19 ゲオルクの追跡
昼どきの食堂は、旅行者とおぼしき大勢の人で賑わっていた。
充満する料理の香りに巻かれながら、パンをかじる。かじりながら考えた。
エリ・アーベルがこの町にいたことがわかった。トール・アーベルという兄と一緒に泊まったことも。
キンネルの女子修道院でエリの消息を尋ねたあと、ゲオルクはいったんハリンに戻った。新しい情報はないかと確認したが、進展は何もなかった。
そこからロルフになったつもりで旅をしてきた。
まず、父親を殺したのはロルフだと仮定する。
大人だろうが子供だろうが、殺人罪は等しく死刑だ。ロルフは死刑を恐れて逃げると決めた。さあ、どこへ向かうだろう?
キンネル女子修道院。
エリがついて行った相手がロルフだとするならば、どうしてロルフはエリに会いに行ったのか。
今まで一度も会ったことのない義理の妹。父親の実の娘。逃亡中の身でわざわざ会いに行く理由とは? 彼女を連れて、どこを目指す?
エリはどこまで知っているのか。あるいは何も知らない、のだろうか。
考え考え、ゲオルクは歩いた。彼らはきっと馬車など使わない。歩いて移動している。だからゲオルクも歩いた。
キンネルはロッベンの南にある町だ。県境の山を越えて、南――南東に位置する。南にひたすら進めばいつかは海に出る。東ならば、地続きで隣の国へ行ける。
(東か?)
所持金があまりないであろう彼らがどこに立ち寄るか。
まっすぐ東へ進むことはできないはずだ。山や森が立ちはだかっているから、切り開かれた道を選ぶなら進路は限られてくる。
ロルフはエリをどうするつもりなのか。
(殺すつもりか?)
ゲオルクは東へ向かって移動しながら、たびたび警察に立ち寄って事情を説明した。
ロルフが何か事件を起こしていれば、案外あっさり辿り着けるかもしれないと考えたのだ。けれどロルフらしき人物は見つからなかった。
ハリン警察署と電信のやりとりをしてみても、何も変化がないことを確認しあうだけだった。
時間ばかりが過ぎていくが、悠長にしていられない。
報告書の本来の提出期限はすでに過ぎているのだ。カールを通じて三回も期限を延ばしてもらい、来月の末が最終的な提出期限となった。これ以上はもう延ばせない。
それまでにゲオルクの捜査が終わらなければ、今ある報告書を提出することになっている。
そうなると、ほぼ間違いなくカレンには死刑の宣告が下る。
宿、さまざまな店、教会にも立ち寄って、ロルフたちの影を捜した。少年と少女の二人組を見かけたと聞けば、さらに聞きこんで、推測して、移動してきた。
ゲオルクは身軽だった。
荷物が多いと、動きたいときに動けない可能性がある。だから最小限の荷物だけを持って、ほかに何か必要になれば現地で調達するようにした。
路銀が足りなくなるという問題は、郵便局を利用することで解決した。
ハリン警察署宛てに電信を打つとき、この先かならず立ち寄る町をひとつ伝える。ゲオルクが移動しているあいだに、その町の郵便局に送金しておいてもらうのだ。短い手紙を添えてお金を送ってくれるのは、もちろんカールだった。
そうしてここまで歩いてきて、やっと確かな手がかりをつかんだ。
まず、エリ・アーベル。
シーラ院長から聞いた彼女の容姿と、宿の受付で聞いたエリ・アーベルの背格好には一致する点があった。
修道女というキーワードや、兄だという少年に対して敬語を使っていたという点も引っかかる。
そして、トール・アーベル。
ゲオルクは、パンの最後のひとかけらをコーヒーで喉に流しこんだ。目に力をこめて虚空を見据える。
ロルフだ、と思った。
トール・アーベルという名前は、ロルフ・クヌッセンの偽名に違いない。トールはロルフだ。なぜならトールという名前は――
「……なるほど」
ゲオルクは、遠いロッベンの景色を思い浮かべた。
家族の墓の前で独りぽつんとたたずむカレンを想像する。彼女の幸せとはどこにあるのだろう。考えても仕方ないことだとわかってはいるが、どうにもやるせなかった。
勘定を済ませて外に出ると、白いものが目に飛びこんできた。澄んだ冷気を吸いこみながら、ゲオルクは顔を仰向ける。
灰色の空からふわふわと舞い落ちてくる、白。短い秋が過ぎ去り、長い冬が訪れたことを知らせる雪だ。
この雪は、二人の上にも降っているのだろうか。
「さて、ここからどう動いた?」
ロルフ・クヌッセン。君は今、何を考えている?
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