51 友想うラロシェタン

「なぜ捜査に参加できないのですか!」


 エルナの抗議に、警察の担当官と名乗る女性は表情も変えずに言い返す。

「申し訳ありませんが、当方の手続き上の理由です。みなさまは、控え室こちらでお待ちください」

 「こちらの護衛も連れ去られているのです!せめて捜査状況だけでも教えてください」

「心中お察しいたします。しかしながら、捜査の状況については規則でお教えすることはできません」

 のれんに腕押し、糠に釘。打っても響かない太鼓では仕方ない。エルナがソファに座り込むと、ようやく担当官は退出していった。


「どうしたら、いいの……?」

 エルナがそっとタケルの手を取る。エルナにしてみれば、泣き叫んでタケルの胸に飛び込んでいきたい気分だが、ここにいる全員が、タケルとエルナの関係を知っているとはいえ、公式の場で皇女の振る舞いとしてはふさわしくないと、ぐっと堪えている。

「大丈夫。彼女ガルタは強い。簡単に負けたりしない」

 タケルは、溢れそうな涙をためたエルナの瞳を見つめ、力づけた。

「しかし、帝国の使節団に対して、この扱いはひどいよねぇ」

 ナルクリスの愚痴も当然だろう。安全を確保するためという名目で、ここ迎賓館の一室に使節団全員が押し込められている。安全上という理由は、嘘ではないだろう。しかし、それだけではないはずだ。何しろ《ミーバ・ナゴス》への連絡も制限されているのだから。

「まったく、これは外交問題になりますよ」

 大使館からエルナを心配して駆けつけたオーナン伯爵ヴァルトも憤りを隠さない。

「大使館から、《ミーバ・ナゴス》には、ガルタ嬢の行方不明とエルナ様、クリス殿の無事は伝えましたが……それ以降は艦への通信を制限されてしまいました」

 つまり、大使も含め事実上の軟禁状態なのだ。



「あの……すいません」

 恐る恐る部屋の中を覗く顔があった。

「なんでしょうか……ラロシェタン様」

 歓迎会でアンダイヤンと共にいた幼体だ。アルフェン星系人の顔がみな同じに見えるタケルにしてみれば、幼体を見て名前を思い出せるエルナの能力はすごいの一言だ。

「おじゃましても良いでしょうか?」

「どうぞ」

 エルナがラロシェタンを招き入れる。その後ろから使役獣が付いてくる。ラロシェタンの使役獣ではない。あちらことらに包帯やパッチをあてた痛々しい姿の使役獣ジュリヨ、ムヴィであった。

「ムヴィ モ ボッチャマ サガス」

「どうしてもといって、ついてきてしまったのです」

「いえ……それは構いませんが、大丈夫なのですか?」

 エルナが心配そうに使役獣ムヴィを見る。

「ダイジョウブ オレ ジョウブ」

 アンダイヤンは、ずいぶんと慕われているようだ。エルナはムヴィの同席を許した。


「ラロシェタン様は、どうしてこちらに?」

 そう聞かれた幼体は、少しためらった後口を開く。

「アンダイヤンは親友だと思っています。でも、父は私が関わることを認めてくれません」

 ラロシェタンの父親であるオルレは、ワーズヴィル族に次ぐ勢力を持つベリゴール族の族長で、有名な人型種族ミバ・ターン排除派の急先鋒だ。

「アンダイヤン様のお父上が、ワチエ様だから?」

「そうです」

 ワチエ代表は、人型種族ミバ・ターン融和派だ。オルレにしてみれば、子供同士であっても仲良くすることは腹立たしいことなのだろう。親同士が反発しているとしても、その関係を子供にまで強要するのは違うのではないかとタケルは思う。


「でも……」ラロシェタンは、躊躇いながらも話し続ける。

「アンダイヤンは、もうすぐ“定常の儀”を迎えるのです。このままだとどうなるか……」

 “定常の儀”?そういえば、ワチエ代表もそんなことを言っていた。タケルは小声でドナリエルに聞いてみた。

『アルフェン人の幼体は、雌雄同体なのだ。幼体はある時期になると、“定常の儀”を経て性別をはっきりさせるのだよ』

「それの、何が問題?」

『儀式を行い、導師が導かねば、幼体は雌になる。アンダイヤンが雌になれば――族長を継ぐことができない』ひいては、時期星系代表の選定にも関わる問題なのだという。タケルは、ひどい男尊女卑だと思ったが、日本も似たようなものかと思い直す。良いこととは思わないが、アルフェン星系内部の問題だ。


「早急にアンダイヤン様を見つけなければならないけれど、オルレ様は消極的だということですね」

 エルナの言葉に、ラロシェタンは首肯する。ワーズヴィル族の力を削ぐために、このままアンダイヤンが行方不明でいてくれた方がいいということか。

 それにしても、この子ラロシェタンは賢い子だと、タケルは感じた。きちんと親たちの関係も、自分の父親の主義主張も認識している。その上で、父親が嫌う人型種族ミバ・ターンに助力を求めに来た。父親が知れば激怒しかねないことを充分承知の上で、それよりも親友アンダイヤンを救い出すために自分に出来ることを考えたのだ。


「それにもうひとつ……父は、アンダイヤン誘拐の犯人を、ガルタさんだと決めつけています」

 その場にいた者たちに動揺が走る。

「そうでないことは、その場にいた護衛たちの証言からも明らかなのですが、誘拐犯がヒトの姿をしていたことから、父はどうしても人型種族ミバ・ターンのしわざにしたいのです」

 エルナたちが、軟禁状態に置かれていることもこれで納得できる。可能性がゼロではない以上、人型種族ミバ・ターンの行動を制限しておく方が安全だと考えたのだろう。ワチエ代表にしても、苦渋の決断だったに違いない。


「ならば、なおさら私たちの手で犯人を見つけ、アンダイヤン様を救い出さないと」

 タケルの言葉に、皆が頷く。このまま犯人が逃げてしまえば、なし崩しに罪は人型種族ミバ・ターンになすりつけられる。あるいは、アンダイヤンが殺され、それをガルタがやったように偽装される可能性もある。

「《ミーバ・ナゴス》に連絡が取れればなぁ」

 ナルクリスの言葉は正しい。アルフェン星系には《識章》の通信網は存在しないが、《識章》の微弱な反応でも《ミーバ・ナゴス》ならば、軌道上からでも関知できるはずだ。ただし、ガルタがまだ生きていれば、の話だ。いや、アイツが死ぬわけがない、殺しても死ぬわけがないとタケルは最悪のイメージを振り払う。


『警察か軍用の通信機があれば』とドナリエル。高性能な通信機を改造すれば、即席の《識章》探知機ができる。ドナリエルはガルタの《識章》に関するデータを持っているので、5キロ程度まで近づけば判るはずだとドナリエルは言う。ドナリエルの提案に、ラロシェタンが「なんとかなるかも知れません」と答える。

 探知ができるからといって、無闇に探し回ってもガルタを見つける可能性は低い。効率的に探すならば、先に探すべき場所を絞り込まなければならない。


「犯人たちは、人型種族ミバ・ターンの仕業に見せかけたいのでしょう?ならば、私たちが犯人の気持ちになって考えればいいのでは?」

 エルナの言葉に、一同が一斉に考え出す。

「沼地は嫌だな」

「アルフェン人が近づかないところがいい」

「すぐに逃げ出せるところですね」

『ならば宇宙港の近くか?』


 その時、タケルの脳裏にひらめくものがあった。

この惑星ブロセイにいる人型種族ミバ・ターンは、全員把握されているんじゃないの?」

「はい。旅行者、長期逗留者、永住者は、事件後、全員居場所が特定され……監視下に置かれています。そちらに不審な動きはないと報告されています」

「その中に、犯行が可能だった者はいる?」

「いえ、全員アリバイがあります」

 しかし、犯人は人型種族ミバ・ターンだったという護衛の証言がある。だとすれば、犯人は――。

人型種族ミバ・ターンの姿をしたロボットか」

「しかし、ヒトガタのロボットはここアルフェンでは余り使われていないと聞いています」

「そうですね。使われているとすれば、ここ迎賓館か、宇宙港施設でしょうね」

 どうやら、監禁場所が絞り込めたようだ。あとは、どうやってここから抜け出すか。

「私は、大使館との往来が認められているので、私の部下とすり替わって外に出ることができるでしょう」

 迎賓館に入るときには厳しいチェックがあるが、出るときにはチェックはないのだという。オーナン伯爵ヴァルトのアイディアを採用し、タケルは外にでることにした。

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