最終話:転生者の未来

 七倍の敵に大勝利をおさめたリップラント軍の中では、この機に乗じて勢力拡大を図るべしとの声が大きかった。実際に国盗りを夢見ている連中がいたのだ。国盗りは男のロマン。

 しかし、伯爵は男のロマンを押さえ、難民で増えた人口を養うためにいくつかの穀物生産地を制圧するにとどめた。首都では穀物価格が急激に上昇したが、リップラント軍の動きが止まったことで、穀物価格も落ち着いていった。


 スグル伯は武備を整えながら水面下での和平交渉をはじめた。王国を実質的に支配する貴族たちの目には、いまや転生者狩りよりも戦死したナーバリア公爵たち反転生者派貴族の領地が、魅力的な草刈り場に写っていた。

 また王国軍の大敗をうけて、周辺諸国が領土的野心を抱いて蠢動していた。伯爵がわざと正規兵を逃がしていなかったら、四方から敵軍が雪崩込んでいただろう。

 このような条件下にあって、リップラント伯爵が自治権や転生者・デミヒューマンの人権拡大を求めても、領地は求めなかったため、講和は割とすんなり成立したのだった。今後、転生者は自由民の身分を公式に保証され、デミヒューマンの補助軍にはベテラン傭兵並の給料が支給される。正規軍への道も形の上では開かれた。また、異世界人と転生者の宥和を図るため、転生者協会が異世界人向けに開くことにした転生者語講座に予算がついた。

 実権掌握が遠のいた女王だけが浮かない顔をしていた。

 スグル伯は講和会議の席上こう言い放った。

「ナーバリア公爵は転生者を捕まえて、やれ権力欲にまみれているだの、やれ色欲が強いだの言ってくれたが、上昇志向も異性にモテたい気持ちも人間なら自然に持っているものだ。転生者のそれだけをことさらに取り上げて全体にマイナスイメージを焼き付け、を批判するのはアンフェアではないか!?我々貴族が転生者を非難できるほど高等な人間だと言えるのか。仮にそうだとして、そんなに欲のない連中が貴族で大丈夫なのか。私なら、かえって心配になる。……まぁ、転生者には我々貴族を見習って欲望の丸出しは控えるよう、私からも言っておく」

 仲間を失い怯える貴族たちは最後の皮肉に力なく笑った。

 伯爵は、自分を含めた転生者を弁護しながら、意識の上では何よりもこの世界の政治家になっていた。彼は自分の政策を決定づけた戦闘終了直後の軍師とのやりとりを思い出した。



 軍師はバラバラにされたナーバリア公爵の塚の前で長い間、たたずんでいた。伯爵はその姿を奇異に感じて話しかけた。

「公爵の最期は情けないものだったらしいな」

 彼女が顔を上げて、眼鏡がきらめいた。

「自分の命に貪欲な人でしたから」

「知り合いだったのか?」

「……父親ですので」

 冗談にしては悪趣味だった。それに納得できる記憶もあった。

「それではやはりナーバリア公爵は転生者なのか?」

「ええ、昔はとても数が少なくて認知されていなかったようですけど……なぜ父が転生者だと思ったんですか?」

 今度は軍師が聞いてきた。さっき悪口を言ってしまい決まりが悪くなったスグルはおざなりに手を合わせた。

「俺の野次を転生語だと聞き分けた。しかし、自分も転生者なのに転生者を攻撃するとは、どういう了見だったんだ?」

 どうやら転生者が国を乗っ取ろうとしていたのは本当だったらしい。犯人は指摘している本人だったわけだが。

 ルミナは静かに首を振った。それなのに、眼鏡の奥の瞳は動機に確信があるようだった。

「さあ?ただ、転生者同士が仲良しでないのは、伯爵もよくご存じでしょう。父の中では転生者としての自分より貴族としての自分が大きくなったのかもしれません。かつては既得権益を打ち破る立場だった転生者が、既得権益をえて守る側になったら、新参の転生者は邪魔でしょうね」

 転生者出身の貴族は、嫌な話だと思いながら、自分も同じ穴のムジナになりかけている気がした。すかさず軍師は言った。

「貴方も父のようにならないでしょうね?」

「……あー、転生者の意識を捨てるなと言う意味なら答えはノーだな」

「なっ!?」

「ただし、政治家の一人として領民のためにならない仕事はしないと約束しよう。生まれで隣人といがみ合うなど馬鹿げたことで、結局みんな損をするだけだ」

 転生者の娘は友人の形見である眼鏡を外して、貴族の目を視た。小さく頷く。

「なるほど。もしも、貴方が今の言葉に反するようなら、反乱軍を率いて潰しに行きますので。よく覚えておいてください」

「肝に銘じておく」

 立ち去る軍師を見送りながら、スグルは別の可能性を考えた。

 もしかしたら、ナーバリア公爵は呼び集めた反転生者派の人間ごと大敗することで、転生者の勢力を増大させようとしたのではないか?自分の娘を敵陣営に送り込み、打ち合わせ通りにわざと負けたとすれば、奇跡的な大逆転の説明も簡単につく。

 いや、それにしては公爵の戦いぶりは拙劣でも真剣だったし、最期が情けない。

 まだ「自分が来たときは異世界に一人で苦労したのに、最近の転生者は先人の支援を受けられてけしからん。自分が苦労したのだから、お前らも苦労しろ」と考えていた方がありそうだ。

 いろいろ考えられるが、公爵が死んだ今となっては真相は藪の中。だが、生き残った人間だけがこれからの未来を作っていけるのだ。死んで狙った方向に変えられるほど歴史は甘くない。

「俺は貴方の思い通りには動きませんよ」

 伯爵は塚に向かって呟いた。口にすると、その反骨心すら公爵の術中に思えてきた。

「……」

 公爵が単なる愚か者で自分が考え過ぎの道化だったとしても、戦った相手に敬意をもつのは悪いことではない。リップラント伯爵スグルは、今度は心を込めて塚にお参りをするのだった。


 転生者を巡る戦争のあったこの千二百二十五年も、例年通りの人数が転生してきた。転生者の来訪が止められないなら、それが問題ではなく、恵みであるように手を尽くすよりなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生者に人権はないっ!~普通の異世界人VS.転生者・亜人連合の会戦 真名千 @sanasen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ