03 生存戦略

 爽健で体力のある若者でも、華奢とは言えひとりの女性を背負って山を下りることは、そう簡単なことではない。そこでタケルは、多少遠回りになるがかつて祖父が使っていた山小屋に寄ることにした。自分自身の体力回復はもちろんだが、ほかにも理由があった。


「暗殺者の追跡能力は、どのくらい?」

タケルは山小屋の中をひっくり返しながら声に出した。

『噂レベルでしか知らないが、暗殺者なら誰でも狩人の腕は一流だそうだ』

 ドナリエルとの会話にも慣れ始めていた。鼓膜を直接振動させていると言われれば、あまり良い気分にはならないが、耐え難いレベルではない。何しろ暗殺者が迫っているのだ。味方同士のコミュニケーションは万全にしたい。

「僕たちが、人里に降りることを優先する、と思ってくれるかな?」

簡単だが、そのための偽装工作もしてきた。が、

『多少の時間稼ぎにはなるだろうが……、完全に騙せるとは思えん』

 ならば、ほかの手も考えておかないといけない。タケルは山小屋の中で見つけた空き缶やら錆びた釘といった鉄くずを集め、ドナリエルに「これでいけるかい?」と聞いた。

『うむ』

 ドナリエルは、答えると同時にタケルの身体からスマートメタルエナーがうねうねと伸び、鉄くずを。実際には食べたわけではなく、スマートメタルエナーへの変換作業に入ったのだが、タケルには鉄くずが食べられたようにしか見えなかった。

『この惑星の精製技術はまぁまぁだな。これならさほど時間をかけずに変換できるだろう』

「変換?とやらが終わったら、頼んでいたモノの方もヨロシク」

 口にしたエナジーバーをペットボトルの水で流し込みながら、床に横たえたエレナを見守る。相変わらずナノマシンは奮闘中らしく、時折チカチカと小さな光を放っている。その光が、エレナの美しさを一層際立たせ、タケルは見とれてしまう。

『いつまで呆けているのだ!そろそろ出立せねば、追いつかれてしまうぞ』

 ドナリエルの声で我に返ったタケルは、慌ててエレナを背負い直して山小屋を出た。ついでに見つけた消火器を持って。


                ◇


 タケルがエルナと遭遇した場所に、フラジは立っていた。ナノマシンの痕跡から、ここにターゲットがいたに違いない。しかし、どこへ行った?周囲を調べると、足跡が見つかった。この惑星の原住民か?あらかじめ救助者をここに配置していたとは考えにくい。この惑星に潜入させていたエージェントを呼び寄せたのか?そうであれば、少しやっかいなことになる。まぁいい。フラジは追跡を開始した。


                ◇


 エルナを背負ったタケルが山小屋を出て、しばらく山道を下ったところで分かれ道に出た。左に行けば5分程度でタケルの自宅だが──。

 タケルは持ってきた消火器を分かれ道の真ん中にある枝の上に置いた。枝はしなってミシミシと音をたてたが、消火器はなんとか下に落ちず枝の上でバランスを取っている。消化器はそのままにして、タケルは周辺をウロウロと歩き回った。時に大股に、時にバックして。そうやってたくさんの足跡を付けた後、右の道、すなわち遠回りになる道へとすすんだ。50mほど進んで、道の脇に生えた柔らかい草むらの上にエルナをそっと横たえ、再び分岐点へと引き返したタケルは、枝の上に置いた消火器が見えたところで止まった。トレッキングポールを持ち上げ、その先を消化器へと向けるタケル。


 「まかせた」

 ドナリエルは自らの一部であるスマートメタルエナーを、トレッキングポールの先端から打ち出した。レールガンの原理で打ち出されたわずか数グラムの物体は、狙い違わず消火器を貫く。軽い金属音と共に空いた穴から、炭酸カリウム水溶液が内部の圧力によって噴射されると、噴射の反動で消化器が枝の上で暴れ回る。周囲は消化剤で白くかすむ。

 その様子を確認すると、タケルはエルナの元へ戻った。


(こんな工作でも、追っ手の足止めになればいいけど……)


                ◇


 ゆっくりと警戒しながら、フラジは山小屋の中に音も立てず滑り込んだ。扉の周囲に罠がないことは確認済みだ。ほかに罠が仕掛けられていないか、ぐるりと室内を見渡す。ここに何者かが、ついさっきまでいた形跡はある。バイザーを外し、熱の痕跡を確認する。フラジの目は、赤外線領域まで見ることができる。ほとんど光のない洞窟で進化した祖先から受け継いだ力だ。

 どうやらここで休息をとったらしい。すでに出発して1時間といったところか。休憩したという事実から、帝国が現地に潜り込ませていた軍関係者という線は消えた。現地徴用者か、たまたま出会った原住民が。いずれにせよ、強化処置や知識もない非文明人だ。騒がれるとやっかいだが、それほど苦労はしないだろう。

 ふと、フラジに疑念が湧いた。もし、帝国軍人が相手だったら?帝国の技術を相手にしなければならなかったら?現地と同レベルの装備しかない自分は、最悪の場合返り討ちにあうのでは?暗殺という任務を生業として続けていくための掟に、なぜこんな欠陥があるのだろう?


(仕事が終わったあとで、ゆっくりと考えればいい)


 疑念を振り払うようにフラジは踵を返すと、山小屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る