37 逃亡者を追え

 タケルは部屋に戻り、強化服を着る。強化服は、御前試合の後に全身を白くペイントされ、左胸には金色の帝国紋章が刻まれていた。その腰には、残光丸が固定されている。そのほか、タケルが要望した改造がいくつか施されていた。もはや、フラジが使っていた強化服とは別物と言えるだろう。また、御前試合では使用しなかったヘルメットも戻ってきた。

 全身をチェックしヘルメットを小脇に抱えて、タケルは部屋を出て王宮中層の発着場へ向かった。そこには、数機のフライト・ビークルFVが置かれて、いつでも飛び立てるようになっていた。中でもドナリエルが準備していたFVは、最大搭乗員数3名、航続距離200キロメートル、最高速度時速120キロメートル、帝都内の移動で頻繁に使われるタイプだった。FVは、人工重力を利用した浮揚ではなく、回転するブレードによって揚力を生み出す航空機、つまり電動ヘリコプターだ。ローターは一つ、左右に張り出された短い翼には、推進用にプロペラが一つずつ配置されている。プロペラがメインローターのトルクを打ち消すため、アンチトルクのローターはない。

 エルナと護衛のガルタは、タケルよりも先に着いていて、FVの前で待っていた。ガルタはキャノピーを開けながら、タケルに向かって「私が操縦しよう」と言った。操縦はドナリエルに任せるつもりだったタケルだが、申し入れは素直に受け入れた。前方の操縦席にガルタが、後方の席にタケルとエルナが座った。

 キャノピーが閉まると、ローターが回転を始め、すぐに機体がふわりと浮いた。そのまま滑るように、三人を載せたFVは、発着場の開口部から夜の帝都へ飛び出した。


                ◇


 かつては農場で、作物を運んでいたその車は、いま最後の力を振り絞るようにのろのろと田舎道を走っていた。浮遊車レビテーション・ビークルではなく、車輪を使うタイプの荷台付き車両だ。運転席には、この惑星で多くの農業従事者が身につけている作業服を着た男がいた。帽子を目深にかぶり、目にはゴーグル、顔の半分はマスクで覆われている。

 その貨物車は、月明かりの中をライトも点けずに走っていた。周りには何もない。エングルトワの人工は、帝都やその他の大都市に集中しており、都市から離れれば人の住まない地域が続いているのだ。


 もう、どれくらい走っただろうか。貨物車は小高い丘の下でようやく停まった。運転していた男は運転席を降りると、後方へ回り観音開きの扉を開けた。中には雑然と品物が並べられている。

「……着きました、旦那様」

 男が荷台の中に向かって声を掛けると、物陰から二人の人物が現れた。小太りの男とふくよかな女性だ。運転手は、二人が荷台から降りるのを手伝うと、貨物車をその場に残して二人を丘の頂上へと案内した。男女二人は躓きながらも男に付いて丘を登っていく。そして、丘の上に三人が辿り着いた時、いきなり一条の光が三人を照らした。驚きの表情とともに、身を隠す場所を探す三人だが、丘の頂上には何もなかった。

 暗闇の中で三人を浮かび上がらせている光は、上空で滞空ホバリングする一台のFVから放たれていた。FVが高度を下げると、三人にも機体横に描かれた紋章が見えた。そのままFVは三人の目の前に着陸する。ローターが停まらないうちに機体の前方にあるキャノピーが立ち上がり、中から三人の人影が降りてきた。その中の一つが三人の前へと進む。FVのライトに照らされているためシルエットしか判らないが、その女性らしいラインと鎧の形から女性騎士と判る。


「ギナック一代貴族コーナとお見受けする。まもなく護送車が到着する。それに乗って帝都まで来て欲しい」

 FVから降りてきた女――ガルタ・ブランシェ騎士は、目の前にいるギナックとその奥方、そしてここまで二人を送ってきた従者の三人を見据えながらはっきりと言った。

 小太りの男と女――ギナックとその奥方――は、ガルタと目を合わせないように顔を伏せて、身体を小さくしてもう一人の影に隠れた。自然と前に出る形になった農民風の格好をした男は、ガルタに向かって一歩踏み出しながら、腰のポケットに手を伸ばす。

「騎士様、私たちは怪しい者じゃありません、ちょっとこの先に用があって――」

 言葉の途中で、不意に男はその場でくずおれた。その手から銃がこぼれ落ちる。男の行動を見て、タケルがスタナーで制圧したのだ。タケルが装着している強化服のヘルメットには、男がポケットから金属製の物体を取り出すところがはっきりと移っていたのだ。

 男が倒れるところを見たギナックとその妻は、小さく悲鳴を上げて尻餅をついた。

「な、な、なんだ、お前たちはっ!きっ、貴族に向かって失礼だろう!」

 ギナックは、突然現れた三人を指さし非難する。自分で貴族と認めてしまった自爆発言であることにも気が付いていない。そもそも、こんな人里離れた場所に貴族がいること自体おかしいのだが。

 ガルタは、表情も変えずにずいと一歩前に出ると、

「ご自分がギナック卿であるとお認めになるのですね?」と迫った。

「ギ、ギナック?……し、知らんっ!そんな奴は知らんっ!」

 この場に及んであきらめの悪い態度に、タケルもガルタも怒りを通り越してあきれるばかりだった。しかしエルナは違った。タケルの側から離れ、ガルタの横をすり抜けてギナックに近づくと、下ろしていた外套のフードを跳ね上げて言った。


「ギナック卿、お久しぶりです。私をお忘れですか?」

「――!」

 声にならない悲鳴を上げて、ギナックは後じさった。

「こ、皇女殿下……エルナさ……ま……」

「やはり覚えていていただけたのですね。うれしいですわ」

 エルナが小さく手を叩きながら笑う。タケルとガルタも前に出てエルナを守る。武器はないようだが、万が一を考えてのことだ。

「ウゥ……ッ!わ、私は……いや、違う、お、お前さえいなくなれば、あの方――」


  その時、強風がその場にいた者を襲った。渦巻く風が、ギナックの声をかき消す。

「エルナッ!」

「姫様ッ!」

 タケルとガルタがエルナを引き倒し、守るように覆い被さる。すさまじい風が吹き荒れる中、二条の細い光が走った!

「がっ――!」

「キャッ!」

 短い二つの悲鳴。そして――。


ドーン!


 轟音と共に、タケルたちが乗ってきたFVが爆発炎上した!

 タケルが上を見上げると、星空を遮る黒い影が確かに見えた。そして、風は唐突に消える。黒い影と共に。

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