41 学術星系

 6つの星系を越えて学術星系オーウェルト=ドーンに辿り着くまで、およそ一ヶ月掛かってしまった。途中で補給の必要性があったことも理由のひとつだが、皇女の努めとして星系の代表に表敬訪問を行っていたからだ。それぞれの星系には、バンダーン皇帝からの親書がエルナから手渡された。内容は、帝国内の情勢についてと、皇女暗殺未遂事件についてだ。親書では、事件の内容すべてを明らかにしているわけではないが、まだ協力者が存在する可能性を示唆しており、緊張感を持って警戒することを促していた。

 同時に、《ミーバ・ナゴス》の随伴艦の一隻、《ミーバナベラ》は情報収集に余念がない。帝国の諜報機関は、ギナックたちに協力した貴族が他にいると仮定して、立ち寄る星系の貴族たちを洗い直していたのだ。もちろん、調査任務は秘密裏に行われており、エルナにもタケルにもその任務内容は伝えられていなかった。


                ◇


 ようやく学術星系に到着した時、《ミーバ・ナゴス》の艦橋にあるディスプレイには、オーウェルト=ドーンの様子が映し出されていた。それは、奇妙な光景だった。星系の中心で、二つの恒星がダンスを踊っていたのだ。比較的大きな恒星がオーウェルト、もう一つの小さな恒星がドーンだ。二つの恒星は、共通重心が恒星の外側にあるため、互いが互いを振り回しているように動いている。惑星の軌道も円(あるいは楕円)ではなく、二つの恒星による重力によって複雑なものになっている。その対価という訳でもないのだろうが、オーウェルト=ドーン星系の生存可能領域ハビタブルゾーンは広く、四つの惑星が居住可能となっている。環境改変操作なしに四つもの居住惑星を得られるとなれば、その価値は計り知れない。三千年ほど前、この星系が発見されると当時のトワ帝国は、すぐに統合しようと考えた。すでに第四惑星ドーンナに文明が築かれていたにもかかわらず。しかし、帝国による武力侵攻は成功しなかった。ドーンナ文明は、《始祖の遺産》を使いこなしていたのである。それ以来、帝国領内にあって独自の地位を確立している。こうした経緯から、トワ帝国内においてオーウェルト=ドーンは、一種の黒歴史であり大切な教訓であると考えられている。

 そうした背景もあってか、現在、この星系の防衛は星間連合が担っている。たとえ、トワ帝国所属のふねであっても、オーウェルト=ドーン到着後に臨検を受け、武装には封印が成されるのだ。


 《ミーバ・ナゴス》と随伴艦は臨検を受けた後、星系の中心であるドーンナを目指した。しかし、星系内で使用されるスリングショット航法は、二重連星のような重力変化が激しい星系ばしょでは極めて制御が難しい。故に、ドーンナ付近に直接ジャンプするのではなく、一旦、黄道面から離れた場所にジャンプし、そこから通常エンジンでドーンナに向かうこととなり、到着までに5日間の空き時間が生まれた。


「ここに来て、また時間が掛かるのか……」

『旅行をしていれば、このくらいの待ち時間は当たり前だ。簡単に別の惑星へ行けると思う方がおかしいのだ』

 ドナリエルに指摘されて、これまでの旅を振り返ったタケルは、そういえばやたらと時間が掛かる時があったと思い出す。そうした時には、大抵エルナやクリスが娯楽に誘ってくれたので、あまり気にならなかったのだ。

「じゃぁ、時間があるうちに、やれることはやっておこうか」

 ということで、タケルはテオール先生の診断を受け、その後、情報収集を行うこととした。今回、優先順位一番の訪問先は、ドナリエルの生みの親であるイルミナテス・ミーパルナ・R博士だ。タケル自身は、ドナリエルとの分離が出来ても出来なくても構わないと考えていたが、カーズタニアの治療法、そのヒントでも掴めればいいと思うようになっていた。それについて、ドナリエルは、

『あまり期待せぬほうがよい』と言う。

『そもそも医療に利用できる《始祖の遺産》はまれだ。そのため、医療系技術は星系内で完結することが多い。伝染病など特殊な例を除いて、他の星系にまで医療の知識を広めることはないのだ』と。

 もちろん、学術星系にも医療に特化した研究機関、教育機関は存在するが、一星系の、それも極めて希な難病の研究を行うことはないのだ。

「それでいいのかなぁ」

 タケルは思う。地球でも、医療に関しては国家やイデオロギーを越えて協力し、難病を克服しようと努力するのに、《始祖の遺産》がないからといって自分たちで努力しないのは、違うんじゃないのか。タケルには不思議でならなかった。むしろ、《遺産》に依存しているようにも思えたのだった。


 惑星ドーンナが近づいてくると、その様子が《ミーバ・ナゴス》の観測室からも見えるようになった。その直径はおよそ6,500キロメートル、太陽系火星よりも小さい。そして、惑星には環があった。土星のような自然に出来た環ではない、人工の環――軌道リングだ。ドーンナの赤道をぐるりと囲むリングは、惑星そのものに比べれば薄くはかないものだが、太陽の光を反射してぎらりと鈍く輝いて存在感を示していた。

「ミーパルナ博士は、あのリングにいるんだってぇ」

 タケルやエルナと並んで、近づいているドーンナを見ていたテオールが、相変わらずの口調で教える。「ほら、役に立つでしょ?」という顔で。

「そもそも、惑星ドーンナの地表には、限られた者しか降りることはできませんよ」

 賢人ドーアの突っ込みが入る。

「し、知ってますよぅ、知識の泉フローマインがあるからでしょう?」

 ドーンナ人は、その力の源である知識の泉フローマインの所在を頑なに秘匿していた。それは、星系連合がオーウェルト=ドーン星系を庇護している現在でも変わらない。おそらく惑星ドーンナのどこかにあると考えられているが、二連恒星の重力均衡点ラグランジュ・ポイントに隠されているのではないかと言う研究者もいる。

「そういいえば、マケッタ教授の講演にも出てきたね、知識の泉フローマイン。それって、何?」

「《始祖》の知識を与える《遺産》、と言われているわ。トワ帝国ご先祖様の侵攻を防いだのも知識の泉フローマインだという話よ」

 タケルの疑問に答えるエルナだが、祖先の悪行を自ら口にすることは複雑だと、表情が訴えていた。

『それも噂……しかしながら賢人ドーア殿であれば、その真実をご存じなのでは?』

 その場にいた全員の視線が、賢人ドーアの保護筒プロテクション・ボッドに注がれる。かつて、学術星系の管理運営にも関わり、“賢人”の称号を与えられるほど敬意を払われた人物であれば、何か知っているはずだ。しかし、賢人ドーアはしばし無言を貫いた。そして、小さな声で「知るべき者であれば、やがて知ることができるでしょう」とだけ呟いた。


                ◇


 軌道リングにはいくつかの利点があるが、その一つは、艦艇を係留しやすいことだ。リングに近づく《ミーバ・ナゴス》からも、リング表面に接舷している様々なタイプの艦艇が見えた。帝国様式以外の船も多い。《ミーバ・ナゴス》がリングとの相対速度をゼロにすると、リング表面の一部が船体に向かって伸びる。途中で《ミーバ・ナゴス》側のエアロックに合わせ形状が変化したそれは、船体とリングをがっちりと接続した。スマートメタルエナー製のボーディングブリッジだ。

 タケルたちは、ボーディングブリッジを通過してリング内部へと入った。ボーディングブリッジのすぐ外には、入出管理ゲートが設置されている。しかし、《ゲート》通過時に臨検を受けているので、ここでの入国チェックは簡単なものだ。


 リングは安定性を維持するために回転しているが、その速度は非常に小さい。体感できるほどの遠心力は発生していないため、リング内部は無重量状態だ。タケルが無重量状態に苦戦するなか、もっともスムーズに移動しているのは、保護筒プロテクション・ボッドに入った賢人ドーアだ。スラスタを器用に噴射して、通路内を軽やかに進んでいく。

『小僧、お前はもう少し訓練しなければならんな』

 小馬鹿にしたドナリエルの声が耳元で聞こえる。やっぱり早急に分離しなければ、と心変わりするタケルだった。


 タケルがこれまで見てきた軌道上のステーションとは異なり、リング内の通路は最大でも縦横5メートルと意外に狭いものだった。《ミーバ・ナゴス》の通路を大きくしたような印象だ。壁と天井には、移動用のベルトが設置されている。ベルトに手を添えると、一定方向に向かって移動できる。長距離の移動は、チューブ・カプセルを使う。縦横無尽に張り巡らされた真空チューブの中を、乗客を乗せたカプセルが走るのだ。

 一行は、ほどなくミーパルナ博士の研究室に着いた。すでにアポイントは取ってある。何の変哲もない扉から中に入ると、さらに小さな通路が続き、壁には複数の扉が並んで居た。ますます宇宙船に似ているとタケルは思った。

 賢人ドーアが通路の途中にある扉の前で立ち止まり、扉横の柱に自在腕フレキシブル・アームで触れると扉が開いた。部屋の中は、様々な花が咲き乱れていた。そして、その中央には。


「──ロボット?」


「失礼だな、君は」

 ロボットに見えたそれは、ロボットに非ず。だが、白銀の身体、細い関節、そしてなにより、四本の脚。

「まぁ、初見でロボットに見間違えるのは仕方ないとは思うけどねぇ」

 声の主は、この部屋のあるじであるイルミナテス・ミーパルナ・Rだった。彼女はロボットではなく、サイボーグだ。頭と右腕は、生身の身体そのままだ。


「す、すいません……」

 タケルの謝罪を受けて、彼女ミーパルナは構わんよと生身の右手を振った。

「浮いたままでは、落ち着かんだろう?そこのシートに腰かけてくれたまえ」

 部屋には一段、丸くへこんだ部分があり、そこを囲むように布製のシートが用意されていた。一同がシートに腰を近づけると、軽い重力を感じた。人工重力によってシートに固定されるため、フワフワと浮き上がることはない。

「さて、話の概要は把握しているつもりだけど……君がタケル君、でいいんだよね?」

 シートに座った一同をぐるりと見渡し、ミーパルナはピタリとタケルに視線を固定した。

「はい」

 ペコリと頭を下げるタケル。

「なにしろ、こちらも初めての事例なのでね、少し調べたいのだが、これを《識章》に付けてくれないか?」

 彼女はタケルに、なにやらごちゃごちゃとした機械を手渡しながら、説明する。

「あぁ、安心したまえ、単なる光通信用のデバイスだよ。《識章》のインターフェースを利用して、ドナリエルの解析をしようと思ってね。――身体に探査針プローブを刺されるよりいいだろ?」

 悪人のように笑うミーパルナ。その胡散臭げな雰囲気に引き攣った笑いを見せながらも、タケルは指示に従い渡された機械に《識章》を嵌め込んだ。それを確認したミーパルナは、両手を空中に伸ばし動かす。視線もグリグリと動いていることから、何か操作をしているのだろう。

「ふむ……よし、ここを……ん、これでどうだ?よしよし。ドナリエル、解析モード『磁極反転に備えよ』、レベル3」

創造主メイカーの命令を受諾、解析モードに移行』

 ミーパルナが口にしたキーワードにより、ドナリエルがデバッグを受け入れると、彼女の眼球はますます激しく動いた。そして、ぱたっと止まる。

「ドナリエル、創造主メイカーが命ずる、『停止グレタルーブ』」

「受諾……」


「なぜ、ドナを停止させるのですか?」

 少し動揺したエルナの問いに、ミーパルナは

「ドナリエルには、聞かせたくない話をしなくちゃいけないからだよ、姫様」

と答えた。そして、皆が座るシートの側まで降りてくると、近くにあったバーを二本の足で身体を固定した。

「結論から言えば……ドナリエルとタケル君を分離する方法が、ないわけじゃないがやりたくない」

「やらないって……それは、どういう意味ですか?!」

「エルナ、落ち着いて」

 タケルとクリスがエルナを落ちつかせる。

「分離する方法があるってぇ、どうやるんですかぁ?」

 医学的・医療的な見地から、分離は困難と判断したテオールにとっては当たり前の疑問だろう。その疑問に、ミーパルナは軽い口調で答える。

「なに、簡単なことさ。バラバラにすればいい。解剖して生体部分とスマートメタルエナーを分ければいいのさ」

「!」

「そんなことしたら、タケルさんが死んじゃいます!」

 エルナの抗議にも、ミーパルナは怯まない。

「死なないさ。私みたいな機械の身体になればいい。生身と違ってみすぼらしく老いることはないよ」

 ミーパルナの視線は、テオールに向けられていた。テオールも負けない。

「“美しく老いる”ことができない人ほど、そうやって逃げるんですよぅいやですねぇぇ」

「は?逃げてねーし、便利だからこうなったし」

 ふたりの視線が絡み合い、バチバチ火花を上げているようだとタケルは思った。とにかく、この場をなんとかしないと。

「えーと、いつの間に“しない”話が“すること前提”の話になっているのかな?ちょっと落ち着こうよ、ね?」

 場を読まない男、ナルクリスが珍しく雰囲気を読み取った。

「つまり、技術的には可能だが、何らかの理由で行いたくないと、そうおっしゃるのですね?教授。可能であれば、その理由をお聞かせいただけませんか?」

「おお、賢人ドーア殿。相変わらず冷静沈着だ。……うん、そうだね、私が分離を行いたくない理由は――ドナリエルがしているからだよ」

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