47 ウムブル族

「不審な船?」

 エルナは、《ミーバ・ナゴス》の通信担当ノーエンから、映像通信で報告を受けていた。

『はい。《ミーバナベラ》の光学監視装置が、ポート・ナリッツの南東、およそ120キロの位置で発見しました。その後、姿が消えたので、恐らく潜水機能を持つ艦艇であると思われます』


 タケルやクリスたちを乗せた輸送機は、予定の進路上には見つからなかった。その上に謎の船舶が登場。何か陰謀のようなものを予感させずにはいられない。ガルタたちは、エルナに《ミーバ・ナゴス》への避難を強く求めた。しかし、エルナは「ここで待つ」と頑として譲らなかった。しばらく鳴りを潜めていたエルナの悪い癖が再び周辺の、特に警護を任されている者たちの頭を悩ませた。苦肉の策として、《トーミバナベラ》をヘルネ3に降下させ、エルナおよびポート・ナリッツの守りに当たらせることとなった。

 惑星の海面に着水した《トーミバナベラ》へエルナが移ってくれたことで、彼らの不安は少しだけ改善されたのだった。


                ◇


 スライと連絡を取り、タケルたちは合流した。それぞれの電波強度を計測し、三角測量の要領で位置を判別したのだ。その作業中、タケルは敵の通信機を壊さないで略奪し、連絡すれば良かったのではと思いついたが後の祭りである。


「いやぁ、カワイイねぇ」

 タケルの腕の中でボトルから水を飲む動物に、ナルクリスは相好を崩している。最初は余計な荷物が増えたとばかりに不満げだったスライも、愛くるしい動物の姿を見て機嫌が良くなった。カワイイは正義なのである。例外は、パイロットのラッシュだけだ。エルマーも近くに寄ってマジマジと観察しているのに、ラッシュだけはその輪から遠く距離を取っている。動物が苦手な人もいるからね、などとクリスが呟く。

「こぉ~んなに、かわいいのに、ねぇ~」

 クリスに子供が生まれたら、確実に親馬鹿になるだろう。


 合流した一行は、南を目指すことにした。まず、海に出てそこから海沿いにあるポート・ナリッツを目指す作戦だ。先頭は森に慣れているエルマーが、続いて敵から奪ったレーザーライフルを抱えたスライとジャスに挟まれて、ラッシュとクリス。タケルは殿しんがりだ。子犬はまだ歩けないようなので、タケルが抱えるか、クリスが負ぶって歩いた。

 途中の休憩時には、エルマーが見つけた果物を食べた。

「これは、斧でも切り倒せない無闇に固い樹と共生している蔦植物の実です。甘くておいしいですよ」

「よく知っているねぇ」

 クリスが感心すると、エルマーはまじめな顔で、生きるために必要なのでと答えた。開拓団は、原則的に自給自足である。ここでは交換するものもないので、《識章》にポイントが貯まっても意味がない。不足したときに補給する物資は、領主負担となる。そのため、開拓に乗り出すのは裕福な貴族が多い。エールスバッハ侯爵ローアンは、珍しいケースなのだ。


 夜には暖を取るために火をおこし、護衛たちがレーザーで撃ち落とした野鳥を食べた。

「これ美味しいねぇ」

 クリスは本当に貴族らしくない。バウッ!と子犬が賛同の声を上げる。彼にも焼いた鳥を大きな葉っぱに載せてあげた。両手で、上手に押さえつけて食べている。

 二日目に、エルマーが面白い樹を見つけた。植物なのに暖かいのだ。この樹の皮は、剥いでも6時間ほど暖かいので、夜はこれを抱えて眠ることにした。スライとジャスの強化服は、タケルのそれと違いリサイクル機能を持っていないため、着用し続けることは難しいのだ。特に臭いの面で。

 臭いといえば、防臭効果のある草もエルマーが見つけてきた。開拓地でもよく使われている植物で、人肌で温めると臭い消しになるし、柔らかく手触りも良い。主に排泄関係の処理に非常に重宝した。


「そろそろ、この子に名前でも付けてあげないか?」

 クリスがそんな提案をしてきたのは、不時着から六日目、球形をしている時のことだった。怪我をした子犬もだいぶ良くなった様子で、とことこと自力で一行に付いてくるようになっていた。あれから襲撃もなかったので、クリスはこの旅を楽しみ始めたらしい。

「う~ん、名前を付けると情が移っちゃうし、別れが辛くなるかもよ?お前はどう思う?」

 タケルは応えなど期待せず、子犬に問いかけた。子犬はくりくりとした丸い目でタケルたちを見つめ、なにやらムニャムニャと言っている。言葉のようにも聞こえるが。

「なんだか、トゥトニャム?って言ってない?この子」

「まさかぁ」

 そんな会話をしていると、突如、叫び声が聞こえた。エルマーだ。

「どうした!?」

 エルマーの元に全員が集まって、エルマーが指さす森の中を見た。そこには……。

「か、仮面?」

 極彩色に彩られた木彫りの仮面が、樹の陰からこちらを見ている。二人の護衛は、レーザーライフルを構える。

「待て!撃つな!」

 クリスが二人を静止する。なぜなら、その時すでに無数とも思える仮面に囲まれていたからだ。無言の圧力が、周囲を包む。ゴクリ、と誰かの喉がなった。

 謎の仮面軍団は、徐々に樹の陰からその姿を現した。仮面だけでなく、木製の大きな盾や槍も持っている。そして、二本の足で立っている。

「み、人型種族ミバ・ターン……」

 しかし、ヘルネ3には、二足歩行の動物はいないはずだ。いや、現実にここにいるのだから、調査団が見落としたか隠れていたか。

「グワッ、ニャニャッフッ」

 タケルが保護した子犬が、足下をすり抜け、叫び声とともに仮面軍団に飛びかかっていった!あぶないっ!思わずタケルも飛び出そうとしたが、そこで固まってしまった。子犬が飛びかかった人物が、槍を手放し仮面を外して子犬を抱きしめたからだ。

「「え?」」

 これが、タケルと惑星ヘルネ3の住人、ウムブル族との出会いであった。


                ◇


 ウムブル族の村は、自然を上手く利用していた。

 切り立った崖に挟まれた隘路は、人が並んで二人やっと通れるかという程度。その先に拓けた場所は、崖のオーバーハングと巨木に囲まれており、上空からは村が確認できない。村の奥には滝とそれに続く川が流れており、生活用水にも困らない。と同時に浦からは回り込めないようになっているため、外敵の侵入もない。

 タケルたちは、崖に空いた一際大きな洞窟にいた。彼らの目の前には大きな犬――に見えるウムブル族が数名座っている。タケルの足下には、子犬が座っていた。


『息子を助けて貰い感謝する、と言っている』

 ウムブル族の言葉を通訳しているのは、ドナリエルだ。ドナリエルは、数日前から子犬が言葉を発していることに気が付き、語彙を集めていたのだ。

「こちらこそ、巻き込んでしまって申し訳ない」

 タケルの言葉をドナリエルがウムブル語に翻訳する。ガウガウとかバウバウにしか聞こえない。

『一人で遠出したこやつが愚かなのだ、と言っている』

 タケルの前に座る大きなウムブル族が、族長のラフネム。村から離れた場所に一人で冒険し、襲撃者のレーザーにあたったのが族長の息子、トトネムだ。

『こうして争うことなく出会えたのだ、その愚かな行為も許そう、と言っている』

 ウムブル族の言葉はこんなにはっきりと意思を伝えていないが、ドナリエルは自らの想像で補足して喋っている。おおむね間違ってはいないようだ。


 その晩、タケルたちは歓待を受けた。食事の前には久しぶりに湯で身体を洗うこともでき、一行は久々にくつろいだ。

「おお、この酒は上質だ!お前たちも飲め!」

 タケルが飲まないことを知っているクリスは、護衛たちに酒を勧める。しかし、彼らは任務上飲むわけにはいかないので固辞していた。その酒がどうやって造られているのかを知ったからではないだろう。たぶん。


 村の中央で行われている宴会から離れた場所、視線から外れるような崖の陰にラッシュはいた。なにやらごそごそと手元をいじっている。

「何をしているのかな?」

 突然、背後から掛けられた声に、ラッシュは驚いて手に持った機械を落としてしまう。それをすばやく拾い上げたのは、クリスだった。強化服は着ていないが、手にスタンバトンを持っている。

「これは何?」

「……」

 ラッシュは身を固くして答えない。

「……仕方ないな。ドナ爺、走査スキャンの結果は?」

『発信器だな。バースト信号を極々短時間発信するものだ。それから爺と呼ぶな』

「ふん。これで誰に信号を送っていたのか。何のため?」

 ラッシュは、いきなり身を翻し逃げだそうとした。しかし、タケルの反応速度は彼よりも優れていた。スタンバトンでラッシュの太ももを叩く。電撃がラッシュの左足から感覚を奪った。それでもなお、足を引きずるようにして逃げようとするラッシュに、タケルが追撃をかける。今度は右肩をスタンバトンで打たれ、ラッシュは悲鳴を上げてその場に倒れた。

 いつの間にか近くに来ていたスライがラッシュを確保し、持っていたワイヤーで後ろ手に縛った。

「さて、ここは開拓地だ。拷問も少しは許される、よね?」

 タケルは手にしたスタンバトンを手に、ゆっくりとラッシュに近づいていった。

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