを上から見下ろして、ガルタが呟く。
汎用ロボットには、緊急時にいつでも動作を止めることができるスイッチが、目立つ場所に必ず装備されていなければならない。このロボットの場合、ちょうどみぞおちのあたりだった。今、そのスイッチは、金属板によってふさがれている。もちろん違法改造だ。
「……フンッ!」
裂帛の気合いを込めて、ガルタは右手をロボット目がけて振り下ろした。彼女の強化された爪は、金属板をぶち抜きロボットの緊急停止ボタンを押した。ロボットの目から光が消え、倒れたまま動かなくなった。すでに、単なる金属の塊だ。
「では、脱出しましょう」
さっと身を翻して出口とおぼしき方向へ向かって歩いて行くガルタを、アンダイヤンは尊敬の眼差しで見ていた。
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