49 昆虫たちの星系
事前に説明を受けていたし、画像や動画も見ていた。しかし、実物を自分の目で見ると、少なからず衝撃を受けてしまった。何しろタケルの前にいるのは、巨大な昆虫のような生命体なのだから。
◇
アルフェン星系は、トワ帝国には属していない。一つの《ゲート》で繋がっている、
アルフェン星系の主星は、第二惑星ブロセイ。極地を除き、惑星全体が温暖で湿度が高い。大陸のほとんどが湿地帯なので、地球出身のタケルには良い環境とは言い難い。強化服を着て行きたいところだが、今回は外交使節団なので相手に脅威を感じさせるような格好はできない。そのため、強化服ではなく騎士団の
ブロセイの住民は、沼地や湿地での生活が快適なのだが、外の世界からやってくる種族が、必ずしも湿度の高い環境を好むとは限らないことも知っている。そのため、迎賓館とも呼ぶべき外交用の建物は、地表より高い位置に作られていた。タケルたちを乗せた
「皇女殿下、ようこそいらっしゃいました」
「オーナン卿、久しく。短い時間ですが、よろしくお願いしますね」
迎賓館の屋上では、駐アルフェン大使のブレナス・オーナン
案内された先でエルナたち使節団一行を待っていたのは、アルフェン星系の支配種族、ワーズヴィル族のワチエだった。ワーズヴィル族族長にして、星系代表。この星系のトップだった。
タケルは、その肩書きよりも、外見に衝撃を受けた。事前に説明を受けていたし、画像や動画も見ていた。しかし、目の前で動く姿を見るのとでは、インパクトが違う。ヘルメットをかぶっていて良かった。でなければ、礼儀知らずという印象を相手に与えていたかもしれない。
「まさか代表にお目にかかれるとは思いませんでした」
一方で、エルナはワチユ代表が現れたことに驚いていた。外交使節団と代表がこのような形で会うことは、ほぼない。まして、皇帝ではなく皇女の出迎えに星系の代表が来るなど稀有なこと甚だしい。通常は、外交部トップが出迎えることになっているはずだ。内心に沸いた疑問を押し殺しながら、エルナはドレスの裾を指で持ち上げ、膝を軽く曲げて皇族に対する挨拶をした。対してワチエは、頭部を傾けながら下げ、触角をエルナに向けて伸ばした。ワーズヴィル族の正式な挨拶だ。
「ごきげんよう、エルナ殿下。ここまでの旅はいかがでしたか?」
昆虫のような外見にも関わらず、ワチエは流ちょうに銀河標準語を話した。昆虫が流ちょうに話す、タケルにはシュールな光景に見えたが、他の人はそうではないらしい。
「よき旅でした。こちらでも良い経験ができればと思います」
エルナとワチエは、星間連合の会合で何度か会ったことがある。ワチエが族長になる前にも、遅々と共にワチエの結婚式に参列した記憶がある。
「それにしても、わざわざ代表にお出迎えいただけるなんて、光栄ですわ」
「我が子がもうすぐ“定常の儀”を迎えるので、その前に他星系の人たちにも会っておきたいと駄々をこねられたのでね。こちらの都合で迷惑をお掛けする。申し訳ない」
親馬鹿はここにもいた。銀河の偉い人は、みな親馬鹿になるのだろうか?
場所を大きなホールに移し、ブロセイの支配階級も含めた歓迎会が開かれた。そこで一行はワチエに子供を紹介される。
「アンダイヤンです。よろしくお願いします」
「……ゆるキャラ?」
タケルがそう感じたのも無理はない。ワチエの子供は、成人(いや、成虫か?)前なのだからだろうか、全体的に丸っこい印象だった。
「トワ帝国第三皇女、エルナ・サーク・トワと申します。よろしくお願いしますね、アンダイヤン様」
「ガルダント星系第二王子、ナルクリス・グレードです。お見知りおきを」
エルナとクリスが挨拶する。タケルは今回も護衛役なので、後ろに控えているだけだ。堅苦しいことが苦手なタケルにとって、こうして立っているだけの方が気楽でいい。エルナを見守るだけの簡単なお仕事だ。
「あまり気を緩めるな」
「おっと、失礼しました」
隣に立ったガルタから怒られた。ヘルメットを外しているので、にやけた顔を見られたらしい。降下している人員の中では、ガルタが先任なのでまとめ役となっている。正確に言えば、タケルは軍属ではないのだがここは素直に従う。最近、ガルタの奇妙な絞め技で苦しい思いをしたばかりなので。
タケルは田舎の山近くで育ったから、昆虫というものにそれほど嫌悪感はない。毒虫であっても、こちらが避ければ良いと思っているくらいだ。それでも、アルフェン星系人には驚きを隠しきれない。賢人ドーアと交流したことで、
気を引き締めて会場内を見渡してみると、ワチエ代表とは違った種族もちらほらと見かける。ワチエ代表が族長を務めるワーズヴィル族は、カマキリやバッタのイメージと重なる。そのほかにも、コガネムシやカメムシのような種族も見受けられる。
その身体は、おおむね頭部、胸部、腹部の三つに分かれ、腹部は地面に対してほぼ平行、下部に三対の歩脚、上部に
宴が進んだ頃、こちらに向かってゆるキャラ、じゃないアンダイヤンが近づいてくるのが見えた。もうひとり、後ろに連れている。こちらは甲虫に似たベリゴール族という種族だ。
「こんにちは、アンダイヤンと言います。こっちはラロシェタン。失礼ですが、護衛の方ですね?」
アンダイヤンはタケル……ではなく、ガルタに声を掛けた。今回、護衛の責任者であるガルタは護衛の第二正装をしており、一際目立っていた。
「はい、アンダイヤン様。エルナ様をお守りしております」
「お名前を伺っても?」
「ガルタ。ガルタ・ブランシェと申します」
アンダイヤンに向かってニコリと微笑みかけるガルタ。
「ガルタは……“雌”、ですよね?」
微笑んでいた頬が、一瞬ピクリと引き攣る。アルフェン星系人の表情は読みにくいから、発言の真意は分からない。けれど、幼さ故の言葉だと、ガルタは受け取った。
「生物学上は、そうですね。しかし、私たちの世界では、“女性”と呼びます」
「じゃぁ、そっちの“雄”は?」
アンダイヤンが、タケルを指し示す。
「“男”ですね」
そこは“男性”だろう?と、心の中でタケルは突っ込む。
「ガルタは、こっちの“男”と
「ち、違いますっ!」
慌てて否定するガルタ。顔が赤く染まっている。
「ガルタは強いので、なかなか番う相手がみつからないのです」
“男性”ではなく“男”と言われた意趣返しに、タケルはアンダイヤンに優しく解説した。ギロリ!とガルタが睨む。
「ガルタは“強い女性”なのですね!すばらしい!」
なぜか、アンダイヤンはガルタが強いと知って喜んでいるようだ。
「な?女性が強くてもいいんだよ!ラロシェタン!」
「う~ん、
「真似なんかじゃないよ!ワーズヴィル族の新しい伝統を作っていいって、お父様が言っていたよ」
「アンダイヤン。ワーズヴィル族はそうかも知れないけれど、ボクらベリゴール族は、伝統を守っていかなくちゃいけないんだ」
「まったく、ラロシェタンは頭が固いな!ガルタ!もっとお話を聞かせて!」
トワ帝国女騎士ガルタは、アルフェン星系代表の子供に懐かれたようだ。
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