2. 南方へ

2-1. 初任務

広い荒野を1台の馬車が走りすぎていく。

御者が2頭の馬の手綱を引き、土煙を上げて疾走していく。

馬車は頑丈な作りで無駄が無いが、所々に細かな装飾が施されており、

高価な物だと分かる者には分かる作りであった。

所々にエガリテ王国の国章が描かれている為、

この馬車が王国関連の馬車で有る事は間違いない。

馬車に乗っているのは2人。

一人は蒼髪で短い髪をラフに纏めている男。

黒い革の戦闘装束を着用し、胸に青光りする勲章が付けられている。

この勲章はエガリテ王国の独立騎士『碧眼の龍バハムート』を示すものである。

男の名は、ジーク・エレミア。

今年行われた闘技大会の優勝者の一人である。

もう一人は、ウェーブのかかった金髪に銀の髪留めが付いており、

真っ赤な騎士甲冑を着用している女性である。

騎士甲冑の襟元には赤く光る勲章が付いており、『紅蓮の騎士クリムゾン・ナイト』で有る事を示している。

女性の名はシャルロット・エガリテ。

エガリテ国王の娘にして、王国防衛騎士の一人である。

2人は王国の南へ向かって馬車を走らせていた。

(なんか、きな臭い感じがしないでも無いが、仕方ないか・・・)

ジークは2日前の出来事を思い出し、嘆息する。


2日前、ジークは王城の使者より国王からの招集が有る事を告げられ、王城に向かっていた。

国王直轄の独立騎士である以上、国王からの招集には応じなければならない。

王城に到着すると、シャルロットが騎士甲冑を着て腰に手を当て待っていた。

「遅いぞ、ジーク!!他の方々はもうお集まりだ。碧眼の龍バハムートが最後にやってくるなど言語道断だ!!」

「よぉ、シャル。おはようさん。今日も良い天気だな」

ジークはシャルロットの叱責を当たり前の様に躱し、挨拶している。

シャルロットが全身を震わせて、何か言いたい事を耐えている様である。

「まぁ、良い。さっさと行くぞ」

踵を返し、シャルロットは王城内へと歩いて行く。

ジークは肩をすくめながら、やれやれ、といった風にシャルロットに付いていった。

大広間には円卓があり、20名ほどの人が座っていた。

上座には国王が座っており、大臣が脇を固めている。

出席者は騎士団の数人と、学者達が並んでいた。

「ジーク郷、よくぞ来てくれた。シャルロットも座ってくれ」

ジーク達の入室に気付いた国王が2人に着席を勧める。

2人は空いている席に並んで座った。

「さて、面子も揃った様だ。始めよう。まずは騎士団からの報告だ」

国王が騎士団の騎士に顔を向けて、報告を促す。

「ハッ、報告致します」

騎士は手元の資料を見ながら報告をしていく。

「先日、闘技場に現れた赤いガルムはやはり何者かに操作されて改変された可能性が高いです。

体内に魔力を放出した形跡のある宝玉の様な物が埋め込まれておりました。

学者の方々に調査して頂きましたが、このような宝玉は現在確認された記録は無いとの事です」

各員が手元の資料を見ながら報告を聞いている。

闘技場に突如として現れたガルムはと言う事である。

いったい、誰が、何の為に?

学者の一人が補足を付け加えた。

「また、あの宝玉は埋め込んだ魔物をある程度操る事が可能のようです。

闘技場へ送り込んできた何者かが、何かしらの目的で暴れさせた形跡がありました」

その報告を聞いた国王が学者に、顔を向けて聞いてきた

「その宝玉とやらは、量産可能な物か?」

学者は手元の資料を確認しながら、返答した。

「結論から言いますと、可能です。

材料集めには大きな組織力が必要となりましょうが、材料があれば際限なく作れます」

学者は、別の資料を取り出し付け加える様に続けた。

「また、ガルムを召喚した召喚陣ですが、巧妙な術式が編み込まれており、

事前に召喚を察知する事は現状ほぼ不可能と思われます」

学者の言葉に、その場に居る全員が暗い表情を見せる。

正体不明の組織が、何の予兆も無く、どこにでも魔獣を召喚できる。

また、その召喚された魔獣は宝玉の影響で強化されたものである。

そして、その宝玉は際限なく量産が可能だという。

街中で各所で同時に召喚された場合、予想される被害は甚大である。

また、先の戦闘で分かったガルムの戦闘力に対応できる騎士が揃っているわけでは無い。

国民を避難させながら、戦えるだけの戦力が王国には無い。

それをこの場に居る全員が痛感していた。


重い空気の中、国王が口を開いた。

「ジーク郷。このような状況である。貴殿の騎士団にこの件の調査を頼みたいのだ」

変貌したガルムを倒したジークであれば、同じ系統の魔獣ならば対処できるであろうと期待しての国王からの依頼である。

だが、ジークは困り顔で頬をかく。

その様子に怪訝な顔でシャルロットがジークに尋ねる。

「どうした、ジーク?何か問題でもあるのか?」

そう言われ、ジークは言い辛そうに告げる。

「いやぁ、まだ騎士団を設立して無くてなぁ。まだ、俺一人なんだわ」

ジークが乾いた笑いをする。

その答えに絶句するシャルロット。

「ジーク、まだ作ってなかったのか!?」

独立騎士には、その権限で自分の騎士団を持つ事を許されている。

その騎士団についての采配などは、騎士団長である独立騎士に委ねられており、

国王ですら直接、騎士団に命令を下す事が出来ない。

あくまで、国王から独立騎士へ命令が下り、その後の事は独立騎士の独断で遂行される。

国王からの信頼が無ければ任命さえされない騎士の称号が独立騎士なのである。

碧眼の龍バハムート』の称号を賜った際に、側近から早急に騎士団を設立する様に言われていた。

が、街の人間との交流が余り無いジークとしては、騎士団を設立しようにも知り合いが居ないのである。

ジークに非が有るものの、同情の余地もあるのである。

ジークから弁明を聞いていたシャルロットは、肩を震わせていた。

「馬鹿なのか、ジークは!?」

ジークとしては、そう言われてもどうしようも無い事である。

しかし、シャルロットの次の言葉で目を丸くした。

「ならば、私がジークの騎士団に入れば問題ないだろ!!」

この言葉には、その場に居た全員が驚愕の表情を浮かべていた。

いくら騎士とは言え、国王の娘を独立騎士の騎士団に入れるという発想は無かったのである。

ジークは、驚きの表情から真顔に戻り、シャルロットに尋ねた。

「本気か?」

シャルロットは、真面目な顔で頷く。

ジークとシャルロットは真っ向から視線を交わらせていたが、ジークが諦めた様に視線を反らせた。

「分かった。じゃ、シャルは今から俺の騎士団の副団長だ。問題ないな?」

確認を込めてシャルロットに聞くジークだが、シャルロットは嬉しそうな表情を浮かべ、

「それで構わない。これで騎士団の問題は解決したな」

なぜか嬉しそうに話すシャルロットを不思議そうな目で見ているジーク。

「団員は徐々に増やしていけば良い。とりあえず、騎士団の運営関係は私が担当する」

シャルロットは、何が必要か項目を挙げていき、国王の側近に渡した。

元々、守護騎士団ガーディアンズの騎士団長だっただけはある。

騎士団の運営は任せておけば、まず問題は無いだろう。

そう思い、ジークは肩をすくめる。

シャルロットは思い出した様に振り返り、ジークに聞いてきた。

「騎士団の名称は何にする?」

「そんなものまで要るのか?」

「当たり前だ。物資の補給などは、騎士団の名前で管理されている」

ジークとしては、何でも良かったのだが、シャルロットも属する組織である。

適当な名前という訳にはいかないだろう。

しばらく悩んでいたジークが、紙に筆を走らせてシャルロットに渡した。

「これでどうだ?」

紙を受け取ったシャルロットは、書かれていた騎士団名を口にする。

「『黒き暴風シュバルツ・デア・シュトゥルム』・・・か。良いじゃないか」

シャルロットは、嬉しそうに何度も口にする。

(シャルのじゃじゃ馬っぷりから名付けた、なんて口が裂けても言えないよなぁ)

ジークはシャルロットを見つめていたが、肩で息を吐く。


「では、ジーク郷の騎士団にこの件を調査して貰い、対策を考える。

まずは、ガルムの棲息地に近いイグノア共和国に向かって貰う。

共和国の騎士団にも協力して貰い、現地調査を行ってくれ」

国王は、ジークとシャルロットにそう告げた。

「畏まりました」

ジークとシャルロットは国王に礼の姿勢で返答する。

「騎士団と学術院の学者達には、引き続きガルムの死骸の調査と、対抗魔法の構築を任せる」

騎士団は国王に向けて最敬礼で返答し、学者は恭しく頭を下げた。

「では、解散」

そう告げて、国王は退室していった。

側近達や騎士団、学者達も各々退出していき、ジークとシャルロットだけ残った。

「さて、どうする?シャル」

ジークは肩を揉みほぐしながらシャルロットに聞いてきた。

ジークは慣れない雰囲気に、気疲れしていたのである。

「早速、任務に取りかかるに決まってるだろう」

さも当然のごとく、シャルロットは言った。

「今からか!?」

さすがのジークも出立は明日以降だと思っていたのである。

「騎士団と言っても2人だけだからな。補給も現地調達でなんとかなる。さぁ、行くぞ」

張り切るシャルロットは、ジークの背中に廻りジークを押していく。

「分かったから、押すな!自分で歩ける」

ジークは姿勢を戻して、歩いて行く。

ジークの独立騎士としての初任務が今始まったのである。

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