46 森林の銃撃戦

「行方不明!」

 悲鳴にも似たエルナの声。

「すぐに捜索の手配を!ミーバ・ナゴスからも探させて!私も出ます!」

「エルナ様、落ち着いてください。領主様の手配により、すでに捜索は始まっています。《ミーバ・ナゴス》にも連絡し、今、人員と物資を惑星こちらに降ろす手配をしています」

 ガルタは、部屋を飛びだそうとするエルナを押しとどめ、なんとか落ち着かせようと苦戦していた。

「酷なようですが、エルナ様が捜索に出られても邪魔なだけです。原因が分からない以上、二次遭難の危険もあります。こちらでお待ちください」

「ガルタ――でも!」

「お気持ちは判ります。しかし、ナルクリス様やあの男が帰ってきた時、エルナ様がいなかったら寂しがるでしょう?」

「――わかったわ」

 ガルタの言葉が詭弁であることは、エルナにも判っている。が、自分が捜索に出ても何の役にも立たないことも判っている。どうすればいいのか、焦燥感ばかり溢れてくる。

「あの馬鹿野郎、エルナ様を悲しませやがって。帰ってきたらぶっ飛ばしてやる」

 ガルタは小さく呟いた。


                ◇


「いやぁ、それにしてもよく助かったねぇ」

 クリスの暢気な言葉が森に響く。こんな時でも、クリスの“空気をスキル”は最大限に発揮されている。緊張感がないにも程があるが、悲壮感を吹き払うには役立っている、と思いたい。


 実際、墜落現場には悲壮感が漂っていた。機体は、火災こそ起きなかったものの原型をとどめぬ残骸に成りはてており、搭載されている通信機も壊れて修復不能。信号弾やコンパスなど緊急時のために用意されたレスキューキットは、使用不能で現在の位置も分からない。この惑星には測位衛星もなければ通信衛星もないため、強化服の位置計測機能や通信機能は意味がない。そもそも強化服の通信装置は近距離用だ。

 不幸中の幸いと言えるのは、乗客・乗員がすべて無事なことと、数日分の飲料と食料、防寒シートなどをまとめたサバイバルキットが人数分回収できたこと、かろうじて、搭載されている地磁気センサーで、大まかな南北の方向だけは分かることだ。


「よいしょっと。こんなもんですかね?」

 開拓団員のエルマーが、森の中から枯れ枝を探してきた。残骸の残り火を移して、たき火をおこした。陽が落ちれば気温も下がる。強化服を着ているタケルや護衛の二人はなんとかなるが、ナルクリスやエルマー、パイロットにはだんが必要だろう。

 パイロットのラッシュも開拓団の一員だが、墜落時にどこか打ったらしく調子が良くない。自力で歩くことはできるが、移動しない方が賢明だろうということで、輸送機の残骸近くでキャンプして救援を待つことにしたのだ。


 森に夜のとばりが降りる。

 たき火の中で、パチパチとはぜる音が聞こえる。時折、残骸がピキピキと音を立てる。金属が冷えて収縮している音だ。不時着してから5時間。飛行ルートも知っているだろうし、墜落寸前まで位置を知らせるトランスポンダーが信号を発信していたはずなので、そろそろ救援隊が来てもおかしくない。

 念のため、タケルと護衛の一人、スライが周囲の警戒にあたっている。その他の者は、それぞれに睡眠を取っている。ちなみにもう一人の護衛、背の低い方はジャスという。護衛はどちらも本名ではなく、コードネームだ。何か意味がある言葉なのだろうか?

 スライとジャスには、《ミーバ・ナゴス》の艦内で何回か会っているので顔は知っているが、その程度だ。したがって、番をしている間も会話はない。


 「!」

 タケルとスライは同時に気が付いた。強化服のセンサーが、動物の動く音を感知したのだ。救援ならまず空からくるだろう。ならば、ヘルネ3に住む野生動物か。タケルは赤外線で音の方向を見た。5~6体、いやもっと多いか?明らかに意思を持ってタケルたちを包囲しようとしている。しかも二足歩行で。動物ではない、人間だ。救援ではない、敵だ。殺そうとしているのか、生け捕りにしようとしているのか、目的は定かではないが、敵意を感じる。

 タケルがスライを見ると、スライは大きく頷いた。同じ意見らしい。音を立てないように全員を起こして荷物をまとめさせる。包囲網が完成する前に、環の外に出たい。

 しかし、こちらの動きが相手に気取られてしまった。動く音を気にせずタケルたちに向かって動き始めた。まずい。スライはパイロットを肩に担ぐと、何者かが迫る方向とは逆に向かって走り出した。ジャスはクリスをフォローしている。

「いくぞ」

 タケルはエルマーの腕を取って、スライの後を追った。しかし、この状況ではすぐに追いつかれてしまうだろう。護衛の二人も同じように考えたらしい。ジャスから通信が入り、タケルとジャスで敵を迎え撃つことにした。エルマーにクリスの面倒を見て貰うことになるが、開拓民なのだから大丈夫だろう。


 四人が獣道を伝って逃げる間、武装の確認をする。ジャスは拳銃に似たレーザー銃と強化服に内蔵されたナイフとスタナー、脚に装着しているスタンバトン。レーザーはカートリッジタイプで5発しか撃てない。護衛任務なので殺傷能力よりも防御を重視しているのだ。

 一方、タケルの強化服は、元々暗殺者フラジの持ち物だったため、ジャスよりも武装は多い。これでも、トワ帝国軍によってかなり減らされているのだが。

 とりあえず、アンカーとワイヤーを使って樹の上に登り、敵の状況を確認するタケル。赤外線にひっかからない敵が存在するかも知れない可能性も考え、音響センサーからの情報と重ね合わせてみる。とりあえず、熱を遮断する工夫をした敵はいないようだ。数は十人。七人が先行し、三人が遅れて付いてくる。動きも遅いことから、補給係か連絡係か。地上のジャスにも同じデータを送る。

「回り込んで後ろの奴から斃す」

 タケルはジャスに短い通信を送り、樹の枝を使って移動を始めた。ジャスが持ち堪えてくれれば、挟み撃ちにできるかも知れない。


 後詰めの男三人は、やはり荷物運びだった。樹の上からスタナーで狙って素早く倒す。荷物の中にあった通信機はすべて破壊。食料はいただいていく。武器もあったので、ライフル銃に似た長射程の光学武器、レーザーライフルを二丁もらい、他はバッテリーだけを抜いて一ヵ所に集める。実弾兵器はなかった。

 斃した運搬係の三人をどうするか。ここで殺しておけば、敵の戦力を削ぐことができるが、無抵抗の人間を殺すことにタケルは抵抗があった。フラジの時とは違う。迷ったが男たちはそのままにして、バッテリーの山をレーザーで打ち抜く。何個かのバッテリーが小さな爆発を起こし、火を噴いた。バッテリーは繊細な機器だから、これでもう使うことはできまい。暴発を怖れないなら別だが。

 しかし、音を立てたのは失敗だったかも知れない。もうジャスは交戦しているはずだ。敵が背後の異変に気が付けば、挟み撃ちの効果は薄れる。考えても仕方がないので、タケルは敵を追いかけて走り出した。


 最初の一発は命中した。敵はくぐもった声で叫び倒れた。しかし、二人目からは上手くいかない。力場フォースフィールドを張った敵が二人前衛になって進み、残りの四人が後からレーザーライフルでジャスを狙ってくる。一、二発ならば何ともないが、数で押されると不利だ。ジャスはレーザーでの攻撃をあきらめ、後退して隠れた。

 相手も森には不慣れのようだ。ジャスの姿を見失った敵は、レーザーを警戒しつつ慎重に進んでいる。前衛の一人がひときわ大きな樹の横を通過しようとしたとき、ジャスは藪から飛び出し敵に襲いかかった。レーザーを防ぐ力場フォースフィールドは、物理攻撃には無力だ。ジャスは敵の背後に廻り首を絞め、敵の男を盾にして後ろの男たちを攻撃した。

 敵は、仲間に当たることを気にせず、レーザーライフルで撃ってきた。力場フォースフィールドにレーザーが当たって激しく光る。

「仲間じゃないのか!」

 ジャスの叫びを無視して、樹を盾にした男たちがジャスを撃つ。力場フォースフィールドが揺らめく。保たないと判断したジャスは、男を突き飛ばし木陰に飛び込む。

「ぎゃぁっ!」

 何条ものレーザーが、前衛だった男の身体を貫く。樹の陰に隠れたジャスは、息を整えつつスタンバトンを手にした。勝てるか?いや、クリス様の警護が私の、私たちの任務だ。少しでも時間を稼がなくては。

 ジャスが果敢に飛び出そうとした瞬間、一番後ろにいた敵が短い叫びと共に倒れた。何事だと動揺する敵に、ジャスのスタンバトンが襲いかかった。あっという間に二人が地に伏した。残る三人も、タケルのスタナーで既に意識を失っていた。

「お待たせしました」

「助かった」


 仲間によって蜂の巣にされた男とジャスが撃ったは助けられなかったが、残りの五人ははまだ息があった。やはり命を奪うことはためらわれたため、ワイヤーで樹に縛り付け、顔の画像撮影と血液サンプルの採取だけにした。ジャスもそれでいいと同意してくれた。恐らく仲間が助けてくれるだろう。タケルたちにしてみれば、追撃の可能性があるということで、早くポート・ナリッツに辿り着かなければならない。

 二人が隠してあったサバイバルキットを回収し、クリスたちを追いかけようとしたとき、再び音響センサーに反応があった。まだ伏兵がいたのか!緊張が走る。タケルたちは慎重に進む。下生えをかき分けて数メートルほどのところで、タケルがそれを見つけた。

 毛玉であった。いや、丸くなっている子犬のような動物だった。良く見ると、下肢に焼け焦げが見える。方向からして、おそらく敵が放ったレーザーの一発が当たったのだろう。致命傷ではなかったようで、息はある。かすかに意識もあるようだ。タケルとジャスを見て低いうなり声を上げている。銃撃されたことによるショック症状か。

 タケルは、その子犬(?)に駆け寄ると、レスキューキットからやけど用の軟膏を取り出し、焼け焦げた下肢に塗りつける。その上から消毒用パッチを貼り、念のために包帯を巻き付ける。後は、軟膏に含まれるナノマシンが仕事をしてくれるだろう。

 治療はしたものの、このまま置いていくのも忍びないので、タケルは連れて行くことにした。小脇に抱えるようにして、タケルは立ち上がり、ジャスと共にクリスたちの後を追った。

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