36 タケルの推理

 エングルトア警察機構のトップ、バーナー伯爵が王宮に訪れ、皇帝とエルナ、タケル、賢人ドーアに対し、ギナック“一代貴族コーナの隠れ家が判明したと宣言したのは、タケルが退院した3日後のことだった。学術星系へ出発する準備を整えていたタケルたちだったが、一旦、出発を遅らせこととした。


 王宮の会議室でバーナー伯爵は、テーブルの上に地図を投影しながら説明を始めた。

「長らく見失っておりましたが、先日、目撃情報が寄せられたことと、一瞬ですが《識章》の反応もあったことから、ギナックの所在が明らかになりました。エングルトア郊外にある古い遺跡です」

 古代トワ王国で要塞として使われていたものだが、歴史的価値もないため数百年前からは放置されていたものだ。その遺跡の内部を人が住めるように改築し隠れ住んでいた、と捜査機関は考えたようだ。


「現在、軍と騎士団にも協力を要請し、遺跡を包囲する準備を行っています。夜半には包囲が完了、深夜に突入してギナック一味を捕縛する計画です」

 立体地図には、人員が配置される地点が青くマーキングされている。ギナックと妻の位置は赤いマークだ。

「“捕獲網に入ったネズミベルラ”です」

 バーナー伯は、自信満々だ。

「私も近くに行くことはできますか?」

 エルナの要望を、バーナー伯はすぐさま拒否する。

「殿下、申し訳ありませんが、出来かねます。安全には十分配慮いたしておりますが、万が一ということもありますゆえ」

「でも、直接乗り込むのはロボットたちでしょう?後方の指揮所で構いません。現場に行かせてはもらえませんか?」

「エルナ、わがままを言うものではない」

 困り顔のバーナー伯を、皇帝が助ける。娘にこれ以上危険な目に遭って欲しくないという父心がだだ漏れだ。しかし、エルナは反論せず、皇帝の言葉に従った。バーナー伯は、小さくため息をついた。


「しかし、《識章》で位置情報プレゼンスが確認できるのでしょう?なぜ、今まで見つけることができなかったのでしょうか?」

「受信端末がないところでは、《識章》の信号は拾えません。それに、ギナックたちは今は使われていない地下水路を利用していたようなので。――もしくは、何らかの方法で《識章》の信号を完全に遮断していたのかも知れません。しかし、今、《識章》の信号を時折拾えることから考えると、完全遮断はしていないと見るべきでしょうな」

 バーナー伯の丁寧な説明にも、タケルはなぜか納得しきれなかった。気になる。しかし、何が引っかかっているのか、それが判らずもどかしい。


「エルナ殿下。現場にお連れすることはできませんが、こちらで状況を見ることができりょう手配いたします」

 バーナー伯は、そう言い残して退出した。しばらくして、ミラと名乗るエングルトワ警察機構の捜査部長が機材と共に入ってきた。警察機構の制服を着ているが、その体型から現場経験者には見えなかった。ミラ部長とその部下が、会議室の一角に現場の立体地図といくつかの空中投影ディスプレイを配置した。ディスプレイには、突入部隊となるロボットからの映像が映されている。

「こちらの地図は、高高度滞空無人機からのリアルタイム映像です。ご指示いただければ、拡大・縮小もできます」

 ミラ部長の説明に、バンダーン皇帝は「吉報を待つ」と言い、呼びに来た宰相ヴェズールと共に会議室を後にした。暑くもないのに、ハンカチで額に浮いた汗を拭っていたミラ部長は、ホッとした表情を見せる。やはり皇帝の前だと緊張したのだろう。


「やはり、どうしても腑に落ちない」

 地図に投影された状況図を見ながら、タケルが呟く。青いマーカーは、そろそろ包囲を完了しそうだ。

 「何か気になることでも」

 ミラ部長の言葉には、少し棘があった。

「いや……状況が単純すぎて、なにか……乗せられているような気がしませんか?」

「なにを言っているのですか?この状況は地道な捜査の結果ですよ」

警察機構あなた方の努力は否定しませんよ。その上で、急に届けられた目撃情報とか、捉えられなかった《識章》の信号がいきなり見つかるとか、ちょっと都合よすぎるなぁと思うんですよ」

 ミラ部長は何も言わなかったが、その表情からはタケルの意見など歯牙にも掛けていない様子がありありと分かった。反応したのは、エルナだ。

「罠、でしょうか?」

「罠というより……陽動作戦かな?ハリウッド映画なんかだと、こうやって誘き寄せておいて他で何かするとか……」

「ははっ!失礼ですが、ギナックに何ができるというのです?それに、何をしたとしても、無駄なあがきですよ」

 いや、まだできることがある、とタケルが口にしかけた時、ドナリエルが割って入った。


『ミラ部長、この者は帝国文明に触れてまだ日が浅い。非礼の点は許して欲しい』

 その声に、ミラ部長がキョロキョロと当たりを見回す。そういえば、ドナリエルの存在を知らないのだ。

「私の専従AIです」

というエルナの説明にミラは納得する。

『未開の惑星で暮らしていた者ゆえ、犯罪やら抗争やらが当たり前になっております。その点では多少知見があるものと考えますが、いかがでしょう?』

「う、ま、まぁ、そうでしょうな。帝国は大きな犯罪のない平和な国ですからな」

『それに、姫様にしてもただ見ているより、いろいろと話し合っている方が気も紛れるというものです』

「そ、そうですな!うんうん」

 ミラ部長は、ドナリエルにすっかり丸め込まれたようだ。実際、帝国内では余り大きな犯罪は起こらない。その背景にはやはり《識章》の存在が大きい。《識章》による位置情報プレゼンスは、犯罪の証拠にも現場不在証明アリバイにもなるからだ。

「そうですな。ここは犯罪多発地帯から見た意見も聞いておくべきでしょうな」

 その言い方は、明らかにタケルを煽っているが、タケルはあまり気にしなかった。それよりもギナックたちの動静が気になる。これだけ大人数に囲まれているのに、なぜ動かないのだろう?自分ならどうする?


「ならば、この遺跡を中心にズームアウトしてください」

 ミラ部長の部下が端末を操作すると、投影された地図がより広域を映しだした。

「止めて。……これはなんでしょう?」

 地図の端に表示された建物をタケルは指さした。いくつかの建物や塔が集まっている。

「古い農場の跡地ですな。こちらも放棄されて久しいようです」

 かつて農場だった場所を、タケルはじっと観察した。

「ん?これは……トラックでしょうか?」

 建物の陰にひっそりと四角い乗り物のようなものが置かれている。

「そうですね、おおかた壊れて放置されたものでしょう。それが何か?」

「いや、少し気になって」

 ミラ部長はヤレヤレと言った態度で、「犯罪が多いところで暮らすと、心配性になるようですなぁ」などとタケルを揶揄した。エルナの顔に、一瞬怒りがぎったことには気が付かない。

 タケルは地図から離れてミラの視界から外れると、小声で呟いた。

「ドナ爺さん、あそこに行ってみたい。何とかならないか?」

『誰が爺さんだ!……フライト・ビークルFVは準備してある。すぐにでも行けるぞ』

 やっぱりドナリエルは思考も読めているんじゃないかとも思ったが、エルナのために準備していたのだろうと思い返す。


 気が付くと、賢人ドーアが側に来ていた。

「行くのだろう?」

 賢人と称されるだけあって、この人もまた心を読むことがうまい。

「はい」

「ならば、ミラ部長の対処はまかせたまえ。うまくごまかしておくよ」

「ありがとうございます」

 ふと視線を感じたタケルが顔を上げると、エルナがこちらを見ていた。タケルも視線を合わせると、エルナが視線で語りかけてきた。タケルは苦笑いしながら頷く。そして、ゆっくりと会議室を抜けると、エルナも後から着いてきた。

「もちろん、私も行きます」

「うん、君はボクが護るよ」

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