三章 在りし日の記憶
思い出していた。自分がどういう存在だったかを。自分は、ある科学者に作られた。科学者の名は知らない。ただ、自分の事は、ゼロナンバーのメナサ・プロトという事だけ教えられた。自分は人造生物で、時を越える力を持っているとも。そんなある日だった。研究所だった科学者の敷地内に、侵入者が現れた。それは直ぐに捕縛され、監視室に入れられた。まだ年端もいかない子供だった。メナサは、子供というモノを観るのが初めてだった。自分を作った者に、この子供に会わせてほしいと言った。学者は暫く悩んだが、ただの子供だという報告を受け、「まあいいだろう」と言って、簡単に会う事が出来た。
「あなたの名前は?」
「……」
何も喋る気が無いのだろうか? 子供と言うのは、こういうモノなのだろうか? メナサは、彼がどうしてここに来たのかが気になった。暫く沈黙が続いたが、子供は身の上話をしてくれるまでになった。名をアークと言うらしい。フルネームは、アーク・スペンサー。最近、エニーと言う名の初恋の少女を失っと聴いた。そしてその子には、兄のロックと言う子が居たと。それでも、何故この研究所に来たかは明かさなかった。
「どうするんですか? 何か嫌な予感がしますが」
研究員の一人が、メナサの生みの親に行った。
「大丈夫だろう。怪しい機械も何も持ち合わせていない」
アークと言う少年は、暫く経って号泣を始めた。メナサは、心配で監視室の中に入れて貰えないかと言った。流石に首を直ぐに縦には触れなかったが、ただの迷い込んだ子供が何をする訳でも無いだろうと、メナサに紅茶入れさせ、カップ持たせて許可した。
「大丈夫ですか?」
すると子供は泣きやんだ。
「やっと入ってきてくれたね」
「?」
そう疑問符が浮かんだメナサの右胸に、子供は鋭い何かを突き刺した。
「ガァッ!」
そのままメナサは、痛みで痙攣を起こす。すると、子供はメナサの体内から、何かを取り出した。子供がメナサの胸に刺したのは、自らの右手だった。しかし、その右手は銀色に変化し、鉄の様に硬く鋭利な刃物の形を取っていた。様子を見て唖然としていた監視員が告げた。
「ミュータントです!」
科学者達は、しまった! と、全員即座にメナサの体内にあったある物の機能を停止しようとしていた。しかし――
「駄目です! ミュータントの干渉能力が強すぎて、時代干渉システムの制御が出来ません! このままだと、プロトごとあの子供は消えます!」
「馬鹿な!」
この時代では、珍しくなかった。遺伝子改良をされた子供達が生まれ、その結果異常な能力を身につけてしまった。そんな子供達を集めた孤児院があったが、そこは強固な施設だった。そこからの脱走は不可能な程の警備体制だったのだ。しかし、アークと言う子供は、そこからの脱走者ではなかった。何故、ミュータントが一般の人間と溶け込んでいたのか? そんな事はどうでもよかった。時代干渉をその子供は引き起こし、メナサ共々消え去ってしまった。メサナを作った科学者は、絶望した。この研究には、わざわざメナサ・プロトのオリジナルの遺伝子から彼を作り上げるという一大プロジェクトだった。そんな計画の全てが台無しになった。オリジナルのメナサの居る先はもう解らない。
「全てが台無しだ!」
時空の狭間で、メナサ・プロトである彼は、考えていた。ああ、もうあの時代には帰れないのか。と。すると、何処からか不思議な光が現れた。その光はこう言った。
「私と同じ貴方。いつか、本当の事が解るまで、ある時代に今から飛ばします。どうかそこで、平穏に生きて下さい」
その言葉を聴き終ると、彼は今の時代へと現れたのだった。そこに遭遇したのが、メナサの知っている人物だった。一通り思い出したメナサだったが、暫く寝込んでいた。その間、グラレンドが観ていてくれたらしい。そして、粗方の事をグラレンドに話す。
「記憶を取り戻したんだね」
「はい」
「まだ、この仕事を続けるのかい?」
「続けますよ」
グラレンドは、苦笑してこう言った。
「そういう所は、オリジナルのメナサに似ているね」
「知ってたんですか?」
グラレンドは、吐息交じりに話した。
「私も回収に居た頃。同じ目に遭って、その時は誰も居なかった。その時、君のオリジナルに会ったんだ」
つまり、彼は――
「じゃあ、もしかしてその名前は……」
「偽名だよ。本名は、レイヴァン・ラート」
自分の記憶が正しければ。いや、正しくセットされていれば、グラレンドと言う人は、時空の旅で知り合った人のはずだった。それが全く別人だったという事だったが、本物のグラレンドに彼は似すぎていた。余りに似すぎていたのだった。
「そうだったんですね……」
メナサの言葉を聴き、レイヴァンは、申し訳なさそうに言う。
「騙していたのは悪かった。でも、君を守るように言われたんだ。君のオリジナルにね」
「私のオリジナルも、時を越えられるんですね」
「もう考えないほうが良い。君にはもう……」
「そうですね……私は、もう……」
すると、メナサの寝室の入り口の影から、聴き覚えのある声がした。
「おいおい、泣いてんじゃねーよ!」
レイヴァンが驚きつつ言う。
「ハイズ、いつから居たんだい?」
「メナサの正体とお前の本名辺りから」
「内緒にしてくれよ?」
「おう。それよりも、酒でも飲まないか?」
レイヴァンは、やれやれと頭を横に振りながら言った。
「メナサは病み上がりだよ?」
「そいつの何処が病み上がりなんだよ。行くよな? メナサ」
ハイズは何だかいつもと違って、気を使っているように思えた。それを同時に感じ取っていたレイヴァンが、耳打ちで言う。
(……ハイズなりに気を使ってるんだよ……)
それが聴こえてきたハイズは、照れ隠しに粗っぽく言い放つ。
「聴こえてるぞー! おら! ストロベリーキャット飲みに行くぞ! 異論は認めん! さあ、来い!」
ベッドから体を起こして、メナサが小声で言う。
「あの……」
「あーん? 今更行かないは無いぞ?」
それは違うんだという事を伝えたかったが、酒の席でもいいだろう思った。
「いえ」
メナサは、それだけ言って少しだけ笑っていた。
「仕方ない。行くか! メナサ」
レイヴァンは、笑いたい気持ちを抑えているらしい。顔が若干笑っていた。
「おっしゃー! 今回は……誰の奢りだ?」
ハイズは、レイヴァンの方を凝視する。レイヴァンは、やれやれと思いながら言う。
「口止めに私だね」
メナサは、いつも通りの日々がまた戻ってくるのだと思いながら笑って言った。
「行きましょう」
それぞれの時代にそれぞれの人生がある。それを知らずして、人生とは何だろう? そう考えるのも良いかもしれない。ただ、そこに自分の真実が見いだせるなら。それは、この仕事を続ける事の本当の意味になるのだろう。メナサは、そう思いながら、ストロベリーキャットを飲み干していくのだった。アークと言う少年にも幸があらん事を願って。
終
原作初期版ボイスコレクトワーカー 星野フレム @flemstory
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