一章 メモリ
ハイズは、初の回収で随分マニアックなメモリたちと出会っていた。先輩ワーカーは、逐一説明をしてくれる。このメモリは、音声形式のものが多く、今ハイズが所属しているワーカーセンターは、ボイスメモリを回収するのが主な役割だとも。様々な時代のメモリがあるが、メモリ解析中は、そのメモリの音声を聴く事ができた。
『あー、それね。僕も言ったんだよぉ! やっぱりパスタだって!』
どこかで聞いた事のある台詞だ。当時のアニメ何かだろうか? 色々なメモリがあるが、ほとんどの音声記録であるメモリには、そういうモノが多かった。ハイズは、予想通りだ! と、胸を躍らせていた。それを観て先輩ワーカーは言った。
「こんな仕事楽しいとは思えんが、ハイズだったかな。君はよくここを選んだね」
「え、面白いじゃないですか! ここまでマニアックなメモリたちを回収する仕事って、結構出会うごとに楽しいと思うんですよ! そうじゃないですか? レイトさん」
レイトと呼ばれた黒髪の中年男性は、ハイズの前向きっぷりに少し驚いていた。今まで自分は、色々なメモリを集めてきたが、その中に何かを見出そうとは思ってもいなかった。レイトは、自分が新人だった頃を思い出したが、それでも今の目の前で仕事を楽しんでいる人物を観た事も無かった。それに先程「選んだ」と言ったが、ハイズもこの仕事に適任だから、配属されたのだと聞いていた。つまり、機械が選んだのだ。レイトは、そんな機械尽くしの生活が嫌だった。どちらかというと、アナログな思考が強かった。その為、この仕事に就く前は、色々とデモ行為に参加したこともある。そんな自分の過去とハイズを照らし合わせると、この新人は、稀に見る天職というモノを手に入れた人物なのだろうと思った。レイトには、それが少し羨ましかった。そして、最初の回収業が終わる。
「ありがとう御座いました!」
「あ、ああ」
先輩ワーカーは、少し戸惑いの表情を浮かべていた。どうしてこんなに感謝されているのだろう? この時代だ。当たり前じゃないか。そう思っていたレイトに、新人はとある事をしたいと言ってきた。
「メモリの確認か?」
「はい!」
物好きだ。そう思ったが、それもこの仕事の一環でもあるので、付き合った。
『人民戦争を無くさなければ! 戦争は終わらないのだよ!』
ハイズは、真剣に聴いていた。メモリがあるであろう地点をエリアと呼び、各地で大体十個のメモリが存在している。それを3エリア程に区分けして回収するのがこの仕事だ。何処の誰かが作ったメモリなのかは解らないが、そんなボイスメモリを集める事から、このワーカー職は、ボイスコレクトワーカーと言う正式名称が有った。恐らくハイズは、それが気になって、選択したんだろう。候補が幾つも有ったろう職種から、これを選んだ。大体三十個あるメモリを全て聴き終え、仕事を終了した。
「次からは、一人で回収だ。やれるな?」
レイトは、仕事口調でハイズに言う。
「はい! どうもありがとう御座いました! レイトさんの事、俺一生忘れません!」
ところ変わって、時代は十年ほど時を流れる。ここは、とある飲み屋だった。
「っていう……時代も、俺にはぁ、あっ! たんだよ……」
口調がおかしいのは、酒に酔っているからだろう。同僚で飲みに来ていた友人が思った。
「この仕事に飛び込んできた時の最初の君は、凄く張り切っていたんだよね」
微笑しながら、横で酒に溺れる青い髪の男を観ながらそう言った。そして、彼の名を呼ぶ。
「ハイズ、そろそろ店を出よう。マスターがもう閉店だって言ってるよ」
「あー? んなこと! 知った! 事か!」
やれやれと頭を横に振る同僚。同僚は、自分の奢りだと言って、ハイズを店から引きずり出すと、そのまま彼の自宅まで歩いて行った。仕事には相変わらず真面目なハイズだったが、ある癖があった。その癖は、ハイズが担当した新人なら大体知っている。
「あの癖は、まだ出てるそうだね」
「あったりまえだ! でなきゃやってられっか!」
同僚は、微笑すると彼らしいと思いながら、ベッドまで彼を運び、そのままハイズの自室の椅子を持って来て座ると、暫く話をする事にした。酒でやられて眠ってしまうまでは、まだ時間があるだろう。すると、自分の名を呼ばれた。
「なぁ、グラレンドぉ」
「ん? なんだい?」
ハイズは、目を閉じつつ言った。あの時の先輩ワーカー、レイトの事だと話し始めた。
「あの人はなぁ……反機械派だった人だ。だから、この仕事辞めちまってから、良い噂を聞かないんだよ。お前も知ってるだろうけどな」
レイト。確かに今は、都市部の地下施設を根城にした、反機械派の幹部になっていると聞く。その活動もオート世界に鉄槌をと掲げた破壊行為だった。幸い、自分達のワーカーセンターは彼らの破壊活動に遭っていないが、ほとんどのセンターが彼らの破壊活動で警戒を強めるのが、今の時代だった。グラレンドは、少し溜息を吐くと言った。
「もう、忘れたほうが良い。かつてのレイトさんは、もう居ないんだ」
「……」
「ハイズ?」
どうやら、眠ってしまったらしい。寝息を立てている。グラレンドは、そのまま彼の自宅を後にした。暫く時間が経つ頃、ハイズは体を起きあげた。まだ、ぼーっとしている。すると、胸ポケットに入れてある端末から、音が鳴りだした。彼は、端末のディスプレイを観た。どうやら、仕事の時間らしい。一緒に飲んでいたグラレンドは、とっくに職場に向かっているだろう。そう思いながら、身支度を終えると、自宅を後にする。
「お早うございます。ハイズ」
「ああ、おはよう」
職場に着くと、ワーカーセンターの受付アンドロイドに話しかける。一応、彼女には呼称があり、メアリという名があった。ハイズは、その名前のほうを呼ぶ。
「メアリ、グラレンドの奴が見当たらないが」
「ワーカーグラレンドは、現在回収作業をしています」
「ほー、仕事中か」
「回収を開始しますか?」
「ああ」
「了解しました。エリア域の調整を行います」
エリアは、常にワーカーごとに違うエリアへと行くように、センターから直接移動場所を設定できる。今回ハイズの行くエリアは、どうやらメモリが密集した所らしい。
「エリア設定が完了しました」
「なあ、このデータ内だと、簡単そうだよな? あの回収が出来ないって嘆いてる奴に回せないのか? このエリアの回収」
メアリは、その言葉を聴いて、検索を始める。確かに、一人だけこのセンターに来てから、全く回収が出来ていないワーカーが居た。しかし、一度設定されたエリアを再び再設定するには時間が掛かる為、その所為をハイズに伝える。「そりゃ面倒だ」と答えるハイズ。落ち込む同僚のうわ言を聴きながら、移動エリアに向かった。
「さてと、仕事開始――」
端末から音がした、通話連絡らしい。ハイズは、端末からワーカーセンターからの連絡を聴く。話によると、今日新人が来るらしい。
「はぁ? 新人? 聴いてねぇぞ?」
「あの、すみません」
ハイズは、後ろからの声に振り向くと、苦い顔をした。猫耳、中年、メイド服。なんだこいつは? と、脳裏に巡る中、ハイズは彼を観ていた。新人は、一瞬不思議そうな顔をすると言った。
「飛び入りですが、宜しくお願いします」
「お前、名前は?」
「メナサと言います」
「そうか。俺は、ハイズ。まあ、最初だから、見学からだな」
ともかく、格好の事は気にしないでおこう。そう思いながら、ハイズは回収作業を開始する。現在の位置は、エリア1と呼ばれるエリアだった。最初から癖のあるメモリを回収する。その内容に対して、逐一ツッコミを入れるハイズ。
『ある日、爺さんはラスボスに。婆さんは支配者になりました』
「え? それどっちが上なの?」
聴いている新人は、何故そんな事をするのかと不思議がっていた。しかし、様々な時代のメモリが存在する。新人は、実に興味深く解析中のメモリを聴いていた。一々ハイズが突っ込むの大体慣れてきた。多分、こういう風に仕事をするのがこの人のやり方なのだろうと新人は思った。大体の回収作業が終えてから、ワーカーセンターに戻る事になった。今回は、ノルマの二十個を超えたエリア全域の三十個のメモリを回収していた。
「さて、たまには確認するか」
「あの、一緒に確認してもいいですか?」
突然の新人の言葉に、かつての自分を重ねるハイズ。
「別にいいが、お前も物好きだな」
少したどたどしいハイズの言葉に、新人はまた不思議そうな顔をする。そして、最後まで各メモリの確認を済ませると、ハイズは飲みに行くぞと新人を誘う。
「ストロベリーキャットってありますか?」
新人の言葉に見た目のままなのだと確認する言葉が出る。
「お前、観たまんまだな」
「?」
そのまま、ハイズは新人を連れてバーに飲みに行った。この新人。中々いける口で、ストロベリーキャットを何回も飲んでいる。結構度数が高いと聞いているが、それでも顔を赤らめながら飲んでいる新人。ハイズは、この新人がどうしてこんな仕事に就いたのかを知りたかった。格好の事はとにかく、彼の志望動機が気になった。
「なあ、メナサ」
「はい?」
「お前どうして、この仕事にしたんだ?」
「どうしてと言われましても……」
言葉に詰まるメナサに、ハイズは何か訳ありなのだろうと思い、それ以上は聞かなかった。今回は、新人の居る手前上、飲み過ぎは良くないと思い。ハイズは、そのまま飲み代を奢って、それぞれ帰路についた。それから一ヶ月後、メナサの仕事ぶりを観ながら、ハイズは話しかけた。相変わらず、あの時の格好のままなメナサだった。
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