第二話:転生者の大移動

 千二百二十五年の春、転生者と普通の異世界人が対立を深めるサイクル王国において、決定的な情報が出回った。過去二十年に流行した疫病のうち、いくつかは転生者がこの世界に持ち込んだものだと言うのだ。まったく免疫のない異世界人はバタバタと倒れ、それが転生者の社会的地位向上に繋がったのである。

 疫病の出所は事実転生者であったが、「無用の混乱を避けるため」箝口令が敷かれたことで、異世界人の猜疑心を強める結果になってしまった。そもそも、まともな医療組織は転生者関係のものばかりである。病気に関する正確な概念を広めたのも転生者なのだが、とことん裏目に出ていた。

 ちなみに転生者の側も、免疫のない異世界の病気で、かなり苦しめられていた。分散して集団感染しにくいことと衛生観念が強いので、逆パターンの犠牲ほど目立たなかっただけである。

 複数回の流行を考えれば家族の誰かが疫病に倒れていない異世界人はいないくらいであり、転生者への敵意は急速に高まった。昨日までは自分が転生者であることを自慢していた人物が、翌日には普通の異世界人のフリを始める状況だった。


 転生者排斥を始めたサイクル王国で、最も出世している転生者は、東の隣国ボート国との国境を守るリップラント伯爵スグルである。

 転生者への社会的な圧力が限度を超えると王国各地の転生者やその縁者、一緒に迫害されそうなデミヒューマンは、雪崩を打ってリップラント領への避難をはじめた。

 転生者が元の世界で持っていた「民族浄化」の知識が過剰な反応を呼び込んだらしい。もっとも、ガリア戦記やシャクシャインの蜂起みたいに、古代や中世並の社会であっても民族を理由にした虐殺が起こらないとは限らない。

 中世並の世界であるため、関所は無数にあり、貧しい避難民は生きるために強行突破せざるをえなかった。それにつけこんだ盗賊の活動も転生者の犯行にされるのであった。

 楽市楽座を愛する転生者は関所の反対勢力としても良く知られていたから、関所破りはさらに対立関係をこじれさせた。そもそも自分たちの利権である関税を攻撃してきた転生者に対する貴族の憎悪も、騒動の無視できない要素だった。


 はじめは対立を迷惑に思い、話し合いによる解決を望んでいたスグル伯であったが、謀略臭に満ちたいくつかの衝突によって妥協が不可能になると、分離独立への道を探りはじめた。

 しかし、王国と伯爵領の国力には十対一以上の開きがある。生半可な手段では兵力差で押し切られてしまう。魔法の存在により籠城戦が不利なこの世界ではなおさら野戦に出られる戦力が必要だった。

 伯爵たちはまず、それまで敵対していた隣国との同盟を図った。

 積もり積もった恨みを乗り越えて、すんなり同盟が成立するほど甘くはなかった――国家間の契約が感情に左右されてしまうほど甘いという解釈もある――が、リップラントの正規兵が二回武装できるだけの装備の支給を取り付ける。

 スグルはサイクル王国内で起きた暴動の一部が、隣国の陰謀で起こされた証拠を捕まえ、脅しの材料に使ったのであった。


 次に兵員の確保は難民をあてにした。暇人が増えすぎて既に治安が悪化しはじめていたことの対策でもある。

 転生者には戦闘経験者が多かったし、大抵のデミヒューマンには戦いに役立つ技能がある。何より彼らを雇えば、その分だけ王国の戦力を削ることに繋がった。

 リップラント伯爵家はデミヒューマンを味方につけるため、権利向上の可能性さえ匂わせた。単純な高給にも引きつけられて、多くのデミヒューマンがリップラント領に集まってくる。

 大規模戦闘の経験不足を補うために「軍師」も雇用された。ルミナと名乗った眼鏡でおさげの自称歴女は、転生者でも少数派の遠い国まで旅したことのある人物だった。

 伯爵は話から実際に長旅をしたらしいのに眼鏡を破損させていないことを高く評価して、彼女を雇用した。


 きわめて不穏な動きを受けてサイクル王国は最終的にスグルを魔王であると宣言、巨大な討伐軍を編成しはじめた。周辺諸国は冷ややかな反応で承認しなかったが、魔王対策の切り札とされる転生者が魔王扱いされるのは、皮肉で異常な事態であった。

 王国の補助軍を構成するデミヒューマンの間では従軍拒否が頻発、無理矢理人質を取って従軍させたデミヒューマンも行軍中に続々と脱走した。一部はそのまま「反乱軍」に加わった。

 最終的に戦場で寝返ることが危惧されて、補助軍は野営地の守備に回されるのであった。


 代わりに王国軍の戦力を補ったのは市井の「転生者退治」に猛威をふるった民兵であった。しかし、彼らは質的にかなり見劣りがしたし――その分、数は多かった――行軍中に立ち寄った町で排他的な行動を取り、何度もトラブルを起こした。

 それでもサイクル王国がリップラント攻略に十万以上の兵力を送り込んだインパクトは大きかった。戦争や紛争には全力で取り組み、圧倒的な兵力ですばやく消火することが、サイクル王国建国以来の国是である。万が一、負けた場合のダメージも大きくなるが、これまでは上手く行っていた。逐次投入よりも安く上がると、転生者も褒める方針であった。

 討伐軍十万強の内訳は騎兵が一万、民兵三万を含む軽歩兵四万、槍兵五万、補助軍二千である。

 対するリップラント軍がかき集めた兵力は七分の一に近い一万五千にとどまった。騎兵は一千、正規軍歩兵七千、転生者とその関係者が二千、主に国外異世界人の傭兵一千、デミヒューマン合計四千である。

 両軍は東部の見通しの良い平原地帯、ルレル野で対峙した。


両軍の布陣図はこちら

https://22746.mitemin.net/i265478/

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