42 ドナリエルのつくり方
そうだね、まずAIがどのように作られるのか、という辺りから話を始めようか。まぁ、いろいろなやり方があるのだけれどね、ざっくり言うと「トップダウン型」と「ボトムアップ型」の二つがある。
トップダウン型は、簡単に言えば学習させて知識を増やしていく方法、入力が多ければ多いほど、出力、つまり反応も多くなる。学習させるのに時間が掛かるけどね。
もうひとつのボトムアップ型とは、知性体の脳をシミュレーションして作り上げることだ。こっちは元の入力が少なくても、出力が望めるが、そもそも脳のシミュレーションが困難だ。そして、どちらの方法にしても欠点、というか課題がある。
どんなに優れているように見えるAIであっても、制作者が想定した
で、私はどのようにドナリエルを
エルナ殿下も聞いたことがあるでしょう?ある騎士の存在がエルナの為にならないと、騎士団の人事にまで介入するようになったんだよ。それが判った時、帝国騎士団から文句が来たけどね、私はそんなことをするようには設計していない。まさに、“エルナ皇女を護る”ためにドナリエルは自分で考えて新しいことを始めたのさ。ドナリエルは私の想像を超えた“知性”を獲得したんだ。ドナリエルが他のAIと一線を画すのはこの点だ。
しかし、《始祖の遺産》を参考にしたテンプレートから作られたAIが、みな、ドナリエルのように知性を獲得したわけじゃない。ドナリエルと同様に知性と呼べるような創造性を発揮したAIは、銀河全体を見てもまだ数えるほどしかないんだ。知性を獲得したAIという、その重要性から鑑みて、タケル君の身体をバラバラにすることに私はためらったりしない。
ではなぜそうしないのかといえば、タケル君と接触したことで、ドナリエルが新たな能力に目覚めたと考えられるからさ。
まだすべてを解析した訳ではないけれど、ドナリエルの中に奇妙なアルゴリズムが生まれているようなんだ。確実ではないが……未来予知とか未来予測とか、そんな能力だと思う。いや、短期間的な予知ではなくて、十年単位、百年単位の将来を見る能力。もちろん、こんな能力生まれるはずがない。本人にも自覚、自覚はおかしいか……本人の知らない判断基準、ってとこかな。
この機能は、フレーム問題とはベクトルが違う問題だと思う。確かに、ドナリエル意外のAIであっても、学習することで未来予測は可能なのだよ。ただし、それは幾通りもの予測される未来の中から、可能性の高いものを選ぶというもの。しかし、ドナリエルの未来予知は、自分の行動によって未来を作る能力と言った方が正しいかも知れない。卵が先か、鶏が先か――だね。
◇
「つまり、教授はタケルがドナリエルを進化させている、というのですね」
賢人ドーアの冷静な声が、妄想空想の世界に入りかけたミーパルナを現実に引き戻した。
「新しい能力の獲得を進化と呼ぶなら、ね」
ミーパルナは、賢人ドーアに身体を向けて肩をすくめて見せる。トワ帝国でも、地球と同様の意味を持つボディランゲージだ。肩を持たない(それどころか、関節すらない)
「タケルの何が、ドナリエルを進化させていると?」
「賢人ドーア。それはこちらが聞きたいよ。
AI分野で輝かしい成果を残しているミーパルナであっても、簡単に
「あれも関係しているのかな?」
クリスがエルナに耳打ちをする。クリスの言葉が指しているのは、タケルの左手にある二つ目の《識章》のことだ。クリスの意見に頷いて賛成する。
「教授に話してもいいと思うかい?」
クリスの言葉にエルナは悩んだ。《識章》に関係する問題は、帝国における支配システムの根幹を揺るがすものであるため、情報を渡しても良い人間は限定しなければならないと、エルナは父、バンダーン皇帝に釘をさされている。しかし、ミーパルナ教授はドナリエルの
「教授、一つ思い当たる件があります」
エルナはミーパルナに向き直ると、タケルの左手にできた《識章》について語った。エルナの話を聞いたミーパルナは、タケルに近寄ると生身の手でタケルの左手を持ち上げた。
「手袋を外してもらえるかな?」
エルナがタケルの視線に頷くと、タケルは左手の手袋を取り外した。左手の甲に輝く《識章》が現れた。
「ふむ。確かに《識章》に見えるね。なるほど、二つ目の《識章》か……機能はするの?」
「いいえ。今のところは何の反応もありません」
「ふむ」
教授は大きく息をつくと、タケルの左手を様々な角度から観察する。その間、タケルは為されるがままだ。ひとしきり《識章》を調べたミーパルナは、結論を出す。
「これは専門家に聞く必要があるね。《始祖の遺産》の専門家に」
◇
「なんだか、移動してばかりだね」
クリスが愚痴を漏らすのも不思議はない。ミーパルナを加えた一行は、再びチューブ・カプセルに乗って移動することになったのだ。なお、部屋を出る前に、ドナリエルは再起動している。にも関わらず、余り会話に参加してこないドナリエルに、タケルは少し不安を覚えた。
「すぐだよ、すぐ」
クリスの愚痴に対してそう答えたのは、専門家のところまで案内を買って出たミーパルナ教授だった。
「そうおっしゃいますが、300キロも離れているのでしょう?」
「1時間ほどかな?まぁ、
タケルは頭のなかで、日本地図を思い浮かべてみた。東京~仙台よりちょっと短いくらいか?結構な距離だ。それを言ったら、地球からここまで何万光年も離れているのだけれど。
チューブの中を走るカプセルは意外に快適で、飲み物や食べ物も用意されている。慣性を人工重力が打ち消しているため、カプセル内は1Gが保たれている。ただし、進行方向に対して横向き、つまり天井を前にして走っている。ほぼすべての場所が無重量状態の軌道リングにあって、重力になれた生命体にとって気が休まる環境と言えるだろう。一方、ミーパルナ教授は4つの華奢な脚を使って立っているが、あまり動こうとしない。面倒なのだ、重力下での動作が。
カプセルが、農業ブロックに差し掛かると、周囲の様子が見えるようになった。このブロックは、水耕栽培プラントの他に家畜も育てているという。また、下層はリサイクル施設になっており、水や空気などのリサイクルを行っている。
ミーパルナのいた研究所を含むブロックや農業ブロックのほかに、エネルギーの制御を行うためのブロック、娯楽のためのブロックなどが存在し、それらが組み合わさって一つの大きなリングを形成しているのだ。
それを聞いたタケルは、素朴な疑問をミーパルナにぶつけてみた。
「リングはバラバラになったりしないんですか?」
「はん?むしろバラバラになるようになっているのさ」
「え?!」
「万が一の場合は、リングがバラバラになって宇宙に散らばるように作られているんだ。万が一にも落下して、惑星ドーンナに被害を与えることのないようにね。バラバラになっても、ブロック一つ一つが宇宙船のようなものだから安心したまえ。あぁ、このカプセルも救命艇の機能を持っているんだよ」
タケルの軌道リングに対する印象は、あながち間違ってはいなかったのだ。
ミーパルナの言葉通り、会話を楽しんでいるうちにカプセルは停止した。《始祖》研究の第一人者、マケッタ博士の研究室はすぐそこだ。
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