06 祖母の矜持

 エルナを寝かせた客間へと戻る。ふすまを開けると、エルナの横で正座をした祖母が、美しい顔をのぞき込んでいた。エルナがまとっていた光はもう見えない。エルナの額には、絞ったタオルが置かれていた。

(子供の頃、風邪を引いたときにこうして看病してもらったっけ……)


「ばぁちゃん、話がある」

「仏間がいいでしょう」


 祖母は立ち上がると、タケルの横をすり抜けて仏間へと向かった。タケルもそれに続く。仏壇を後ろにして祖母が座る。もちろん正座だ。タケルも思わず正座で座る。さて、どこから話したものか。

 「彼女の名前はエルナ。信じられないかも知れないけど、宇宙人で、悪い奴らに襲われて、逃げて来たんだ。山の中で会って、それから……」

 流れるようにとは行かなかったが、なんとかエルナとの出会いからここに逃げ帰るまでを大雑把に話すことができた。

 祖母はタケルの目をまっすぐに見つめながら聞いた。

 「その、ドナリエルさん、とやらはどこに?」

 『お初にお目にかかる。ドナリエルと申す』

 また勝手にスマートメタルエナーの触手を伸ばすドナリエル。その先端には、ご丁寧に老人の顔がレリーフのように浮かび上がっている。そんな気味の悪い状況でも、タケルの祖母は眉を上げただけだった。

 「タケルの祖母。ハナエと申します」

 空中に浮かぶ、小さな顔に向かって、祖母ハナエは軽く会釈した。ドナリエルも会釈仕返すが、旗から見ればコントにしか見えない。

 「タケルはお役に立ちましたか?」

 『お孫さんのご協力が無ければ、ここまで来ることは出来なかったでしょう。感謝しております。

 ただ、助けが到着するまでには今しばらく刻が必要。それまで、タケル殿をお借りできれば僥倖』

 「孫が、そう望むのであれば、私が口を挟むことではございません。むしろあれが粗相をしてご迷惑をお掛けしないかと」

 『そのような心配は必要ありますまい。ですが。これからは命に危険が及ぶかもしれません。それでも?』

 「無論のこと。私は孫を信じております故。それに本人がもう決めているようですし、ね。この子は存外、意固地なところがありましてね。一度決めたら、婆の言うことなど聞きはしません」

 微笑みながら話す祖母は、いつになく饒舌であった。


 自分のことが話されているにも関わらず、タケル自身は置いてけぼりにされていた。会話の応酬が止むと、祖母は仏壇の下にある棚から、布に包まれた細長い物を取り出した。縛ってある紐を解いて布の袋から中のものを取り出す。現れたのは、黒い鞘に納められた一本の日本刀だった。正式な銘は別にあるが、通称「残光丸」と呼ばれている。その昔、タケルの祖先が主君から賜った一刀で、剣の達人だった祖先がこれを振るうと、残光しか見えなかったという逸話から名付けられたという。タケルも一度見たことがあるだけだった。

 祖母はだまって残光丸をタケルに渡す。ずっしりとした重さが手に伝わる。竹刀や木刀とは違う、武器としての重みを、タケルは感じていた。

 「覚悟を持って使いなさい」

 祖母は祖母なりの叱咤激励をタケルに送り、席を立った。


                ◇


 タケルが客間のふすまを開ける。そして、そのまま固まった。意識を失っていたエルナが、布団の上で身を起こしていたからだ。タケルとエルナの視線が絡み合う。深く、青い瞳の色は、エルナの美しさを際立たせていた。

 『お前が時々停止するのは、地球人特有の欠陥か何かか?』

 耳の奥で聞こえるドナリエルの声に、自分を取り戻したタケルは、若干恥ずかしそうに部屋へと入り、エルナの横に座った。


 「委細はドナリエルより聞いています。助けていただき感謝しております」

 説明しようとしたタケルよりも先に、エルナは口を開いた。エルナを治療していたナノマシンは、同時に周囲の状況をエルナに伝えていたのだという。


 (あぁ、声もかわいい……)


 エルナの言葉を聞きながら、タケルは思った。

「まだ万全とはいいませんが、窮地は脱しました。あなたのおかげです」

女性に感謝されてうれしくない男などいない。ましてや、こんな美少女に言われるなんて、めったに経験できることではない。だが、タケルは意外に冷静だった。うれしくないわけではないが、それよりも安心の方が大きい。

 「よかった……」

 タケルの言葉に笑みを返すエルナだったが、突然身体を揺らし倒れこんだ。タケルは素早く手を差し伸べエルナを抱きかかえるようにして支えた。

 「ごめんなさい、まだ……」

 上半身を支えたタケルの手はあたたかい、とエルナは思った。山から下りてくる刻には感覚器官を(ドナリエルによって)遮断されていたので、エルナにとって久方の人肌であった。タケルはそのままゆっくりとエルナを布団に横たえた。

 「無理しないで。熱はあるのかな?」

 そう優しく言葉をかけながら、タケルは自分のおでこをエルナのおでこにくっつけて熱を測った。子供の頃、熱を出したタケルや妹に祖父や祖母がやっていた仕草だから、つい、無意識にしてしまった。おでこをくっつけてからハッと我に返り、慌てて身を起こすタケル。

 「あぁっ!ご、ごめん」

 顔を真っ赤に染めながら、タケルは慌てて客間を出た。後ろ手にふすまを閉めると、そのままへたり込む。心臓がバクバク音を立て、まるで体中の血管が膨張していつもの倍以上の血が巡っているような、そんな気がした。

(あーびっくりした。何やってんだ!)

 『お前、自分が何をしたか、分かっているのか?』

 タケルの心の声が聞こえたかのように、耳の中でドナリエルの声が聞こえる。

「えっ、あっ?うーん、えっと、忘れてくれ」

 こやつは原住民、文明化されていない無知な知性体なのだ。トワ帝国の常識やしきたりなど知る由も無い。ドナリエルは、自分のメモリー内で思考した。今のことは、メモリーの奥底にしまって、いずれ破棄すればいい。

 その時だった。ドナリエルの監視装置からの連絡が入ったのは。


 『おい、原住民。奴が来るぞ』

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