02 追跡者
タケルは背負っていたリュックを降ろし、中にに入っている物を取り出した。エナジーバーやペットボトルの水、ライトなど、必要な物だけを、これもまたリュックのポケットに入れていた折りたたみバッグに詰め替える。残りの物は後で取りに戻ればいい。空になったリュックのショルダーストラップを最大まで伸ばし、逆さまにして彼女の脚を通す。その状態でタケルがリュックを背負えば、即席の
すでに陽は傾きかけ、あたりに暗闇が迫りつつある。タケルは腰にLEDカンテラをぶら下げて、足下を照らすことにした。必要な物を入れたバッグは、伸ばした紐に腕を通して斜めがけにする。そのまま2,3度、身体を軽く上下に揺すって安定していることを確かめ、両手にトレッキングポールを持ちゆっくりとタケルは歩き出した。
意外に軽い、とタケルは心の中で呟く。子供の頃に妹を背負って山道を歩いたときは、もっと重く感じた。もっともあの時はふたりとも幼く、そして怪我をしていた……。
タケルが背負っている美女は、エルナ・サーク・トワという。突飛すぎて信じがたいが、銀河の巨大帝国皇帝の娘、皇女だと怒鳴り爺、じゃないドナリエルと名乗った謎の声が説明した。まぁ、金属のような銀色の言葉を喋る蛇(のようなもの)を目の当たりにすれば、銀河帝国なんてものも信じざるを得ない。まぁ、そんなことは横に置いて、エルナの安全を確保することが先決だ。背中に気を配りつつ、タケルは急いだ。
『突然刺客に襲われ、やむなく地表に逃れたのだ』と、ドナリエルは説明した。逃れた先が、たまたまこの山だったと。
『我が力が足りず、姫に傷を負わせたばかりか原住民の力を借りることになろうとは。情けない、なさけない』
泣き言を繰り返すドナリエルは、タケルやエルナのような人間ではない。知性を持った人工の存在、いわゆるAIであり、その身体は、変形自在な流体の金属、《エナー》でできている。《エナー》を地球の言葉に変換するとすれば、「スマートメタル」が一番近いだろうとドナリエルは言う。
今、
“言う”と書いたが、ドナリエルが口のような発声器官を使って話している訳ではない。タケルの鼓膜を直に振動させているのだ。自分の体の中に、得体のしれない存在が潜り込んでいる、と考えると少し気味が悪い。
それよりも問題なのは、未だにエルナの意識が回復しないこと、そして刺客がまだエルナを狙っていることだ。
地球の若者であるタケルにしてみれば、正直、銀河帝国の姫君とか喋る金属とか、それだけでも混乱しているのに、その上に命を狙う暗殺者がいるなんて、頭が破裂しそうだ。だが、背中に感じるこのぬくもりは現実で、守りたいと思わせるものだ。あの時の、妹と同じように。
「刺客があなたがたと同じ世界から来たのなら、地球上のどこに逃げても同じなのでは?」と、タケルは疑問を口にした。
『追ってくる者は、そのやりくちから見てゼダ暗殺団だ。きゃつら暗殺者どもは、目立つことを嫌う。それに、ゼダ=カルの掟がある。原住民でも付け入る隙はあるかも知れないな』
◇
フラジ2535は、棚から一振りの長剣と二本のナイフを選び、長剣は背中に背負いナイフは左右の腰に差した。実弾を打ち込む銃火器の類は持たない。本人は認めていないが、フラジの個性、つまり相手を殺害する際に音を立てる銃火器よりも
静かに殺すことができる刃物を好むという嗜好によるものだ。
この惑星では未だレーザーですら小型化されていないから、軽ボディアーマーと追跡装置だけでいい。各種の装置や武器を組み込んだ強化服は、
『ボクも連れて行ってよ』と、船内スピーカーから声が流れた。
フラジがデボルと名付けた、パートナーAIである。性能のランクで言えば、それほど高くない、今はまだ育成中のシステムだ。小型の端末にシステムを移して持っていくことはできるが、機能が制限されるし、今回の仕事では役に立たない。デボルの役割は、艇の操縦補助やフラジの健康管理、情報収集などだ。
「ダメだ。掟に背くことになる」。
暗殺や隠密活動、破壊工作といった影の仕事を生業として数世代。その間、一族が生き残るために定めた規範、それがゼダ=カルの掟だ。そして、掟のひとつが「文明化されていない惑星に逃げ込んだ標的を追う際には、その文明のレベルに合わせた装備で任務を遂行せよ」という掟だ。この地球という惑星では、まだ携帯可能な光学兵器やAIによって制御された支援兵器などはない。したがって、パートナーAIを連れて行くこともできない。たとえ、パートナーAIにとってフラジの生命身体を守ることが第一の優先事項であっても、この惑星上ではオーバースペックとなり掟に背くことになる。
それに、フラジはターゲットのいる場所に検討がついていた。
追跡してきた脱出ポッドは山麓に激突して分解したが、ターゲットの死体は見つからなかった。とすれば、飛行経路のどこかで脱出したはずで、脱出するなら高度が低くなってから、つまり、比較的近くに降りたはずだ。
「すぐに戻る」と言い残して、フラジは航宙艇を出た。
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