第四話:ルレル野の会戦 激突
転生者を拒む者と受け入れる者、両者の戦いはエルフ隊の前進で始まった。
東側のリップラント軍は早い時間に仕掛けた方が朝日を背にできて有利である。弓兵たちは軽快な動きで本陣から突出し、自分たちに十倍するサイクル軍の前衛を射程に収めると矢をつがえる。
風の魔法が込められた矢は、通常の弓兵が放つ矢よりも遠くへ飛ぶ。つまり補助軍をともなわない王国軍は射程外から一方的に撃ちまくられることになった。
「距離を縮めろ!前進!前進だ!!」
小部隊の指揮官が声を励ますが、彼にはたちまちエルフの矢が集中する。サイクル軍前衛が進んだ分だけ、エルフたちは後退することで好都合な位置関係を保った。
しかし、エルフ隊一千に対してサイクル軍の前衛は一万である。通常ならエルフ隊が相手にしきれない人数が、リップラント軍の本隊に接近して遠距離攻撃しているはずだった。
ところがリップラント軍の隊列が斜め後方に下がっていたため、サイクル軍の前衛が射撃位置に着くためには時間が掛かった。移動に手間取っている間に、正面の敵を駆逐したエルフが次の敵をとらえて行く。
「これはまずいんじゃないか……」と思わず声を漏らしたのはリップラント軍側の転生者だ。今の様子ではエルフに見通しのいい無限の平野と無限の矢玉を与えれば、人間の軍は一方的に撃破されてしまう理屈になる。
これまでは戦争を行う両国がエルフを動員して撃ち合わせた――あるいはエルフを使えない国は弱小すぎて一瞬で踏みつぶされた――ので、目の前で展開されたようなエルフの強みは知られていなかった。彼らが見通しの悪い森を好んだせいもある。
今後は恐ろしいほどエルフの存在価値が増すに違いない。ある転生者は今は味方とはいえ、エルフに関するパンドラの箱が開かれた気がしたのだった。
ちなみにこの世界において萌芽状態であった「ハンドガン」は、転生者に愛好された末に、暴発事故で死者と障害者を大量発生させて、一転忌むべき存在にされてしまった。射程延伸への道のりは長い。
意外な成り行きにナーバリア公爵は、騎兵の投入を決断。歩兵思考の転生者はエルフの脅威を重大に考えすぎていた。装甲された騎兵集団で攻撃すればエルフの弓隊は、すべてを射たおすも逃げるもままならず、蹴散らされる。
「我々だけで敵を包囲殲滅しても構わんのだろう?」
右翼の騎兵指揮官はついでに敵の後ろに回り込むつもりで拍車をかけた。一方、左翼騎兵はやや忠実にエルフ隊を狙う。
轟音と土煙――土柱と言いたくなる高さがあった――の接近に耳長たちは散発的な射撃をしながら、「クサビ」の中に逃げ込んだ。挑発された騎兵は突撃目標を邪魔な隊列そのものに変えた。
だが、リップラント歩兵は全員が弓装備の奇策を用意していた!さらにドワーフがサイクル軍のノロマな布陣中にこしらえた落とし穴や起きあがる柵、地面すれすれに渡された鎖などが出現して、騎兵突撃を混乱させる。
「シュート!」
そこに矢と魔法の雨が降り注いだ。一万の騎兵に一万三千本の矢が。
さらに二射目、三射目と攻撃が繰り返されると、無傷の騎兵は少数派になってしまう。中でもクサビ内部で矢玉を補充したエルフは、八面六臂の連射をみせた。
ナーバリア公爵が転生者排斥演説でエルフの名前をあげた反動は取り返しがつかないほど大きかった。
軍師ルミナはハイテンションで笑い声をあげる。
「あーはははははっ!全員弓装備、足を止めての連射こそ、我らが聖典「戦術鬼」の必勝戦法!!」
「戦術鬼ってなんだ?……左手から後ろに回ろうとしている騎兵を撃破する。続け!!」
リップラント伯爵の陣頭指揮でクサビの底辺にあった騎兵が出撃し、仲間の惨状に意気の上がらない敵の迂回部隊を撃退した。
前半の戦況図はこちら
https://22746.mitemin.net/i265472/
「ぐぬぬぬぬぬ……」
気がつけば槍兵と民兵以外の手駒がなくなっている。ナーバリア公爵は思い通りにならない現実に癇癪を起こした。
騎兵の再編を待つことなく全軍に前進を命じる。
「敵の射程に入ったら駆け足!」
シンプルな作戦が伝言ゲームされる。七万人もいれば十分に効果的な対応策である――はずだった。
防具の脆弱な民兵は弓矢の集中豪雨に耐えられなかった。全員弓装備の効果はサイクル王国軍の予想を超えた。民兵たちは接近戦に持ち込む前に戦意をうしない逃げようとするが、周囲を味方に囲まれて逃げられない。ついに王国軍同士が武器をふりまわす混乱状態に陥った。
戦闘前は勇ましいことを口にしていても、実際自分の身体に傷を受け、激痛に意識を支配されれば戦意など消え去ってしまう。転生者の大半が経験したことのある心理である。それを熟知した転生者は過去の情けない自分を殺したくなったらしい。
「いまだ!」
それはある転生者の暴走だった。民兵の乱れに乗じる形で、敵中へ突っ込んでいく。ほかの転生者もそれに続き、結局全軍が引きずられてしまった。
戦いは転生者の得意な大乱戦の様相を呈した。一方的な殺戮に酔う転生者が複数いて、民兵に自分の思想の正しさを確信させた。しかし、転生者はその考えを広める機会を与えなかった。
民兵の隊列を撃破した先には、正規の重歩兵一万がいた。逃げてくる民兵に体当たりされて、多少の混乱はしていたが、彼らは意識が攻め――というより殺し――に傾きすぎた転生者に対してチームワークをもって反撃できた。
はじめてリップラント軍が押し返される。
転生者たちの強さには大分ムラがあった。サイクル軍の槍兵は隊列を詰めていたから、分散した転生者は一人で何本もの槍を相手にする羽目になる。弱い者から脱落し、強い者も防戦一方になってしまう。
肩を並べて戦う仲間の技量が把握できていなければ、積極的な行動に出られないものだ。
また、両翼では槍兵合計四万がリップラント軍の側面に回り込もうと旋回運動を開始した。
「騎兵を分割して獣人と一緒にぶつけてください。時間を稼がないと」
軍師の助言にしたがって、伯爵は騎兵五百と獣人千五百に、槍歩兵の牽制を命じた。敵は十倍だが、機動力ではこちらが遙かに上だ。足止めだけならやりようはあった。戦場の左右で獣人の雄叫びがこだまし、普通の異世界人たちの足を竦ませる。
しかし、王国軍中央は確実に盛り返し、転生者はいまや王国軍の海に浮かぶいくつかの島に分かれていた。彼らを完全に包囲しようと王国兵が回り込みはじめたところにスグル伯ひきいるリップラント軍本隊が現れた。
このタイミングを狙っていたのか、陣形を維持しながら民兵を突破するのに手間取ったのか。
ともかく九千人は王国兵の意表をつき、隊列の乱れに乗じた。戦闘に時間が掛かれば後方に敵が回り込む恐怖に突き動かされて、良く訓練されたリップラント兵は押しまくる。それを弓兵や魔法使いたちが近接支援。転生者も勢いを盛り返した。
この場に限れば戦いは王国軍中央の一万と反乱軍の一万一千弱であり、兵力差は逆転していた。
そして、スグル伯が仕上げの傭兵隊を放つ。彼らは迅速に標的との距離を詰めた。すなわちナーバリア公爵たちサイクル軍の司令部を襲撃する。人質にすれば高額の身代金を期待できたが、外国生まれの傭兵たちは皆殺しを命じられていた。
逃げる時機を逸した公爵は命乞いも空しく、首級をあげられた。その首を突きつけられたことで、サイクル王国軍中央の大半が戦意を喪失、戦場からの離脱をはじめた。
左右の重歩兵や騎兵の生き残りに対しては、公爵の身体の一部をもった使者が送られる。サイクル王国の国境を守ってきた伯爵の立場から、戦力を残して退却することが勧められる。ここで壊滅すれば、サイクル王国を守る兵がいなくなってしまうと指摘したのだ。
ココニハネ将軍とミズノモーネ将軍は、その説得を受け入れ、壊乱した味方を残して整然と撤退を開始した。リップラント軍も彼らの追撃はあえてしなかった。
後半の戦況図はこちら
https://22746.mitemin.net/i265585/
正規軍と違って野営地の留守を預かった民兵は許されなかった。特に転生者から奪った道具を持った、通称アイスソードマンは確実に処刑された。
同行していた補助軍が門を開き、リップランド軍を招き入れると――彼らを参戦させなかった公爵の判断は正しかった――民兵が各地でやってきた蛮行が、今度は民兵が被害者の立場で再現される。とはいえ、比較的あっさりした殺害の連続にすぎず、最盛期の民兵に比べれば機械的でさっぱりした行為だった。わずかな生き残りは遠隔地へ追放された。
その後は民兵と司令部の生き残りを標的にした追撃戦が夜を徹して繰り広げられる。伯爵による戦闘開始前の予言通りだった。ここでは獣人が大活躍して、逃げる者たちに癒せない心の傷を刻んだ。夜目の利く猫人、狩猟本能を刺激された狼人、そして狼人と並んで鼻が利く豚人と、それぞれの特性を活かしたことで彼らの追撃からは隙がなくなった。
ただし、これは組織を保っている槍兵部隊が待ち伏せを選択したら返り討ちに遭いかねない危険な追撃だった。スグル伯は、話がついたと信じて、反撃がないことに賭けたのだ。深追いが禁物かどうかは、リスクとメリットを比較して決まる。
「暗黒の中世」と言えども平時の人殺しは簡単ではない。しかし、戦時なら当然の流れで殺す分には何の批判もない。機会主義者のリップラント伯爵は千載一遇の好機に政敵を殺しまくった。
彼が賭けに勝った結果、サイクル王国軍の民兵三万はほぼ全滅した。早めに左右の槍兵部隊に合流した者と、降伏して遠くに追放された者の三千人程度がかろうじて生き残った。正規兵では中央の損害がすさまじく、追撃もあって一万人中二千人しか撤退できなかった。死者行方不明者が六千人で、残る二千人が捕虜になった。騎兵部隊も被害甚大であり、死傷者は軽傷者をのぞいても四千人を数える。矢戦だけの前衛はそれでも死傷者が二千人以上出た。退却中の行方不明者も多い。左右の槍兵からは戦闘での死傷者はほとんど生じなかったが、敗走時の脱走兵が合計千五百人ほど出た。
一方、リップラント軍の被害はほとんどが転生者で、合計しても五百人を超えなかった。彼らの完勝である。
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