50 “鏡の迷路”
街は、喧噪に包まれていた。どこであっても“祭り”は特別な、ハレの日なのだ。
タケルたち一行はアンダイヤンに誘われて、ブロセイのルイドという街で開かれている祭りに参加していた。正確に言えば、アンダイヤンが誘ったのはガルタであって、ガルタはエルナと離れるわけにはいかず、エルナが行くとなったら必然的にタケルも付いてきたというわけだ。そこに、アンダイヤンの護衛2体とアンダイヤンの使役獣が加わり、総勢六名と一匹で賑わう街中へと繰り出していた。
使役獣は、アルフェン星系人が苦手な重量物の運搬や工事、長距離の移動などを行う際に補佐してくれる動物を指す。アンダイヤンの使役獣は、ブロセイに住む両生類で、ジュリヨと呼ばれる生物だ。沼地で進化した動物で、地球で言えば小学三年生程度の知性を持っており、簡単な言葉で意思の疎通もできるという。名を、ムヴィという。
アンダイヤンはムヴィを伴い、混み合う道を足早に駆けていく。地面は舗装されているが、表面に苔が敷き詰められており、十分な湿り気を帯びている。周りからは、銀河標準語に混ざって、クリック音のような現地語も聞こえる。これがアルフェン星系人の標準語なら、銀河標準語を話すことができるのは、なぜなのだろう?いろいろと知りたいことがあるな、とタケルは思った。
「ガルタ!こっちこっち」
アンダイヤンがガルタを引っ張って、祭りを案内している。その後を、一生懸命追っかけている護衛は大変そうだ。
「アンダイヤン様!今、参りますから!あ、エルナ様、離れないでください!タケル!何とかして!」
訂正。ガルタも大変そうだ。なぜかタケルはにやけ顔が止まらない。
「タケル……悪い顔してる」
「えっ?そう?ガルタが愉しそうだから、うれしいんだよ」
「ふぅ~ん……タケルの笑った顔は好きだけど、今のはちょっと違う気がするの」
「……すいません。気を引き締めます」
「ふふふ」
ガルタが幼子に引きずり回され、タケルとエルナがいちゃいちゃな会話をしながら歩いていると、一行は食べ物などを売っているゾーンから、見世物小屋や出し物があるゾーンへと入っていた。高い木の櫓を組み、その上からゴロゴロと上手いこと落ちてくる芸人や、翅にボールを乗せてジャグリングする芸人がいる。“帰らずの沼に潜む主”なんて怪しげな看板も見える。
出し物が並ぶ中に、周囲から浮いている見世物小屋があった。看板には“鏡の迷路”と書いてある。遊園地にあるミラーハウスと同じ、かな?とタケルはエルナに確認すると、帝国にはこうしたものはないらしい。
アンダイヤンも初めて見たらしく、ガルタの手を引きながら「行こう!行こう!」と興奮して中に入っていった。護衛が、慌てて木戸銭を払い追いかけていく。エルナも見たそうにしていたが、タケルは中で巨大な昆虫にバッタリ会って驚かない自信がないと、今回は見送ってもらった。外交上の問題になるかもしれないし、地球に行けば遊園地にあるからね。
「そうね。また地球に行きましょう。お
その時、“鏡の迷路”の裏手で、爆発音が響いた!
◇
まったく、なぜ私がこんな目に。エルナ様の近くにいなくてはならないのに……ガルタは、自分が置かれている状況に不満であった。不満ではあったが、相手は星系代表の子供である。無碍にすることもできない。それに……まぁ、エルナ様の側にはあの男もいるから……。
「ガルター、こっちこっち」
何人ものアンダイヤンが、上肢触角を振ってガルタを呼んでいる。すべて鏡に映った虚像だ。まったく、誰がこんなものを考えたのやら。鏡の迷路とは良く言ったものだ。迷路の中にいるアンダイヤンや自分、遅れて入ってきた護衛たちの姿が、幾重にも折り重なって感覚を狂わせる。
「アンダイヤン様、お待ちください」
ガルタの声も幼子には届かない。いや、聞こえているのだろうが、この遊びに夢中になっている。護衛たちも鏡に映った虚像に惑わされながらも、必死にアンダイヤンを探している。
やれやれ、どうしたものか、と思って下げた視線の先に答えがあった。地面を良く見ると、通路と壁の境がくっきりと判った。これを見て進めばいいのだ。ガルタは安心して、アンダイヤンの姿を探した。
「キィィィーーッ!」
突然響いた高い音。ガルタは知らなかったが、それは
ガルタは通路を探すことももどかしく、目の前の鏡を次々と割っていく。それを見た護衛たちもそれに習い、鏡を壊しながら前に進んだ。そして、建物の裏手にある出口に彼女たちが辿り着いた時、アンダイヤンはフードをかぶった怪しげな人物に連れ去られるところだった。アンダイヤンは気絶しているようだ。その足下には、アンダイヤンの
状況を見て取ったガルタは、アンダイヤンを抱えているフードの人物に駆け寄り、スタンバトンを叩きつけた!しかし、それは途中で別の人物によって防がれてしまった。同じようなフードをかぶった人物。アルフェン人ではない、
人間とは思えない速度で打ちかかってくる男だったが、技量はガルタの方が上だ。リーチで不利なスタンバトンで、男を追い詰めていく。そして、ガルタの一撃が、相手の胸にヒットした!
「なにっ!」
驚いたのはガルタだった。スタンバトンの直撃を受けても、二、三歩後退しただけで気絶しない。なぜた、とガルタが思う暇もなく、相手は懐から球を取りだし地面に叩きつけた!
バアァァァンッ!
大きな破裂音と伴に、周囲が高周波音で埋め尽くされる。アンダイヤンを救出しようとしていた護衛が、いきなり倒れてしまった。アルフェン人の中でもワーズヴィル族は聴力が発達しており、故に言語能力も高いのだが、音を武器にして使われた場合長所は弱点となる。ワーズヴィル族の護衛は、敵の音響爆弾により戦闘不能に陥ったのだった。
ガルタにも、音響爆弾は効果があった。暴力的な音により意識が一瞬飛び、思わず足をつく。その間に、男たちは車に乗り込んでいく。このままでは逃げられてしまう!ガルタは走り出そうとする車にしがみついた。ガルタを乗せながら、車は発進する。
タケルとエルナが音に気付いて駆けつけた頃、犯人たちの車は既に見えなくなっていた。
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