48 森からの贈り物
男は焦っていた。
男は、このテロリスト集団のリーダーだった。
そんなテロリストたちのリーダーは、表には出さず焦っていた。
支援者からもたらされた、未開の地を貴族が訪問するという情報。この機に貴族を捉え、仲間の釈放と貴金属を要求する。それは簡単に思えた。軍もいない、貴族に付き従う護衛は最低限。パイロットも抱き込み、偽の飛行ルートを申請させた。輸送機にも細工した。情報と物資を提供してくれた支援者には感謝し、帝国の転覆が成就した暁には重要なポストを約束した。相手はそれを断ってきたが、まぁそれはいい。仲間を取り戻し、資金を得られれば、帝国打倒の目標に向かって進むことができる。
ところが、計画は最初から躓いた。支援者が目標と指定してきた皇女が、細工をしていない機に乗り込んでしまったのだ。パイロットが上手く誘導する手はずだったのだが……奴が裏切ったか?家族の命を人質にしているんだ。簡単に裏切ることはるまい。
仕方ない、もうひとりの貴族でも構わないだろう。計画通りに輸送機を不時着させ、襲撃して貴族の身柄を確保すればいい。
うまく不時着させたようだ。パイロットには偽のルートを提出させておいたから、救助には時間がかかるだろう。こっちはすぐにでも人を送り込める。10人もいれば楽勝だろう。さっさと貴族を捕まえてこさせよう。
なんてこった。護衛は三人しかいなかったはず。貴族以外は殺しても構わなかった。それなのに襲撃は失敗。二名が死亡。一名が重傷。貴族を捕まえることもできなかった。なんでこうなる?
次は失敗できない。準備を整え直し、総力戦で捕まえてやる。もう貴族が死んでも構わない。そうなったら首を帝国に送りつけてやる。
準備が整い、ようやく届いたパイロット《スパイ》からの信号を辿り、奴らの居場所を特定した。さぁ、出撃だ。帝国に目にものを見せてやる!
◇
「再び不審船が現れたとの報告がありました」
おお、とざわめきが起きる。もはや輸送機の行方不明は事故ではなく、何者かの意思によるものと考えられていた。不審船が、その犯人であろうという予測もされている。
ポート・ナリッツは、今や捜索隊の基地、前線司令部の様相を呈していた。トップは、もちろんエルナ。ここにいるべき領主エールスバッハ
「続けて」
エルナに促され、連絡員は《ミーバナベラ》からの観測結果を伝える。
「ポート・ナリッツの東南東の海域に浮上した不審船は、四機の搭載機を発進させたのち再び潜水しました。搭載機は、そのまま北上。ステルス機のようですが、赤外線センサーで位置は把握しています」
「そう……現在も飛行中?」
「はい。変化があった場合にはすぐに連絡がくることになっています」
「わかりました。――ガルタ!」
側にいて連絡を一緒に聞いていたガルタに、エルナが指示を出す。
「エールスバッハ
「かしこまりました」
周囲は一気に緊張した雰囲気に包まれていった。
◇
あらかじめ入手しておいた地図データと、パイロットからの信号を重ね合わせると、この谷の奥に貴族たちがいるはずだ。谷の向こうは山で、出入りはこちら側からしかできない。自分から捕獲網に入るなんて、気の利いた
武装した男たちは、闇夜に乗じて谷を一列になって進む。谷の幅が狭いため、装甲車を持ってくることはできなかったが、これだけの武装であれば敵がどれだけ手練れであろうと負けはしない。
それでも念のために、一番前には盾を持った部下を配置した。実弾で攻撃されても防御できるし、光学兵器で攻撃されてもすぐに
盾を持った男に続いて、各々に武器を持った男たちが続く。前回の襲撃に参加した者もいる。彼らは復讐に燃えていた。
谷の奥に隠れている貴族たちに気が付かれないよう、最新の注意を払って進む男たち。しかし、谷の中間地点に差し掛かったその時。
「うおっ!」
先頭の盾を持った男が、いきなり転んだ。躓いたのではない。何かに足を引っかけられたように不自然な転び方だ。二番手の男が驚いて周囲を見回すが、何も見つからない。もしこの時、彼が足下に注意していれば、ふくらはぎ程度まで伸びた草の間で、蔓が勢いよく動いて消えたところを目撃できたかもしれない。そして、別の蔦が、盾男の手足を地面に縫い付けていることも。
「どうした!何があった」
「落ち着けっ!周囲を警戒しろっ!」
何が起きたのか判らないうちに、今度は前方から発射音が聞こえ、数名がバタバタと倒れた。貴族の護衛が、レーザー、あるいはスタナーを使ったのか?
「
リーダーの男が叫ぶ。しかし、今度は後ろからの攻撃を受けて、また何人かが倒れる。しまった!挟み撃ちかっ!スパイが裏切ったか、襲撃を察知されたか。こうなれば仕方ない。
「固まって進むぞっ!」
リーダーの声に男たちが集まる。が、それは致命的な誤りだった。
「うぉぉぉっ!」
「がはっ!」
「な、なんだっ!」
次の攻撃は、谷の上からだった。何者かが、崖の上から大量の岩を投げつけているのだ。この時になって襲撃者はようやく、自分たちが罠に嵌められたと気付いた。
谷を見上げると、何人もの人影が見えた。そんな馬鹿な!相手はパイロットを入れても六人しかいないはずだ。一体どうなっているんだ!混乱している間も、男の仲間は次々と倒れていく。持ってきた武器は何の役にも立たない。それどころか、使うことさえできない。
「おのれ!」
呪詛の言葉を口にするリーダー。しかし、ふと気が付けば、岩の雨は止んでいた。その代わり、まだ立っていられるのはリーダーを含めて四人しかいなかった。どうすればいい?撤退か?いや、後ろからも攻撃があった。自分たちは挟み撃ちにされている。逃げ場などない。いや、後ろの敵が少なければチャンスはある。それとも、通信機で艦から救援を頼むか。しかし、艦には最低限の人員しか残していない。
それでもリーダーは、この場から切り抜ける方法を考え続けた。しかし、答えはでない。はっと気が付くと、周囲には立っている者がいなかった。部下は、みな地面に倒れ伏している。
「なんで……こんなことに……」
「悪いことはできないってことさ」
呆然と立ち尽くす男の前に、トワ帝国の紋章を付けた強化服を着た男が立っていた。
「うわぁぁぁぁっ!」
リーダーは、持っていたレーザーライフルの台座で、目の前の男に殴りかかる。が、その腕は空中で押さえつけられてしまった。
「峰打ちだから安心して」
その言葉と伴に、見慣れぬ形の剣が振り下ろされる。リーダーは、その残光を目にした直後に意識を失った。テロリストたちの計画は、こうしてあっけなく幕を降ろした。
◇
村の奥に、守り神とされる巨木があった。村人がムシェの樹と呼ぶこの樹は、精神感応能力を持っているらしい。大樹海の中、あちこちに存在する
ラッシュの裏切りが発覚した後、タケルたちはウムブル族の村を出ようと考えていた。彼らを巻き込むわけにはいかないと考えたからだ。しかし、族長ラフネムは、一緒に戦うことを申し出てくれた。調査団の報告では巨大生物の存在は確認できなかったが、ウムブル族によれば森には肉食の凶暴な獣もいるのだという。この村は、そうした外敵から身を守るために作られているのだと、何人来ようが負けないと、族長はタケルに語った。その言葉は、嘘ではなかった。
崖の裏側には、ウムブル族が移動できるトンネルが掘られており、自由に往来できるだけでなく、ところどころに開けた穴から攻撃もできる。また、崖の上には、敵に向けて投げつける石や岩、木材なども用意されていた。谷の前後をふさぎ、油を流し込んで火炙りにする戦法もあったが、今回は人道的配慮により見送られた。
一人の死者も出さなかった戦いを思い出し、タケルは安堵のため息をつく。そして、目の前にあるムシェの樹に、素手でそっと触れてみた。温もりのようなものを感じる。気のせいかも知れないが、熱を持った植物――ウムブルたちはオッフルと呼んだ――があるくらいだから、体温を持っていたり精神を持っていたりする植物があっても不思議じゃない。そういえば、植物にも感情がある、なんて話もどこかで聞いたな。真偽はともかく。
「ガガウバゥ、キャック」
タケルが振り向くと、ラフネムとトトネムが立っていた。ラフネムが手にした棒のようなものをタケルに差し出している。
『ムシェの樹が、おまえに渡せと言っているらしい。ほれ、受け取ってやれ』
タケルはその薄緑色をした木の棒を受け取ると、左手に持って掲げてみた。加工して木刀にできるかな?そんなことを考えた時、木がするすると動いてタケルの左手に巻き付いた。
「……な!」
なんだこれ!と声もなくタケルは驚く。巻き付いた木から敵意は感じない。むしろムシェの樹と同じ温もりを感じる。と、再び木が形を変えた。今度はタケルの手になじむ、木刀の形だ。
「グガウゥバウゥ」
『名を付けてやれ、とさ』
「名前、かぁ」
タケルは左手を軽く振ってみる。軽くてバランスもいい。
「オヴァオァオオガウゥ~ガガウガバウゥナムゥ」
『お前の思うままに姿を変える』
「グワンバババァウルゥ」
『森からの贈り物、だそうだ』
木の棒を少し早く振ってみる。緑色の残像が
「よし、決めた。『緑光丸』、君の名だ」
ひねりがないかな?でも、フィーリングが大事だ、などと考えているタケルだが、なにより彼の壊滅的なネーミングセンスが明らかになったことには気が付いていない。
◇
ウムブル族との共闘により、
ウムブル族の村は、天然の要塞になっているものの、近代兵器の前には無力だろう。彼らのリスクを減らすため、村から離れた場所で救助隊と合流した。合流した三時間後には、ポート・ナリッツに帰ることができた。
トトネムたちとの別れは辛かったが、ドナリエルが構築した翻訳データベースは開拓団のAIにも転送されたので、今後は交流も可能になるだろう。
ウムブル族の村は、天然の要塞になっているものの、近代兵器の前には無力だ。エルマーには、慎重に交流を進めるようお願いした。
「私は恩を忘れない男ですよ」
エルマーは、にこやかに笑って開拓地に戻っていった。
しかし、このまま開拓が進められるかどうかは微妙なところだ。何しろ知的生命体の先住民が存在していたのだ。勝手に開拓することは、星間連合の規約に反する。ただし、今後ウムブル族が帝国との交流を望み、開拓を許可するのであれば別だ。そのための交渉が行われることになるだろう。
一方で、エールスバッハ
タケルたちを襲ったのは、帝国転覆を狙うテロリスト集団だった。要注意リストには名前が載っていたらしいが、情報収集能力も資金もないことから見過ごされてきた。皇女暗殺未遂事件の余波で、取り締まりが厳しくなり、このテロリスト集団も逮捕手続きに移されたばかりなのだという。
パイロットのラッシュは、別の星系に残してきた家族を人質にされて脅され、仕方なく協力したことが判明した。ラッシュの家族は無事保護されたが、ラッシュの罪が消えることはない。タケルにとっては一緒に旅をした仲間なので、情状酌量を願った。クリスも減刑を嘆願してくれるという。
思わぬ騒動となった緑の星での視察は、こうしてひとまず決着がついた。
◇
「今日は私とだ」
タケルがいつものようにトレーニング室に入ると、ガルタが待ち構えていた。前回のような勝負ではなく、純粋にスパーリングの申し込みである。
「いいよ」
タケルも素直に受けた。自分の技量がどれだけ上がっているのかを確かめたい、という気持ちもあったが、他の面子とはやってガルタだけを避けるのも公平ではないと思ったのだ。
「いいか。始めるぞ」
「よし、こい」
この後、二人のスパーリングが月に一度程度の恒例行事となった。
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