二章 メナサ
「ようメナサ」
「あ、ハイズさん」
「どうだ? もう慣れたか?」
そう言われて、もう大分慣れたとメナサは言った。
「そうか。……ところでお前、まだそのままなのか?」
「何がですか?」
不思議そうにメナサが答えると、ハイズは苦い顔をして続ける。
「いや、まあいい。ま、頑張れよ。ああ、そうだ」
メナサに用事がある人物が居ると言われ、その名を聴く。
「グラレンドが探してたぞ」
グラレンド。メナサの記憶が正しければ、自分を発見して保護し、この職の適性テストまで付き合てくれた恩人だった。よく思い出せないが、自分がこの時代に居る事は、余りよく解っていない。ただ解るのは、自分がこの仕事を続けなければ、何も思い出せないかも知れないと思っていた。メナサは記憶喪失者だった。ある日突然この時代に訪れ、その前の記憶が全くなかった。正しくは、途切れ途切れで思い出すくらいだが、完全では無かった。とにかくメナサは、グラレンドの話を聞きに行くことにした。
「やあメナサ」
「用事とは何でしょう?」
グラレンドは、深刻な顔をして次の言葉を放つ。
「今回の仕事に関してだ」
「どういう事ですか?」
「君が回収作業に行くエリアで、君を保護した時と同じ粒子が検出されたんだ」
「どういう事でしょう?」
「時代干渉と言う例を知っているよね? 今回君の行くエリアのメモリが発する粒子は、少なくとも君の過去に関わる事かもしれないんだ」
メナサは、自身の過去が解ると聞き、淡い期待の言葉を放つ。
「……それって、私が誰か解るという事ですよね?」
「そうなるね。だが、私は君を信じている」
「よく解りませんが、回収に行ってきます」
「……そうか。気を付けて、メナサ」
どうして、グラレンドがあんな事を口にしていたのか? メナサは不思議だった。最早、仕事は日課であり、メナサにとっては当たり前の事になっていたからだ。しかし、自分の居た時代の事が解るのかも知れないと思うと、少しの期待があった。そして、回収エリアに着くと、メナサは作業を始める。最初のメモリを見つけて、それを解析した。
『私達が生きた時代の事を話しましょう。あなた達がこの記録を聴く頃。きっと私達は、存在しません。ならば、時代の目撃者になって下さい』
「……これは、過去から未来へのメッセージ」
思わず言葉が漏れた。今回のメモリは、何処となく何かが違う。少なくとも新人だった頃とは、全く違った内容だと思った。次々メモリを発見、解析をして行く内に、自分が解析しているメモリに対して、必ず言葉を放つ事に気が付いた。そして、回収エリアも最後に差し掛かった頃だった。メナサの記憶の中に、ある名前が残っていた。
『君の目の前に僕は居るよ。僕は、世界を旅する子供。アーク、アーク・スペンサー』
このメモリを聴いた時から、何かが引っかかっていた。その名前を何故か思い出すと、懐かしい感じがした。それと同時に何かの胸騒ぎも感じた。極めつけは、あのメモリだった。
『俺はエニーの兄、ロック。お前の居ない時代は、詰まらん。エニーの居ない時代もな。だから――』
エニー、ロック。この名前を自分は知っている様な気がした。何故だかは解らない。しかし、メナサの脳裏には、何か楽しい映像が一瞬流れ掛けた。ふと、体がふら付くのにぎくりとしたメナサは、そのままセンターへと帰還する事にした。帰還すると、目の前に子供が居た。まず、このセンターに子供が居る事自体がおかしな事だった。まだ、仕事の適用性も無い義務管理下の歳だろうと思ったが。子供の瞳には怪しい色が宿っていた。そして、その子供は、メナサに話しかけた。
「君、メナサだよね?」
「君は?」
「忘れちゃったの? 僕だよ」
子供と会話を始め、数秒後。センター内で警報音が鳴りだした。それと共に、アナウンスが入る。
『緊急警告! 緊急警告! 時代干渉発生! ワーカーセンター内の職員は、ワーカーの保護を優先して下さい!』
数人しか居ないワーカーセンターで、時代干渉の警報音が鳴る中、メナサは何が起こったのか解らなかった。そして、子供が自分の名を告げる。
「僕は、アーク。アーク・スペンサー。忘れてないよ、君の入れた紅茶」
その名を聴いた瞬間、メナサは混乱と頭痛に陥る。そして苦しげに言葉を放つ。
「そんな! 貴方が何故!? どうして、子供のままなんですか……? くぅっ!」
激痛が走る。何かが自分の中で弾けた。記憶が思い出されていく。そう、アーク。確かに覚えている。メナサの帰りを待っていたグラレンドが、慌ててデータベースを照合する。
「時代干渉者が子供!? データベースに載っている人物か! メナサ! 直ぐにその子から離れろ! 巻き込まれるぞ!」
何故か、全員が金縛りにあったかのように自由に動けなかった。その中で、メナサと子供の会話は続く。苦しげに言葉を放つ。
「アー……ク。どうして、こんな事を」
「僕は君に会いに来ただけだよ? どうしたの? そんなに苦しんで……」
アークと言う子供は、怪しげに笑っていた。その笑みは、とても無邪気な子供には見えなかった。もっと何か深々強いモノをメナサは感じていた。すると、ハイズが動けない状態を必死にもがきながら、子供に罵声を浴びせる。
「おいガキ! てめぇ、メナサとセンターに何した!」
ハイズの罵声を聴き、メナサはハイズに呼びかける。
「ハイズ……さん……危険です。この人は……この子は……」
ハイズは、懸命に体を動かすが、全く思い通りに動かなかった。それを観ながら、子供はクスリと黒い笑みを浮かべた後、子供は言う。
「あ、時間が来たみたいだ。ごめんねメナサ。僕行かないと」
メナサは頭を片手で押さえながら、もう片方の腕をアークの方へと伸ばす。
「待ってくだ……さい。まだ、何も……」
「残念だなぁ。折角この力を奪ったのに」
「時を越える……能力をあの時――奪ったのは……」
アークは、無邪気な笑みを浮かべて答える。
「うん。まだ必要なんだ。エニーに会いに行かないと」
会話の内容が解らなかったハイズは、メナサに問いかける。
「おい! メナサ! さっきから何を?」
「メナサ!」
グラレンドも必死にメナサに呼びかける。
「また、来るよ。大好きなメナサ」
その言葉と共に、子供は、その場に居なかったかのように消えてしまった。時代干渉が終わり、センターは警報を解除し、アナウンスを流す。
『時代干渉が収まりました。ワーカー全員の安否確認終了。全員無事です』
動けるようになったハイズがメナサに駆け寄る。ふら付いているメナサ。
「何だったんだ? アイツ……。あ、おい! メナサ!」
倒れ込みながら、メナサは呟いた。
「もう帰れない……あの時代に……」
「?」
ハイズは疑問に思うが、メナサはそのまま倒れ、意識を失う。
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