04 生存戦略(2)
タケルたちは、ようやく山道から舗装された道へと抜けた。舗装されている、といっても長い間保守されていない印象を受ける。その理由は、道の先にあった。
“立ち入り禁止”
朽ちかけたロープにぶら下がっている看板には、赤い字でそう書かれていた。その先には車一台通り抜けられるかどうかのトンネルが、暗い口をあけていた。数年前の地震と長雨で内壁が崩落したが、村にはすでにバイパスが出来ていたため使う人もおらず、通行止めにしたまま放置されてきたのだ。
(人口流出による地方自治の疲弊を象徴する廃墟だけど、こんな形で役立つとはね)
エルナを背負ったままロープをくぐり抜け、足早にトンネルを抜けたタケルは、トンネルの出口から離れた草むらにそっとエルナを横たえた。エルナはまだ目を覚まさないが、ドナリエルによれば治療は順調に進行しているという。
「よし!」
自らに気合いをいれて立ち上がると、タケルは再びトンネルの中へと戻っていった。
◇
程なくして、フラジは分かれ道にたどり着いた。一面に白い粉が撒かれている。害はなさそうだ。ただし、熱の痕跡は消されてしまったようだ。足跡も乱雑に踏み荒らされて、どちらの道へ進んだのかは容易に判別できない。
「ふむ」
小さく声を漏らす。これで少なくとも、ターゲット(とその協力者)が追跡者(つまり自分だ)の存在を認識していることは分かった。しかし、これまでにフラジを目標にした罠は無かった。相手は、罠を仕掛ける資源や知識を持ち合わせていない、ということだ。となれば、一刻も早く仲間(原住民か?)と合流したいと考えるはずだ。原住民に合流されて騒がれるのはまずい。いや、任務遂行が難しくなるわけではないが、暗殺は静かに人知れず行われるものだ。それがフラジのモットーだった。突き詰めれば、プライドの問題なのだ。ターゲットが原住民に匿われることにでもなれば、原住民を虐殺しなければならない。原住民を殺すことに躊躇はないが、無駄な殺しはモットーに反する。少し、急ぐか。
フラジはすばやく左の道へと進んだ。しかし、しばらく行くと、所々地面に付けられた足跡が、おかしいことに気がついた。つま先が反対、つまり山に登る方向へと向かっているのだ。それもそのはず、その足跡は、タケルが山に登る時についた足跡だ。後ろ向きで山を下りているのでなければ、これは違う。それとも、原住民には山を後ろ向きで下りる風習があるのか?
「ちちっ!」
思わず舌打ちをする。これは地球人の舌打ちとは少し違う。今は退化してしまったが、フラジの種族は昔、音の反射で対象との距離を掴んでいた。進化し、文明化した今となっては必要と無くなったためにそうした機能は失われたが、音を出す風習は残っている。だが、暗殺者にとって音を出すことは好ましくないため、普段のフラジは意識して音を立てないようにしていた。しかし、原住民に騙されたという動揺から、種族の習慣であるソナー音を発してしまったのだ。
フラジはすばやく身を翻すと、分かれ道へと引き返した。そして、左の道、すなわちタケルたちが進んだ正しい道へと飛ぶように進んだ。さっきよりも速い。原住民とあなどって、(数分間とはいえ)騙された。これはフラジのプライドを著しく傷つけた。実を言えば、タケルには騙す意図はなく、少しでも足止めになればいい、程度の仕掛けだったのだが、思いの外効果はあったようだ。とはいえ、暗殺者をいらだたせてしまったのは、良かったのか悪かったのか。
◇
フラジはトンネルの前にいた。進路を遮るように左右に渡されたロープには板きれがぶら下がっており、地球の現地語が書かれている。そしてその先、トンネルの出口付近には人影があった。
プライドを傷つけられていたフラジは、怒りを覚えていた。腿に装着していた剣を抜き取ると、怒りをぶつけるようにロープを板ごと一刀両断にした。二つに割れた板が地面に落ちるより速く、フラジはトンネルに飛び込み人影に向かって走った。
殺す
仕事を邪魔した奴は殺す
それが暗殺者たるフラジを支配するルールだった。
相手が原住民であれば掟に反することになるが、ターゲットの協力者であれば言い訳も立つ。しかし、その時彼は掟のことなど頭になかった。稚拙な欺瞞に騙されたことで、普段の冷静さを欠いていた。正面から対峙すれば百に一つの勝ち目も無いタケルにとって、それは僥倖であった。
「今だ!」
タケルは叫ぶと、大きく背後にジャンプした。と、同時にトンネルの中で小さな爆発がいくつも起きた。IED、即席爆破装置あるいは即製爆弾と呼ばれるものだ。もちろん、タケルに爆発物を作る知識もスキルもない。手持ちの乾電池や充電池、スマートフォンのバッテリーを電源に、マッチや発煙筒を使って
すさまじい砂煙が収まると、がれきに埋まったトンネル内部が見えた。タケルが視線を上に上げると、山の形が変わっていた。木々は傾き、倒れていた。
「人がいなくてよかった……あ」
人はいた。自分たちの命を狙う追跡者、暗殺者が。正当防衛と呼べなくも無いが、少しやり過ぎたか。
『何を呆けておる!さっさと逃げるぞ、しっかりせい!』
ドリナエルの怒鳴り声(大きく鼓膜を揺すっただけ)で我に返ったタケルは、慌ててエルナの元へと走る。
「……もしかして、あれでも、あんなことになっても、まだ?」
死んでいないのか?タケルの常識ではありえないことだ。
『おまえたちの基準で考えるな。武器は地球レベルに合わせているかも知れないが、肉体改造はもちろん、銀河の技術を使った防護装備もある。死んではおるまい。いや、死んでいないと仮定して行動しなければ、我々がやられる』
少なく見積もっても数十トン、もしかしたら数百トンの岩が落ちてきても、まだ生存できるのか。奴ひとりで国ひとつ消せるんじゃないか?再び恐れを感じながらも、タケルはエルナを背負い、自宅へと向かった。
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