第二話 ジリアンの演説会場
演説会場では何百人もの人間が集まっていた。全員がこれから訪れる救世主の登場を待ちわびていた。ざわざわと静まる事のない民衆に溢れその大半が広場の中心に設置されたステージを見つめている。階段へと続く道には多数の警官が横に綺麗に並んでおり民間人の侵入を防いでいた。
「ねえパパ、ジリアンはいつ来るの?」
大勢の人間の中の1人の子供が聞いた。父親は我が子を抱きながら右ポケットに手を入れ懐中時計を取り出す。蓋を開き時間を確認する。
「あと5分くらいだ。すまないが降ろすぞ?彼女が来たらまた抱っこしてやるから。」
「しかし、あの聖職者が我々の住む町に来るなんて夢にも思いませんでしたな。」
別の民間人が言った。
「ほんとよね、彼女が来れば千人力よ。きっと私達を導いてくれるわ。」
どれもこれも期待を膨らませる内容の話ばかり。皆、希望に満ち溢れている。暗い思考の表情をしている者は誰もいなかった。
エリーネもその中に混じりジリアンの到着を待っていた。大の大人に挟まれながらも人と人との隙間からステージを見上げていた。するとこの街の町長がステージに上がっていくのが見えた。どうやらメインゲストが来るまで前説をするつもりらしい。
人々の前で丁寧にお辞儀をし町長は口を開く。
「親愛なるメルクリウス市民の皆様、間もなくジリアン・オールディス氏がご到着します。」
市民達は沈黙し高い位置に立つ男を見上げる。しばらく続く退屈な前説に当たり前のように聞き流す者は多かったが真剣に話を聞く者もいた。やがて警備隊の1人がステージに上り彼の耳元で何かを囁いた。町長は表情を一変させ2回ほど頷くと速やかに階段を降りる。再び人々はざわめき始める。
次の瞬間、大きな歓声が沸き上がった。それは数百人の伝言ゲームように広場全体に広がった。歓喜に満ちた言葉にならない叫び、こっちを見てくれと言わんばかりに大きく手を振る。とうとう偉大な英雄が現れたらしい。
ジリアン・オールディスの姿が見えた。民衆を抑える警備隊の間を彼女は歩いている。後ろ以外のすべての方向を見回し笑顔で手を振る。ジリアンコールが響く。
「ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!」
想像以上の温かい歓迎を受けながら彼女はステージに上る。
「ニューオルレアンにようこそ!ジリアン!」
「ジリアン!こっち見てー!」
「この日を待ってたぜジリアーン!」
カリスマ性に魅了された民衆を愛し愛されたヒロインは自身も嬉しそうにお辞儀をして再び大きく手を振った。さっきよりも遥かに大きな歓声が響いた。子供ははしゃぎ大人は目に涙を浮かべ喜ぶ。エリーネも今にも失神してしまいそうに惚れ惚れとした表情を浮かべていた。
「ごきげんよう、ニューオルレアンの皆さん!温かい歓迎ありがとうございます!」
3度目の歓声が響く。その後すぐに静まり返る。
「凄く感激しました。ホテルにいた時はあまりにも緊張していたので朝食を食べたらすぐ帰ろうと思ってたんですが来てよかったです。」
そのジョークに大勢が大笑いし会場はさらに盛り上がる。
「私もニューオルレアンに来れてよかったです。この国の力になれる事を誇りに思います!」
こうしてジリアンの救済の声とも呼べる演説は幕を開けるのだった。
「ニューオルレアンは美しくどこを見ても平穏、正に『天使の国』と言えるでしょう。私は船を降り港に足を踏み入れた瞬間に笑顔ばかりの光景を目にし感動しました。しばらく涙を目に浮かべこの平和な国を必ず守ろうと誓いました。こんなにも素晴らしい街を戦争や汚れた政権で汚させるわけにはいかないと!皆さんも知っている通り『アガディール事件』の発生により愛国であるフランスはモロッコへ出兵しました。運よくここニューオルレアンは国際紛争には巻き込まれず経済も被害を受けず平穏は保たれました。・・・・・・ですが幸運は何度も続きません。フランスとドイツ・・・・・・この両国の関係は今や水と油と言ってもいい程の状態、いつ本格的な戦争が起きても可笑しくありません。もしそうなればこの争い知らずの楽園でも決して他人事ではなくなるのです。」
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