第三話:ルレル野の会戦 両軍の布陣

「のこのこ平野に出てくるとは愚かな奴。やはり、名声も転生者の互助に頼ったものだったか」

 サイクル王国軍九万(一万二千は野営地の守備に残された)を率いるナーバリア公爵――内戦のきっかけになる演説をした張本人――は、うそぶいた。会戦前夜、夜目の利く獣人部隊に夜襲を受けたため気が立っている。

 大半が普通の人間で編成された王国軍はいいように獣人に翻弄されたのだが、本陣までは混乱に巻き込まれなかった。そのため、彼は兵の正確なコンディションを把握できていなかった。

 一部の王国兵は戦闘開始前から寝不足でうつらうつらしていた。もっとも公爵が詳しい事情を知っても夜襲を何度も受けるより、体力の残っている初日での会戦を選択したであろう。その判断自体は必ずしも間違いではない。


 大軍ゆえに王国軍が陣形を整えるのには時間が掛かった。最終的な戦列の全長は南北三キロメートルもあり、端から端まで歩いていくのに四十五分も掛かるのだ。実際には騎兵が六分ほどで伝令をするのだが、歩兵が展開するには相応の時間が掛かる。

 そこで、まず一万の騎兵と同数の軽歩兵――大半は弓兵――が前に出て、スクリーンとなる。時間稼ぎ目的の彼らだけでも、敵の総兵力を上回っていた。

 それを恐れたのか、リップラント軍は陣形組立中のチャンスにも攻撃をしかけて来なかった。

 歩兵の展開が終わると、サイクル王国軍の騎兵は二手に分かれて、両翼に陣取った。弓兵はそのまま矢戦の準備をおこなう。

 サイクル軍の最終的な陣形は両翼に騎兵五千ずつ、前衛に軽歩兵一万の他、以下の通りであった。中央の歩兵戦列は少数の魔法使いをともなう槍兵が左右に二万ずつ分かれ、間に民兵が二万挟まれている。民兵の後方には槍兵一万が司令部と共にある。右手の槍兵二万の指揮官はココニハネ将軍、左手はミズノモーネ将軍だった。

 槍兵の装備はそのままだが、民兵の装備はかなり雑多なものになる。槍が多いが長さはそろわないし、鋤や唐竿などの農具を持った者もいた。それでいて腰の剣はやたら立派だったりするのは、転生者から強盗殺人で手に入れたからだ。

 サイクル王国軍の陣形には頼りない民兵を正規兵で囲んで逃げられなくし、リップラント軍とぶつけて、正規軍の被害を減らす意図があった。

 思想的には民兵に近いナーバリア公爵でも、現実での下っ端の扱いはこんなものである。正規軍の被害軽減以外は「大軍に作戦なし」である。広い平地で圧倒的な騎兵戦力があるのだから、小規模な敵など、どうとでも料理できる。

 ナーバリア公爵に同行した反転生者の貴族たちはリップラント領の山分けを相談しはじめた。

 完全に負けフラグである。


 寡兵で戦うリップラント軍は、自分たちも騎兵を展開した。その上で、軍師ルミナの提案を元に変則的な陣形をつくった。

 全体の形はクサビ形で尖った方を敵に向けている。一見、遮二無二中央突破で、敵の司令部を狙っているように見えた。

 クサビの全面にはエルフの弓兵一千が散開し、クサビの頭は転生者とその縁者が二千、斜めの辺はリップラント兵が三千五百ずつ左右に分かれている。若干の魔法使いも一緒だ。辺の末端は獣人などのデミヒューマンが千五百ずつだ。クサビの底辺にはスグル伯と下がってきた騎兵一千に傭兵一千が収まっていた。

 一緒に迫害された存在でありながら、一般的に転生者とデミヒューマンは仲が悪い。転生者の亜人に対する偏見はこの世界の人間より強いものがあった。そのため間にリップラント兵を挟んでいた。

 リップラント兵の大部分は普通の異世界人だが、多くが伯爵個人に心服していた。元冒険者の貴族は盗賊退治などの細かい任務に首を突っ込み、小隊長にはたいへん迷惑なおっさんとして扱われたが、兵士からは気心がしれた存在になっていた。


 敵の布陣が整うのを待つ間、リップラント伯爵は兵たちに昼寝というか二度寝を勧めた。

「今日は徹夜で追撃になるぞい」

 それを近くで聞いた傭兵たちは、徹夜で逃げることに備えて、お言葉に甘えることにした。彼らが形の上では寝静まると、伯爵はひっそり軍師に念を押す。

「本当に大丈夫なんだろうな?」

「何度も申し上げたように、戦争に百パーセントはありませんよ。ただ、完全に囲まれても武器を振る空間を潰されなければ戦い続けることはできます。そういう陣形なんです。個々の戦闘力なら、こちらが上でしょう。必ず勝機は訪れますよ」

 ルミナは実験の手順を説明するような口振りだった。同じことは兵士全員に繰り返し言い含めてある。もっとも、戦闘が彼女の思い通りに展開すれば包囲されずに勝てるかもしれなかった。こちらは上級の指揮官にしか言っていない。


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