第三話 屋根の上の暗殺者

 ジリアンはさっきまでの笑顔の女性とはまるで別人になっていた。最初に現れた時はどこにでもいそうな雰囲気だったが今は違う。真剣な眼差しで必死に何かを訴えているその表情は本物の革命家の顔だった。


 民衆もその熱意が伝わったのか彼女から目を離さず頷きながら言葉の続きを聞く。中には『その通りだ!』や『戦ってやろうじゃねーか!』などと戦意が高まった声が響く。男だけじゃなく女も同じ態度を示した。


「もし敵がこの地に足を踏み入れれば最初に犠牲になるのは女、子供、そして老人です。戦争は力のない者達を先に殺すのです。侵略者は悪魔の笑みを浮かべながら1人また1人と無抵抗な人々の命を容易く切り裂くでしょう。若い女は犯され赤ん坊は火に投げ込まれ老人は化学兵器の実験材料にされます。これは悪夢ではなくこれからの現実です。」


「そんな事させねえ!」


「もし奴らがのこのこやってきたら後悔する間もなくぶっ殺してやるわ!」


「そうだ!」 「そうだ!」 「そうよ!」 「そうだぜ!」


「そう、戦いましょう!家族や友人や恋人、いえ、それだけじゃない!この国の未来を守れるのは自分自身です!」


 民衆はざわめき戦おうとお互いに団結を始めているようだった。男は武器を揃えようと叫び女は弾や軍服を作るわと気合いを入れる。ジリアンの演説は予想以上の速さで数百の人々を1つにまとめ上げた。彼女の言葉には力があり皆を奮い立たせた。


「あなた達だけを戦場に向かわせるつもりはありません!私自身もライフルを手に前線で命を捨てる覚悟です!ドイツ帝国は確かに強大な国です!ですが所詮は武器と兵器だけの抜け殻の国、恐れることはありません!我が故郷イギリスはフランス、ニューオルレアンと共に戦います!相手はたった1つ、ですがこちらは3つ!そして全員が家族です!!」


 今まで一番大きな歓声が広場で響き渡った。それはまるで数千人の叫びのようだった。それはしばらく続いた。大人も子供も希望を見出し大幅に士気が高まったように見える。ジリアンはそんな彼らの様子を笑顔で見下ろしていた。


「最高よジリアーン!!」


 エリーネも手を振り彼女には聞こえるはずもない賞賛の言葉を発した。それから短い時間が経ち胸を打つ演説も終わりを迎える。相変わらずの歓声と拍手で幕は閉じられた。


 最後は町長とその娘が彼女に装飾箱と大きな花束を手渡す。人ごみの最前列にいた記者達がその瞬間を逃がすまいとカメラを撮る。ジリアンは目に涙を浮かべ2つの贈り物を両腕に抱えながらお辞儀をした。無数のフラッシュがステージの上を照らす。


「・・・・・・ねえ、パパ。」


 さっきの子供が上を指さし言った。


「どうした?」


「お家の屋根からもジリアンを見てる人がいるよ。」


 父親は『え?』と一言洩らすと不思議に思いながら指先の方向を見上げる。確かに人の姿があった。だが民間人にはどうしても見えなかった。中世の軍服に見立てたような服装にその上に身に着けているアーマーに赤いマント。顔も赤い色の包帯で覆われていた。ニューオルレアンの兵装ではなかった。王室護衛官の身なりに似ているがやはり異なる。


 よく見るとジリアンを取り囲むようにまわりの建物全てに同じ格好をした奴らが立っていた。それぞれその場から動かず祭りのように賑やかな下を見下ろしている。民衆は目の前のヒロインに夢中になり彼らの存在など眼中にはなかった。


「何してるんだあいつら?」


 やがてそいつらの1人が右手でジリアンを指さし首を?き切る仕草をする。それを見たもう1人が背中とマントの中に隠してあった何かを取り出した。それは得体の知れない四角くて銀色に輝く金属製の塊に見えた。


 上部を掴み前へ伸ばし後ろも同じように伸ばし先端を折り曲げる。下部の中からグリップのようなものを取り出し緑に光る電球のようなガラス玉を押し込む。そして小型の望遠鏡みたいな細長い棒を上部の中心に取り付けた。誰が見ても分かる。それは紛れもない『狙撃銃』だった。この国にはない代物だが形だけで容易に判断することが出来た。


「・・・・・・やはりあいつらは護衛じゃない!暗殺者だ!」


 唯一その事に気づいた父親は表情を一変させ言った。


「アンサツシャ・・・・・・?」


 我が子の質問を無視しジリアンに向かって叫ぶ。



「ジリアン!!そこから逃げろ殺されるぞ!!」



 必死に手も振る。だがその声は鳴り響く喝采の音に紛れ届くことはなかった。狙撃銃を持った暗殺者は王に忠誠を誓うようにしゃがみスコープを覗いた。長い銃口をジリアンの頭に向け引き金に指をかけ安全装置を外す。


「エクトル、今すぐここから離れろ!広場から出るんだ!」


 エクトルと呼ばれた子供を地面に降ろしステージの真逆の方向を指さす。


「どうして!?パパは来ないの!?」


「いいから早く行くんだ!ここは危険だ!家に向かえ!私もすぐに行く!」


 エクトルは泣きそうな顔で頷いた。父は『いい子だ』と頭を撫で人ごみの中を走らせた。その後すぐに振り向きポケットから再び懐中時計を取り出した。右手で強く握りしめ思い切り振り上げた。

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