36 くされ縁

「皇帝直轄医療チームは、優秀なのですよぅ。だから、安心して身を委ねるのですよぅ」

 グラマラスな女性に、蕩けるような甘い声で、こんな風に、囁かれたら。

 しかも、白衣だ。医者だから白衣を着ているのは銀河文明でも当たり前らしい。


 今の状況を説明すれば、つまり、タケルはグラマーな女医さんに迫られているのだ。うらやましいと思うかもしれない。しかし、タケルには腑抜けた表情を浮かべることができない理由があった。ガラスの向こうからエルナが見ているのだ。そうでなくても、ドナリエルが後からエルナにいらないことを報告するに違いない。ここは冷静沈着、紳士的な態度を貫かねばならぬ。ある意味、剣の修行よりつらい苦行と言えるだろう。


「わ、判りました。先生ドクター、よろしくお願いしますね。だから、もう少し離れていただけませんか?」

 できるだけさわやかな笑顔を浮かべるように努力して話すタケルに、先生ドクターと呼ばれた女性は上体を起こして不満げな表情を浮かべた。身体を起こすときにも、をするものだから、左右にたわわなメロン、いやスイカが揺れる。まったく目の毒である。

「つまんないのですぅ。もう少し、可愛げがある方が女の子にもてると思うのですよぉ、私はぁ」


「準備が整いました。ベルトラング様」

 女医がタケルをからかっている最中にも、助手たちがてきぱきと準備を進めていた。

「そうねぇ、じゃぁはじめちゃいましょうか。じゃ、がんばってねぇタケルくぅん」

 ベルトラングと呼ばれた女医は、助手とともに部屋を出て行く。治療用ベッドに横たわったままのタケルが目で追っていくと、ガラスの向こうでテオールがエルナに深くお辞儀をしているところが見えた。

 タケルが横になっている治療ベッドの周りには、医療に特化したロボットが四体並んで居る。準備は人間が、繊細で精密な治療行為はロボットが行うのだ。

 タケルの視界が徐々に暗くなる。睡眠薬がタケルを眠りに誘う。目覚めるのは――数日後だ。


                ◇


 タケルとドナリエルの分離手術。

 セト・トワ星系での検査を経て、ここ帝都にある医療施設で分離が行われることになった。執刀するのは、名医との誉れも高いテオール・ベルトラング伯爵ヴァルト(ただし人格に問題あり)だ。


「まずぅ、ドナちゃんを取り出す前にねぇ、タケルちゃんの身体をもうちょーっとだけ、強くしてあげる必要があるのよぅ」

 何とも気の抜ける話し方をする女性であった。要するに、ドナリエルを分離する前に、ドナリエルが抜けた穴を補完できるくらい、タケルの肉体を強靱にしなければならないということだ。そのために、タケルには遺伝子レベルでの処置が行われる。その後、ドナリエルが補強しているタケルの骨にパスを通し、用意したスマートメタルエナーと一体化させるという手順だ。

「遺伝子操作はぁ、主に骨の構造強化と筋肉の高性能化、それとドナちゃんが体内にいたことで起きるかもしれない副作用を抑制するための免疫システム強化ねぇ。あ、今なら補助脳の付与もサービスしておくけど、どうするぅ?」

「遠慮しておきます」

「あらぁ~それは残念ねぇ~」

「テオール・ベルトラング伯爵ヴァルト、告知が終わったのなら執刀に移っていただけませんか?」

 珍しくエルナの言葉にトゲがあると思ったのは、タケルだけではないはずだ。ドナリエルを停止させるために同席していた彼女エルナは、女医からタケルへ視線を移し“わかっているわよね?”と目で語るのだった。


                ◇


 タケルは、どうにも医療機関と相性が悪いらしい。タケルが目覚めて、入院病棟のベッドに移された後、衝撃的な結果を聞かされることになった。


「結論から言うとぉ、遺伝子操作はうまくいったけど、ドナちゃんの分離はでしたぁ」

「は?」

 タケルは正面にいるテオールを見て、次にベッドサイドのエルナを見た。エルナが頷く。エルナは先に聞いていたようだ。


「身体強化はうまくいったんだけどぉ、分離しようとしたらうまくいかなかったのよぉ」

「理由は、判っているのですか?」

 エルナがタケルの手を握りしめながら聞いた。

「それがぁどうもぉ、ドナちゃんが変質してしまったらしいのよぅ。こちらで用意した、ドナちゃん用のスマートメタルエナーとうまく融合してくれなくて」

「……で?」

「うぅ~んとね、今のドナちゃんに合わせてスマートメタルエナーを調整するのに、2年ほど掛かるんだって。で、2年後にはドナちゃんがさらに変化しているかもしれないって」

「つまり、今は放置しておくしかないと」

「そうなのねぇ。できることといえば、経過観察と準備くらいなのねぇ」

「まぁ、それもいいでしょう」

 タケルの言葉に、エルナは驚く。テオールは右の眉をぴくりと上げた。

『私と共存する覚悟があると言うのか?小僧』

エルナによって、すでに起動していたドナリエルの声にも、驚きが含まれていた。

「そうだねぇ。頭の中で話されるのは迷惑だけど、便利なこともたくさんあるしね」

『私を小間使いのように言うな』

「ふふん。そっちドナリエルこそどうなんだい?」

『私はお前より長寿だからな』

 AIであるドナリエルは、事実上不死の存在と言っても良い。だが、ドナリエルの生存異議は、エルナの幸福ではなかったか。

『お前が姫様を護ってそばにいる限り、このままで構わんよ』

「そっか。エルナもいいよね?」

「はい、もちろん!」

 笑いながら答えるエルナの瞳には、小さな涙の玉が光っていた。


 そんな会話を聞きながら、頭をひねっていたテオールが、何かを思い出したように顔を上げた。

「あそこに行けば、何か判るかも!」

「どちらですか?」

 テオールがニヤリと笑って答える。

「学術星系、オーウェルト=ドーン、ですねぇ」

 おい、さっき普通に喋ったよね?とタケルは心の中で突っ込む。

「たしかに銀河の優秀な頭脳が集まると言われる学術星系であれば、何か知恵が得られるかも知れませんが、ドナ……ドナリエルのことはあまり公にしたくないのです。ベルトラング卿」

 学術星系はトワ帝国の領地でありながら、広く門戸を開けており、さまざまな星系から知識の探求者が集まっているのだ。

「うぅん、帝国民以外にドナちゃんのことを話す必要はないのよぅ。だってあそこには、ドナちゃんを創ったミーパルナ博士がいるんだものぉ」

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