第3話スキー場の不思議な小屋

 これは私が幼い頃の話です。

 両親はことのほかスキーが好きで、しかも親父は自由業だったものですから、仕事を旅先へ持っていく事もできました。

 それで、私が幼稚園にあがる前から、一週間もスキー場に滞在するなどということがよくあったのです。

 定宿があって、そこの主人や奥さん、常連客などとも親しい間柄だったのです。

 なので、幼い私を子守してくれる仲間も多かったといいます。

 でも、三歳児ですからね。

 ちょっと目を離すとどこかへ行ってしまうという事もあったのでしょう。

 ただね、まわりは雪山なのです。

 そこで迷子になったらどうなると思いますか?

 そうです、私は、迷子になったのでした。

 というより、迷子になった、と思われていました。

 物心ついて間もない頃の話だから、漠然とした記憶ですが、面白がって、常緑樹の間をどんどん下っていったのだと思います。

 宿は山の頂上とまでは言わないけれど、だいたい、五合目は越えたくらいのところ、ゲレンデの中にあったんです。

 その裏手へ下っていった。

 場所はN県です。

 本州なので、雪質は湿雪で、長くそこで遊んでいれば、服は濡れるし、そうすれば体が冷えます。

 寒くなってきたなあ、というあたりで、わりと粗末な作りの小屋の中に迎え入れられました。

 お店のようなところでした。

 実際、私はそこで、昔ながらのラーメンを一杯ご馳走になり、体があったまったのです。

 おなかがすいていたんだと思いますが、空腹も満たされました。

「暗くなる前に帰りな」

 と言われて、そこを出て、まっすぐ斜面を登っていきました。

 懸崖なわけでもない、急な斜面だけどちゃんと登れる程度のところです。

 それほど時間もかからずに、登り切れば、ゲレンデの下の広い場所に出ます。

 幼いとはいえ勝手知ったるスキー場で、自分でロッジに帰ったところ、両親その他大騒ぎ、この時、捜索願を出そうか、その前にみんなで手広くスキー場のあちこちを探そうかという話になっていたんだそうです。

 私は怖い目にあった憶えもなく、きょとーん。

 両親の騒ぎもぴんときませんし、心配されこそすれ、叱られた憶えはありませんでした。多分それどころじゃあなかったのでしょう。

 さて、三歳児の足で下っていったり、登ってきたりできるところにお店っぽいものがあった、というのは記憶していました。

 そこは定宿。

 ロケーション的に、近くにはリフトが一本通っているんです。

 だから、そのリフトに乗れば、目につきそうなところです。

 なのに、その後何度見ても、それらしい小屋は見えませんでした。

 小学生になってから、どうしても気になって、親に黙って同じ場所だと思うところを下ってみました。

 ……何もないんです。

 そんな小屋はない。

 考えてみると、心当たりの場所というのは、全くの森の中です。

 あたりには道も、ゲレンデもない。

 私が迷い混んだ時に、そこにいた数人のお客も、リフトのおじさんみたいな人たちで、まあ要するに地元の人っぽかったんですが、なんかおかしいですよねえ。

 森のただなかに、ぽつんと小屋があって、ラーメンを出してるって変ですよねえ。

 お客の見込みなんか、ないじゃないですか。

 リフトのおじさんだけを相手にして営業できるものなのか?

 ロッジがあった周辺には、一応幾つか食事ができるところはあります。

 実際、ロッジの食堂などなどで、リフトのおじさんが食事しているのを見た事が何度もある。

 わざわざ、大人ならかんじきを履かなければいけないような場所に小屋を作ってラーメンを売るだろうか?

 大人になって考えてみても、絶対におかしいんです。

 その小屋は、二度とみつかりませんでした。

 三歳児の私は、いったい、どこでラーメンをご馳走になったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る