05 帰宅
すっかり陽が落ちて、空には月と星のあかり。
エルナを背負ったタケルは、ようやく自宅の裏に着いた。裏門の前に月明かりに照らされた祖母が、凜とした雰囲気を纏い立っていた。気付かれぬようこっそりと家に入ろうと思っていたタケルにとって、それは不意打ちだった。(そういえばむやみに勘の鋭い人だった、この人は)あの時だって――。
祖母は、タケルとタケルの背中で意識をなくした女の子の姿を見ると、「客間へ」と一言放って家の中に戻っていった。その瞳は、あの時と同じように悲しみが浮かんでいたように、タケルには見えた。祖母も思い出したのだろうか。そしてエルナと妹の姿を重ねたのだろうか。
一旦、エルナを畳の上に寝かせると、押し入れから客用の布団を引っ張り出して敷いた。田舎の広い家というものは、なぜか布団や座布団、食器なんかが山のようにあるものだ。この家にも、かつては大勢の人間がしょっちゅう来ていた。騒がしくも明るい家だった。エルナを布団に横たえながら、昔のことを懐かしむ。また、いつか、あの時のように。そんな願いは叶えられない。こんなことを考えるのも、エルナが光を放っているからだろうか?
「あれ?光が弱くなってない?
『いや、治療はもうすぐ終わる。あとは脳機能の修復だけだ。移動中はできなかったから、今取りかかったところだ』
「そうか……助かるんだね。よかった」
『あぁ。怪我についてはもう心配ない。それよりも奴の対策をしなければ』
奴――岩の下敷きになった暗殺者。本当に襲ってくるのだろうか?エルナを守る手段はあるのだろうか?
『ここにはあるだろう?この星の一般的な通信手段、音を信号にする“電話”とやらが』
「あるよ」
昔ながらの黒電話が、玄関近くの廊下に置いてある。昔から新しい電話に替えればと祖父祖母に言ってきたのだが、使い慣れた者が良いと頑なに替えなかった。せめてもと、配線だけはローゼットからモジュラーに替えて貰った。
タケルが電話の方へと移動しようと立ち上がったとき、ふすまが開いて祖母が入ってきた。手には水が入った木の桶とタオルがあった。
「ばぁちゃん、彼女を頼む」
無言で頷く祖母を後に部屋を出た。エルナのことも暗殺者のことも、後で全部話さないと。祖母には隠し事をしたくなかった。そこで、ハッと気がつく。トンネルの崩落。あの音と振動で、ボクの身に何かあったのではと、心配した祖母は裏口で待っていたのではないか。それなのに、自分は祖母を安心させるような言葉を一言もかけてない。なんてこった。
「で、どうすればいい?」
電話のそばに来たタケルは、疑問を声にした。どこかへ電話を掛ければいいのか?秘密の番号とかあるんだろうか?
傍から見れば独り言を呟いているようにしか見えない。人気の無い山の中であればいざしらず、こうして曲がりなりにも人のいる場所に戻ってきた今、こうしたコミュニケーション方法は気恥ずかしさを覚える。それを隠すかのように、タケルの態度は少しぶっきらぼうになっていた。
『通信回線に繋がるコネクターを外せ』
へいへい、仰せのままに、とモジュラーから電話機のジャックを外すタケル。
『止まれ!そのまま動くな』
タケルが何かをするまもなく、タケルの手からにゅるにゅると銀色の筋が伸びてモジュラーに刺さった。
宇宙の技術と地球の技術の接触は、一瞬だった。
『もういいぞ』
モジュラーを元に戻しながら、「今のは何をしたんだ?」と問う。
『地球にある我が帝国の拠点に連絡した。そこから救援を求めるよう依頼した』
地球に帝国の拠点だって?!宇宙人はすでに地球に潜入していたのかーー。
「いや、そもそもなんで電話?通信機ぐらいちゃちゃっと作って連絡取れたんじゃないの?」
『拠点に連絡できるような通信機を作るのに、どれだけリソースが必要だと?原住民がわざわざ通信網を作っているんだ、使わない手はあるまい?』
自分たちが当たり前のように使っているインフラストラクチャを、はるかに文明が進んだ種族に(と言っていいのかは微妙だが)評価されたのは、なんだか複雑な気分だった。
『すべての状況を吟味し、もっとも適切な手段で解決を図る。それがわしのようなクラスのAIの能力。下位クラスのAIにはできぬ芸当だ。はっはっはっ』
「その高尚なAIさんに伺いたいのですが、助けってのはどのくらいでくる?……追っかけてきたあいつに勝てるのかい?」
『ふむ。地球上にある我が帝国拠点は、単なる連絡手段でしかない。銀河の文明・技術を文明化されていない惑星にうかつに持ち込めば、どんな影響があるかわからぬからな。
小惑星帯――火星と木星の間にあるアステロイドベルトが有名だが、実は地球の近くにもある。地球から見て前後60度の地球軌道上には、トロヤ群と呼ばれる小惑星帯がある。地球の近く、ではあるが、天文学的な意味での“近く”だ。地球からの通信にも時間が掛かる。
「え?超光速通信とかないの?」
『そのようなもの。存在せんよ。超光速航行の技術はあるがな』
つまり、連絡には時間がかかるが、そこからは時間をかけずにやってくることができるのだという。タケルは、何かアンバランスな印象を受けた。太陽系外からやってきたという時点で超光速航行の技術を確立していることは明らかだった。そして万能の
『まぁ、準備やなんだかんだで、到着までは1時間といったところだろうな』
1時間。
それまでに暗殺者が来なければ、エルナは逃げられる。彼女の帝国によって守られる。
1時間。
それが生死の分かれ目だ。万が一に備えて準備をしておかないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます