星系巡行ノ章

40 ガルダント星系の出会い

 トワからセト・トワへ、そしてセト・トワから《ゲート》を抜けるとガルダント星系だ。

 星系内の惑星は12、そのうち居住惑星は一つだが、4つの惑星が開拓され資源を産出している。星系唯一の居住惑星であるガルダント第三惑星、エンデは、表面の約60%が海で、宇宙から見た姿は地球によく似ている。

《ミーバ・ナゴス》とその随伴艦は、エンデ軌道上に停泊し、タケルとエルナ、ガルタ、テオール、その他数名の護衛は、力場フォースフィールドチューブを使って連絡艇シャトルで地上へ降りた。今回、賢人ドーアは《ミーバ・ナゴス》で思索に耽っている。


 連絡艇シャトルが降下したエンデの都市、グレーダー市の郊外にある《偉大なる《デーラ》グレード》宇宙港には、ナルクリスが自ら迎えに来ていた。

「エンデにようこそ!」

 クリスは相変わらずのようで、タケルも安心した。一方、エルナはクリスの背後にずらっと並んでいる一団を見て、少し憂鬱そうだ。出迎え人数は、派手なことが嫌いなエルナのために最小限と言えるものだったが、グレーダー市の市長以下、行政関係者の重鎮が顔を並べていた。この機会に王家へ顔を売っておこうという考えがありありと見て取れる。クリスも断り切れなかったらしい。

「その代わり、王宮へのパレードは止めさせたから」

 パレードなんてやったら、エルナがその場で帰りかねないので止めて欲しい。


 政治家たちの挨拶が嵐のように過ぎ去った後、クリスが用意した三台の車に分乗して移動することになった。ガルタを初めとする護衛が乗った車に挟まれた真ん中の車に、タケルとエルナ、クリス、テオール先生が乗っている。車内は広く、客室は対面シートになっていた。前方シートにクリスが座り、後方のシートにタケル、エルナ、テオールの順で座った。乗り込むとすぐに、テオール先生は車内にあった酒に手を伸ばし、手酌で飲み始めた。

「医者が昼間っから酒ですか」

 タケルの非難に、テオールはニカッと微笑み、「適度なアルコール摂取は、身体にもいいんですよぅ」とタケルの言葉を躱した。アルコールを飲まないタケルは、すべての酒飲みが嫌いというわけではない。酔っ払いが嫌いなだけだ。テオールが一人で楽しく(他人に迷惑を掛けず)飲んでいるぶんには、こちらから何か言うこともないだろう。タケルは、やれやれと車外に目を向ける。


 車窓に映るグレーダー市には、様々な色形の高層ビルが立ち並んでいる。王宮以外には高い建物がなかったエングルトワに比べると、なんだか地球の雰囲気に似ている。地球のどこの都市か?と問われれば答えに詰まってしまうが、なんとなく雰囲気が似ているのだ。その景色を眺めているだけで、タケルの心は癒されていく。自覚はなかったが、多少ホームシックになっていたのかもしれない。

 走り続ける車列がビル群を抜けると、石造りの街並みが続く区画へと入っていった。クリスの説明によると、ここは景観保護区らしい。200年ほど前の景観がそのまま残っている。どこか、中世ヨーロッパを思わせる風景だった。

 やがて、街並みの向こう、聳え立つ山脈の中腹に、これも中世ヨーロッパ風の城が見えてきた。地球と異なるのは、その規模である。山の中腹から麓にかけて、いく層もの城壁が重なっている。その城壁は横にも長く広がっている。まるで、眼下の街を城壁で守っているかのようだ。

「この城も、街と同じくらい古いんだよ。当時は難攻不落の要塞都市と呼ばれていたらしいよ」

 麓から王宮へと繋がるな坂道を登る車の中から、聳え立つ城壁を指さしてクリスが説明する。

「ガルダントが帝国に組み込まれた時に、観光地だったここを王宮にしたんだ。見た目は古いけど、中身はしっかり改築して快適だよ」

 やがて車列は巨大な門に吸い込まれ、広々とした場所にでた。つづら折りの坂の向こうに別の城壁が見える。昔はここにも街があり、人が生活していたという。つまり、巨大な王宮は、城塞都市だったのだ。


                ◇


 三つ目の城壁を抜けたところで車が停まった。タケルが降りようとドアノブに手を掛けたが、その手をエルナがそっと抑えた。前後の車から降りた護衛たちが、タケルたちの乗った車を囲むと、一人の護衛が恭しく車のドアを開けた。傅かれることに慣れないタケルは、どうにもむずかゆさを覚えるのだが、エルナはこれも王家の努め、信頼し任せることも重要だとタケルに説いた。

 一同が降車すると、建物の前で待っていた制服姿の男女が近づいて来た。ジャンプスーツに軽鎧ライトアーマー、王宮の警備だという。タケルたちは、護衛の混成チームに守られながら、王宮の中へと進んだ。これから、ガルダント星系領主、つまりナルクリスの父親に会うことになっている。

「私は別件があるのでぇ」

 回廊の途中で、テオール先生が別行動を取ると言って列を離れた。数人の警護が付いていく。タケルは何の用事があるのか判らなかったが、エルナやクリスは知っているようだった。ここでドナリエルに聞くことでもないだろうと、タケルは歩みを進めた。

 タケルとエルナが案内されたのは、広い庭に面した明るいテラスだった。テラスにはティーセットが置かれた丸いテーブルと数脚の椅子が置かれ、男性と女性の二人組が座っていた。

「叔父様、叔母様。お久しぶりです」

「おお!エルナ、元気そうで何よりだ」

 エルナは二人に声を掛けると、近寄って軽く抱擁した。男性はガルダント星系領主、オルスタット・グレード侯爵ローアン、女性はその妻のエーリカ・グレード公爵夫人カナローアンである。エーリカは、エルナの母、イリーナ・サルエ・トワ皇后の妹でもある。


 エルナがタケルを紹介し、タケル、エルナ、クリスが席に着くと、女性の使用人がタケルたちにお茶とエンデ特産の果物を運んできた。時間は昼前だが、エンデには昼食の習慣はなく、お茶と軽食で過ごすことが一般的だ。

「もっとゆっくりしていけばいいのに」

「今回は、ナルクリスを拾いに来ただけですから」

 残念がるエーリカ夫人にエルナが笑って答える。

「今度はゆっくりと遊びに来るといい。その時には、タケル君にエルナが子供の頃に起こした数々の伝説を話してあげよう」

「叔父様、ひどい!タケル、本気にしないでね?」

 帝国主星系から近かったこともあり、エルナとナルクリスは子供の頃からよく一緒に過ごしたという。もちろん、ここ《エンデ》でも長い時間を過ごした。

「伝説……はともかく、エルナがどんな子供だったのかは聞いてみたいですね」

「はっはっは!もちろんだよ、写真も動画もたくさんあるからね」

「もー!!」

 打ち解けた家族の会話の中で、さっきまでテンションが高かったクリスだけが、笑いの輪に加わっていなかった。それに気が付き、タケルはクリスに心配げな視線を送る。クリスは、意を決したようにゆっくりと口を開いた。

「父上、あまり時間は取れません。兄様のことをタケルにお話ください」

「……うむ、そうであった」

オルスタット侯爵ローアンは、タケルに向き直ると真剣な眼差しで見つめた。

「タケル君、そしてドナリエル。二人にお願いがある」


                ◇


 白い部屋だった。窓は無いが大きなスクリーンがいくつも並び、様々な風景を映し出していた。部屋の中には大きなベッドが置かれ、そこには一人の若者が横になっている。

「はじめまして。君がタケル君だね?ナルクリスの兄、カーズタニアだ」

 ベッドに横たわる青年の声は、か細く弱々しいものであった。

「……状態は変わっていませんわ。悪くなる兆しもありませんしぃ」

 ベッドサイドに座ったテオール先生が、端末の表示を見ながらオルスタット侯爵ローアンに報告した。この部屋には、ベッドに伏せたカーズタニアとその父オルスタット、そしてテオールとタケルの四人だけだった。

「すまない。こんな格好で」

 カーズタニアは、笑いながらタケルに話しかけた。

「いや、お気になさらず」


 オルスタット侯爵ローアンのタケルへのお願いとは、カーズタニアに会うことだった。彼は幼少の頃から原因不明の病に冒されていた。銀河文明の進んだ科学でも、治療法が見つかっていない難病だ。今は、体内に注入されたナノマシンの活動により、なんとか小康状態を保っている。遺伝子治療は、それに耐えうるだけの体力が、カーズタニアには残されていないと判断されている。オルスタット夫妻も手を尽くしたが、未だに状況を改善する方法は見つかっていなかった。

「こんなことを言うと酷いと思われるかもしれないが、ナルクリスから君たちのことを聞いたときに、この子カーズタニアの治療に使えるのではと思いついてしまったのだよ」

 息子を愛おしげに見つめながら、この星系の領主が呟く。藁をも掴む想いなのだろう、父としての必死さをタケルも理解できた。

オルスタットが言っているのは、タケルがドナリエルを取り込んだことだ。今、カーズタニアの体内にあるナノマシンは、単純な作業しかできない。しかし、カーズタニアの病気は、進行に合わせて病状を変化させていくというもの。その変化に対し、ナノマシンは対処しきれない。今は、外部にある医療用AIによって制御することでなんとかなっているが、将来も上手くいくとは限らない。ならば、タケルとドナリエルのようにAIを身体の中に取り込んでしまう方法はどうか。そうすれば、変化に対する処置も瞬時に行えるし、身体のあらゆる情報を蓄積することで治療法への突破口が見つかるかも知れない。そう考えるのは当然だろう。

 オルスタット夫妻は、イリーナ皇后を通じてバンダーン皇帝に情報の提供を求めた。だが、ドナリエルの情報は、簡単に渡せるものではない。その情報を解析され、ドナリエルが害される、あるいは制御を失ったドナリエルによってエルナが害される可能性も否定できないからだ。しかし、一方でカーズタニアは親戚であり生まれたときから知っている子だ。救う方法があるなら救いたい。また、ガルダント星系の安定統治という面からも、カーズタニアには爽健でいて欲しいと皇帝は考えた。

 そして皇帝はある条件の下でのみ、情報開示を許可した。第一の条件が、治療はテオール・ベルトラング伯爵ヴァルトが主導するエングルトアの医療チームが行うこと、第二の条件がタケルとドナリエルの同意を得ることだった。

「今回、騙し討ちのようになってしまったことは、心から謝罪する。だが、タケル君にはこの子の状態をその目で見て貰いたかったのだよ」


『オルスタット卿、あなた方の苦悩は以前から存じております。姫様も心を痛めておいででした。私に協力できることであれば、どんなことでもお力になります。もちろん、情報開示についても同意します』

 ドナリエルの行動原理は、ひたすらエルナのため。カーズタニアの状況は、エルナにとって望ましいものではないのだから、彼を回復させることはエルナの幸福に繋がる。複雑に見えて、ドナリエルは非常に単純なのだと言える。一方、タケルもしばらく考えたのち、情報の開示に同意した。

「……私も情報の開示には同意します。その前に、彼と二人きりで話をさせていただけませんか?」

 タケルの申し出にオルスタットは頷き、部屋を後にした。テオール先生は、カーズタニアの上半身を起こすようにベッドの角度を変えてから、やはり部屋を出て行った。タケルは、ベッドサイドの椅子に腰掛け、はかなげなカーズタニアの顔を見つめた。先に口を開いたのは、カーズタニアだ。


「――カーズと。親しい者は、皆そう呼ぶ」

「では、ボクのこともタケルと」

「あぁ、そうさせてもらうよ、タケル。こんなやっかい事に巻き込んですまないと思う」

 タケルは首を左右に振りながら、「友達の願いですから」と軽く答える。

「そうか――ナルクリスには迷惑ばかり掛けてしまうな」

 カーズが、ふぅ、と大きなため息をつく。

「二人きりで話したかったのは、スマートメタルエナーを体内に取り込むデメリットについても、きちんと説明しておいた方がいいと思ったからです」

 タケルは、ドナリエルが自分を救ってくれたこと、それから少しずつ自分が変わり始めていること、そのことに戸惑っていること、ドナリエルとの分離方法を探しに学術星系へと向かうこと……それらを飾ることなくありのままに話した。そして、たとえタケルのようにスマートメタルエナーを体内に取り込んだとしても、カーズの病が治るとは限らないことを話した。カーズはベッドの上でタケルの話をだまって聞き、タケルが話し終わると口を開いた。

「私もね、今回の件は父の先走りだと思っているんだよ。それだけ必死、と言うことなのかも知れないけれど……タケル、私はこんなにも周りに迷惑を掛けて、それでも生きていていいのだろうか?」

 カーズが辛そうな表情を浮かべるのは、物理的な原因か、精神的な原因か。

「カーズ。ボクは子供の頃死にかけたことがある」

 タケルの言葉に、顔を動かしてカーズはタケルの顔を見た。そこには少し寂しげな表情が読み取れた。

「父も母も亡くした。死にたいと考えたことは一度や二度じゃない。でも、ボクには妹がいた。まだ幼い妹を守ることができるのは、ボクだけだと、そのためには死ねないと。どんなに苦しくても辛くても、罵声を浴びせられてもいじめられても、ボクがいなくなってしまえばその悪意はすべて妹に向けられてしまう。それは、それだけは許せなかった。だから、ボクは死ぬという道を選択しなかった……

 たぶんね、死ぬのは簡単なんだよ。生きることに比べれば。でも、それでいいのかって。後のことはどうでもいいと放り出していいのかって、現状を自分の力でどうにかする努力もせずに簡単な道を選んでいいのかって、そう思ったんだ。だからボクは戦う道を選んだ。身体を鍛え、剣の腕を磨き、どうにもならないときには周りの人間の力を借りてでも戦った。それは間違っていないと今でも思っている。

 でも、それはボクのやりかた。他の人に押しつけるつもりはないよ。戦わずに逃げたって良いと思うし、ね。……なんだか、まとまりのない話でごめん」


 しばしの空白をはさみ、カーズが口を開く。

「私は、選択することもできなかったのだよ……」

 選択することを避けてきたというカーズに、選択は今からでも遅くない、とタケルはカーズを説く。生きている今なら、遅いことなんてないと。タケルは頭を掻きながら、上手く言えないけど、と言葉を続けた。

「周りに迷惑を掛けるってカーズは言うけれど、オルスタット卿もクリスも、もちろんボクも迷惑だなんて思っていないよ。むしろ、迷惑掛けるくらい頼って貰った方が、信頼して貰えていると感じるんじゃないかな?ボクもエルナに頼ってもらった方がうれしいし」

「そうか……な……」

 カーズはこれまで、あまり本音を漏らすことがなかった。周りは父の部下や領民ばかりで、苦労を分かち合えるような友人はほとんどいなかったからだ。周囲に迷惑ばかりをかけ、自ら死を選ぶ勇気もない人間、と自分のことを思っているカーズは、生きる気力をなくしかけていたのだった。

 それから予定時間を大幅に過ぎ、2時間ほどタケルとカーズは話し込んだ。これ以上はカーズの体力が持ちそうにないな、という頃、テオール先生からのドクターストップが入った。

「カーズの病気についても、学術都市で調べてみるよ。きっと何とかなるよ」

「そうかい?うん、楽しみにしている。よ」

 最後にそんな会話をして、タケルはエルナの元へと向かった。旅にもうひとつ目的ができたと伝えるために。


                ◇


 ガルダント星系の《ゲート》に向かうため出向準備が続く《ミーバ・ナゴス》。その艦内にある部屋の一つがナルクリスに割り当てられていた。今、そこにクリスとタケルがいた。タケルの手には果実ジュースの入ったグラス。クリスもタケルに習って同じものを手にしている。

「騙し討ちみたなことをしてすまなかったと思っているよ」

「それが謝罪なら、受け入れるよ」

「……怒っているのか?」

「い~や、怒ってない。でも、最初から全部話してくれていれば良かったと思っている」

 いや、時間がなかったからだとか、父親がどうしてもというからとか、言い訳を並べるクリスを、タケルは「もういいから」と黙らせた。


「それより、ボクはクリスの本音が聞きたい」

「本音?」

「王位継承権のことだよ」

 ガルダント星系領主の継承権は、第一位がカーズタニア、第二位がナルクリスだ。その次は、オルスタット卿の従兄弟、親戚に継承権が移る。カーズの体調を考えれば、そのまま領主の勤めを果たせるとは誰も思うまい。実際、星系内でも次の領主はクリスだと考えている住民も多い。そして、次の王があちらこちらの星系をうろつき回っていることに、眉を顰める人も少なくないのだ。

「……正直、領主なんてまっぴらごめんだよ。次の領主はカーズが相応しいと思っている。兄様は体力はないけど、頭脳明晰だし、きっと良い領主になるはず」

「だから、自分は外の世界を見て回っていると?」

 クリスはグラスを置いて、タケルをじっとりとした視線で見る。

「妙に勘がいいね?ドナの入れ知恵?」

『私は何も』

「そうだった。エルナに関係ない星系の継承問題など、ドナは無関心だった」

『そこまでではないが、私がタケルに知恵を授けるメリットはないからな』

「酷いな」

「……話を反らさない。で、遊び回っているのは兄貴のため、なんだろう?」

「まったく。……あぁ、そうだよ」

 椅子から立ち上がって、壁に埋め込まれたモニターの側にクリスは立つと、肩越しにタケルに答えた。モニターに映る宇宙空間を眺めるふたり。思いは学術星系へ。そこで、タケルとドナリエルの分離方法が見つかるのか、それともスマートメタルエナーの医療利用の道が開けるのか。《ミーバ・ナゴス》は《ゲート》に向けてジャンプした。

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