07 迎撃準備
トンネル崩落現場。
遠くから小さな光が近づいてくる。それはやがて、自転車に乗った人の影になる。キキッっとブレーキの音を立てて止まる自転車から、制服を着た男が降りてくる。この村の駐在。崩落の音を聞いた村人から通報があったのだ。彼は自転車を降りてトンネルに近づきながら、ライトを付けて入り口から奥を照らした。
「ありゃりゃ、こりゃ見事に埋まっとるねェ」
もう長いこと通行止めになっていた道で、誰も使っていなかったとはいえ放置はできない。もう日が暮れているから、村長は酒かっくらっているだろうし、朝一番に役場に連絡するか、あー役場の事務長には電話しておくかね。帰りにこっから一番近い
ガラガラと音がした。よもやまた崩落?駐在さんは慌ててライトをトンネルに向けた。そこには、あってはならない物が岩から生えていた。腕。人の腕だった。腕は一旦岩の中に引っ込むと、今度は破壊音とともに岩が砕け散る。そして、その粉塵の中から黒ずくめの男が現れた。男はぐるっと周囲を見渡すと、おもむろに前へと進み出した。背後では、再びトンネルの崩落が始まっていた。
岩から出てきた黒ずくめの男――フラジ2535だ。
彼は悠然と歩を進め、駐在さんの前を通り過ぎる。銀河共通語が通じる文明化された惑星であれば、捕らえて情報を引き出すこともできるだろうが、言葉の通じないことが分かっているのに無駄な時間を取ることもない。それに、“任務とは関係の無い者へ危害を加えてはならない”という掟もある。
(また、掟だっ!)
静かな怒りを燃やしながら、歩いて行くフラジの背中をただ呆然と見送っていた駐在は、慌てて腰に手をやる――が、そこに拳銃はない。車と牛がぶつかったくらいしか事件の起こらないこの村で、思いだけの拳銃は不要と携帯しないことが常になっていたのだ。それでもなんとかしなければ、と思った駐在が顔を上げた時には、怪しげな男の姿は闇に消えていた。
◇
ドナリエルは、その様子を見ていた。タケルのスマートフォン(の残骸)を利用した監視装置をトンネルの近くに置いておいたのだ。
「よし!行くか!」
タケルが立ち上がる。自宅(ここ)を戦場にしたくない。途中で迎撃だ。残光丸を手に、裏口へと向かう。そこには、祖母が立っていた。
「エルナさんのことは、私が責任を持って守りますからね」
タケルにあてた言葉なのか、それともドナリエルか。その両方だろう。タケルは軽く頷くと、土間へ降りてスニーカーを履き、あらかじめ用意していたバッグを手にとった。勝手口を開けながら、後ろに立つ祖母に向かって「行ってきます」とだけ声をかけた。
「それにしても」と、タケル。
「さっきのあれ、なに?」
『さっきのあれ、とは何のことだ?』
「だから、ボクのことは原住民だのなんだのとさげすむくせに、なんでばぁちゃんにはあんなに丁寧だったのか、ってことだよ」
暗殺者を迎撃するための準備をしながら、タケルはドナリエルに愚痴る。実のところ、何か喋っていないと逃げ出してしまいそうで怖いのだ。戦い自体が怖いのでは無い。山の中でエルナたちに出会い、助けながら山を下りていた時点では、まだ実感は無かった。しかし、トンネルで暗殺者を見たとき、そして、むき出しの殺意を向けられたときから、少しずつ、タケルの中に“死”というイメージが染みこんでいった。
勝てるのか?
死にたくない。
守れるのか?
守りたい。
自分の中に生まれた恐怖と、タケルは戦っていた。死ぬのは怖い。しかしそれ以上に、エルナを守れず逃げ出してしまうことが怖かった。だから、戦いではない話題を出して気を紛らわせているのだ。
『ふん。尊敬すべき人物に対しては、それなりの態度で臨むことは当たり前だ。そばについているAIが失礼な態度を取れば、姫様の名声に傷がついてしまうではないか』
人を見て態度を変えるのは当然である、とドナリエルは言っているのだ。こうもあからさまに言われると返しようもない。
「ボクにも少しは敬意を払って欲しいもんだねっ、と」
準備を終え、タケルは立ち上がる。
『それなりの事をなせば、評価してやらんでもない……来たぞ』
なんとか間に合った。タケルは残光丸を手に、道の真ん中に立ち相手を待った。左手には河原、その先の川は、前日の雨で少し増水していて、いつもより流れが激しい。
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