45 緑の惑星

 ヘルネ星系第三惑星ヘルネ3は、緑の惑星である。

 中央大陸のほとんどが大樹海となっている。ヘルネ星系の発見はおそよ30年ほど前、調査の結果知的生命体が存在しないことから、10年ほど前から開拓が始まっている。しかし、大樹海に阻まれ、開拓は遅々として進んでいない。まだ課税はされていないが、早急に何らかの産業を確立させなければ、惑星開発は頓挫してしまう。そうなれば、太陽ソル系のお隣、リーナス星系のように、わずかな鉱物資源を採取するだけの価値の低い星系になってしまう。

 いかに開拓を進め、入植者を増やすか。星系領主であるエールスバッハ伯爵ヴァルトは頭を悩ませていた。このまま開拓が頓挫すれば、管理はどこかの侯爵ローアンに映され、自分はまた領地を持たない伯爵ヴァルトに戻ることになる。開拓が上手くいけば、侯爵ローアンへの道も開ける。だからこそ、リスクを取ってヘルネ星系の領主となったのだ。だが、今のところ、運命の天秤は悪い方に傾いているようだ。

 そんな時に飛び込んで来たのが、皇女巡行の話だ。皇族に視察してもらい、開拓を後押ししてもらうことができれば。そんな思いから、エールスバッハはあらゆる手を使って、エルナの旅程にヘルネ星系視察を組み込ませることに成功した。

 そもそも、この巡行は、タケルにトワ帝国を知ってもらうという背景があったため、ヘルネ3のような風変わりな世界は何もせずとも選ばれた可能性が高いのだが、エールスバッハはあずかり知らぬことであった。

 ともあれ、いよいよ皇女一行がヘルネ3にやってくる。好印象を与えるべく、手厚く歓待せねばと決意を新たにする領主であった。


                ◇


 宇宙空間から見ても、その星は緑一色だった。緑の大地が、赤道をぐるりとほぼ一周している。

「麻雀なら役満だな」

『意味の分からんことを言うな』

 タケルの呟きにドナリエルが突っ込む。しばらく沈黙を続けていたドナリエルは、ヘルネ3を前にして、口喧くちやかましい元のドナリエルに戻っていた。いや、少し口数が少ないかな?とタケルは感じていたが、それはそれでありがたいのでそのままにした。


 ヘルネ3における開拓の最前線、ポート・ナリッツまでは、随行している《ミーバナベラ》に搭載されている揚陸艇、《ゲッコー》を使う。上陸するのは、タケルやエルナ、クリス、そして護衛を合わせても14名、有事には80名以上搭乗できる揚陸艇では広すぎるが、ヘルネ3には力場フォースフィールドチューブや打ち上げ用カタパルトもないため、自力で往還できる艦艇が必要なのである。

 《ゲッコー》は、ヘルネ3の厚い大気を抜け、ポート・ナリッツ近くに着水した。空気によって加熱された機体が海面に触れると、激しく沸騰し水蒸気を発生させた。海面に走る飛行機雲のようだ。《ゲッコー》は、水流推進器ウォータージェットを使い、防波堤に守られたポート・ナリッツに入った。


「ようこそいらっしゃいました」

 エルナを出迎えに、エールスバッハ伯爵ヴァルト自らが桟橋までやってきた。あくまでも挨拶したのはエルナに対してだけ、クリスを含め同行者には見向きもしない。ある意味判りやすい男だ。ちなみに、彼はヘルネ星系に常駐している訳ではない。知古の貴族を頼って生活して、開拓は開拓団に任せている。

「皆様のご案内をさせていただきます、開拓団長のマルコラでございます」

 鍛えられた身体と焼けた肌。いかにも開拓者という雰囲気を持った中年男性が、一行に向かって深く頭を下げる。

「何もないところですが、順調に進んでいる開拓の様子をご覧いただけるよう、手配しております」

 マルコラの言葉には、少なくとも敵意は感じなかった。開拓の様子を見て欲しいというのは、彼の本音だろう。

「長旅でお疲れでしょう?こちらへどうぞ」

 領主の案内で、エルナたちは建物の中へ入った。


 建物――この惑星で最初に建てられた建物――の中は、意外と大きくて清潔だった。開拓民が生活する場は、ここから奥地に2キロほど入った場所にあり、物資の受け渡しや一時保管などに使われているだけらしい。とはいえ、建物自体はコンクリートのしっかりした造りとなっており、一階にはホールや倉庫、食堂、浴室など、二階は30人ほどが宿泊できる施設、さらに屋上には各種観測機器が設置されヘリポートもある。

 一行は、案内された会議室でしばし休息をとった。この地で採れたという果物と果物から作ったお茶が供された。


 休憩後にこの惑星ほしの現状や今後の計画について簡単なブリーフィングを受ける。要するに、売り込みである。

「開拓は順調に進んでいます。5年後には千人単位の移民を受け入れることができるでしょう」

 開拓団長がスクリーンに投影されたグラフを使って説明している。物資が限られる開拓地ならではの光景だが、技術レベルが地球に近いこともあって、タケルには立体投影ホロプロジェクションよりも身近に感じた。

「大型の動物はいないとおっしゃっていましたが、害のある動物についてはどうですか?」

「今のところ、人に害を与えるような動物は見つかっていません。猿や犬に似た小動物だけですね。農地が拡大すれば獣害も起きるでしょうが、充分に対処可能と考えています」

 帝国にとって、惑星開拓は意義のある投資なのだ。帝国民の中には、都会での生活よりも自然の中での生活を好む者も多いし、自らの手で開拓したいという希望を持つ者も多い。働かなくても最低限の生活ができる環境においては、“生きがい”が必要になるのだなとタケルは思った。現代日本では、ニートを増やすだけかも知れないが。


「それでは、空からこの驚くべき大樹海の様子と開拓の成果をご覧いただきましょう」

エールスバッハ伯爵ヴァルトの案内で、一行はヘリポートに向かった。

 普段は開拓地で輸送に使われているという、2機の回転翼機に分乗する。エルナに用意された機には、エールスバッハとマルコラが同乗するため、タケルはクリスとクリスの護衛2名が乗る回転翼機に同乗することとなった。エルナの護衛という名目でヘルネ3を訪問しているタケルは、強化服と残光丸を装備している。エールスバッハからすれば、歓待相手スポンサーには見えないことから、このような対応になるのだろう。それをいったら、貴族であるナルクリスの扱いも酷いのだが、本人はまったく気にしていない。というか、あまり関心がないようだった。ガルダント星系に同じような惑星があれば、別なのだろうが。


 回転翼機は、轟音を立てて飛び立った。本来、輸送目的に使われている機体だけあって快適とはいかないが、座席やモニターなど搭乗者をもてなす気配りはされていた。

 タケルとクリスの乗った機には、ガイドとして開拓団の一人が乗り込んでいた。まだ若く小柄だが、開拓で培われた引き締まった身体をしている。

「もうすぐ、右側の窓から開拓地が見えて来るはずです」

 エルマーと名乗った若者が右舷の窓を指した。緑の中に引かれた一本の線、その先に樹木が切り拓かれた場所があった。上空から見た開拓地は、タケルの想像よりも広かった。東京ドーム何個分なんだろう?と考えてしまうのは、日本人のさがか。それでも、全体から見ればほんのわずか、今にも樹海に飲み込まれそうにも見える。


 2機は、並んで北を目指す。

「あそこに見える大きな湖から、用水路を作って水を引いています」

 飲料用水は、井戸水を濾過して使っているが、灌漑用には湖の水をそのまま使っているのだと、エルマーが説明してくれた。

 湖の上を通過する頃、前方に山脈が見えた。ここで二手に分かれ、エルナたちの乗った機は東へ、タケルたちを載せた機は西に向かう。どちらに行っても、延々と緑の絨毯が続くだけなので変わりませんよ、とエルマーが自嘲気味に笑う。確かにその通りだった。


 1時間ほど経って、そろそろ帰路につこうかという頃、それは起こった。いきなり機体がガクンと揺れたかと思うと、機体のコントロールを失い降下を始めた。オートローテーションが働いているため墜落はしないが、乗客は何かに捕まることで精一杯だ。

 強化服を着ているタケルは、他の乗客よりましだ。ドナリエルが緊急事態を察知し、背中に跳ね上げていたヘルメットを装着させる。タケルはクリスが護衛たちに守られていることを確認すると、エルマーを引き寄せて座席に固定した。窓の外を見ると、グングン緑の大地が迫ってくる。そして、激突――

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