1-5. 闘技大会 - 決勝 -

ジークは控え室で静かに戦闘場を見つめていた。

脳内によぎるのは、今までの予選や準決勝で見てきたシャルロットの戦い。

ジークは、イメージ戦闘で何度もシャルロットとの戦いを想定しているが、

勝敗は五分五分のイメージしか沸いてこない。

激戦になる事は必至である有る事は、ジークが一番分かっていた。

(どこまでれるか、あのお姫さん相手に・・・)

シャルロットは剣技は一流、魔法も飛び抜けていると思われる。

ガロード謹製の戦闘装束があるとは言え、勝てる、と断言できる程差は開いていない。

戦えば戦った回数だけ、結果が異なるであろう事は予想に難くない。

どうやって、ジークのペースで戦いの流れを掴めるか。

それが出来なければ、負ける事も十分に有り得る。

ジークは、開始の合図をじっと待っていた。


その頃、シャルロットも別室でジークと同じように戦いの事を考えていた。

(ジークは一度も使っていなかったが、恐らくあの剣は魔法士殺しマジシャン・キラー・・・)

シャルロットとしては、ジークがあの魔剣を使いこなしているとすると、戦術が変わってくる。

(もし、魔剣の魔法吸収を使用できるのであれば、私の魔法は実質無効化されているようなもの)

魔法が使い物にならないのだとすると、剣技のみでジークを上回る必要があるが、

剣技のみでジークに勝つのは至難の業で有る事を自覚している。

(準決勝のジークの動きは、控え室からだからなんとか追えたけど、実戦で追い切れるか・・・)

間近であの速度で動かれては、シャルロットといえど、追えるかどうか分からない。

何度、ジークとの戦いを想定しても、勝てると断言できない。

シャルロットの頬に汗が一筋流れていた。


決勝戦は、国王を含め関係者も観覧する。

王族専用の観覧席は、国王をはじめ側近が見に来ていた。

観客席も満員で立ち見をしている客もいる程、ごった返していた。

それだけ、ジークとシャルロットの戦いが注目されていると言う事である。

司会がマイクを持ち試合開始の準備をし始めた。

「お待たせしました。本年度の闘技大会の決勝戦を始めたいと思います。

対戦カードは、皆さんもご存じの事だと思いますが、中々の好カード。

昨年度の優勝者シャルロット選手 vs 本年度初参加のジーク選手!!

シャルロット選手の剣技も魔法も一流のもの。隙は見えたりません。

一方、ジーク選手も並み居る強豪選手をなぎ倒してきた選手。

独特の戦い方をするジーク選手はどのような戦いを見せてくれるのか!!」

司会の口調も熱が入っており、興奮している事がよく分かる。

「では、両選手入場して頂きましょう」

司会の合図と共に、ジークとシャルロットが控え室から戦闘場へ歩いて行く。

お互いの距離が20mの所で立ち止まり、2人は視線をぶつからせる。

「ジーク、約束通り決勝まで上がってきたな。だけど、勝つのは私だ」

シャルロットは、ジークに視線を向けながら不敵に笑う。

「お姫さんよ、言っただろ。王座から引きずり落としてやるって」

ジークも真っ向から視線を受けながら、応える。


ジークとシャルロットが戦闘場で舌戦をしている時、

闘技場の外壁の柱の陰に2人のフードを被った人物が戦闘場を見下ろしていた。

「さて、そろそろ開始だな。ボウヤがどんな対応を見せてくれるか、楽しみだねぇ」

ルージュは舌舐めずりしながら、ジークを見ていた。

男の方は、無言でじっとジークを見ていた。

「ダンナにとっては、結果が分かれば良いって感じだねぇ。

いきなり仕掛けるのかい?それとも、ちょっと遊ばせてやるのかい?」

ルージュは男の方に視線を移して質問するが、無言で応える男。

「まっ、あたいはどっちでも良いんだけどね。面白いものが見られればそれで良い」

そういって、ルージュは再び視線を戦闘場に戻した。


「試合開始!!」

司会の号令で2人はそれぞれ、別の動きを見せた。

ジークは真っ直ぐシャルロットに向けて駆けており、数拍もすれば剣の間合いに入る。

一方、シャルロットは魔法詠唱をしていた。

ジークに対して魔法は効かないであろうとは予想していたが、構わず魔法を選択した。

なら、魔法士殺しマジシャン・キラーと言えど、簡単に対抗できないはずである。

どちらが先に相手に攻撃できるかが勝負の分かれ目だと、両者が分かっているのである。

そして、早かったのはシャルロットである。

炎の矢ファイア・アロー

シャルロットの選んだ魔法は、初級魔法の炎の矢ファイア・アロー

軌道は、発動者の力量によりコントロールが可能である誘導式。

着弾点を中心に小規模の爆発を発生させ、大人を3m程吹き飛ばす魔法である。

だが、シャルロットの魔法はこれだけでは無かった。

全力展開フル・ドライブ

その一言により、炎の矢が瞬時に戦闘場上空に無数に展開された。

シャルロットの必殺魔法の一つであるこれは、単発威力が低い炎の矢でもこの数で撃たれたら大魔法に匹敵する。

「射出!!!」

シャルロットの発動キーにより、上空の炎の矢が一斉に不規則な動きでジークに迫る。

これだけの数の炎の矢の軌道を操れるシャルロットの力量が異常なのである。

(マジかよ!!)

ジークは自分に迫ってくる炎の矢を、時に避け、時に斬り、防いでいた。

だが、終わる事の無い炎の矢の連射でジークの動きが少しずつ遅れていく。

矢の数が多すぎる為、瞬動での回避も限界がある。

回避しきれない矢は剣で斬り防いでいるが、その際の爆発の衝撃はジワジワとジークの体力を削っていた。

一方、矢を放っているシャルロットも息が荒い。

単発では消費魔力が少ない炎の矢でも、これだけの数を同時展開すれば、その消費量は膨大になる。

また、全ての矢の軌道を制御している為、自身に掛かる負荷も大きい。

だが、シャルロットが考えたジーク対策は正にこの魔法だけだった。

単発では魔法吸収されてしまう可能性がある為、その暇を与えないほどの数で攻める戦術。

この方法なら、ジークの瞬動でも避けきれないはずだし、吸収も出来ないはずである。

上空の矢の数も減ってきており、ジークの居る当りは弾着の煙で視界が開けていない。

ジークがどうなっているのかも確認できないが、シャルロットは炎の矢を撃ち続ける他ない。

シャルロットが最後の矢を撃ち込んだ後、周りは静寂が訪れた。

観客も誰も、声が出ない。それほどの魔法が今、展開されたのである。

着弾点の煙が晴れていく。観客を含め、ジークが倒れている姿を想像していた。

一陣の風が吹き、煙が流されていく。

そこに居たのは、・・・・剣をシャルロットに向けて立っているジークの姿であった。

全てを防げたわけでは無いらしく、戦闘装束には無数の着弾した跡が残っていた。

だが、しっかりとした構えで剣をシャルロットに向け、ジークは立っていた。

余りの事にシャルロットは、次の行動に移れないで居た。

(何で、あの魔法を受けて立っていられるの・・・?)

シャルロットは手加減無しに先ほどの魔法を放っていた。

まず、立っていられるはずが無いのである。

しかし、実際にジークは立っていて、剣をこちらに向けていた。

シャルロットは、目に見えて混乱していた。

そして、ジークが脚に力を込め、こちらに駆けだした。

シャルロットには、ジークの動きがスローモーションの様にゆっくり見えているのに、身体が動かないのである。

ジークとの距離がどんどん詰まっている。あと数拍もすればジークの剣の間合いである。

(勝てない・・・)

シャルロットは、自分の負けが見えていた。

あと一歩ジークが踏み込めば、負けが決まる。


その瞬間、戦闘場の地面全体が光り出したのである。

ジークの剣がシャルロットの身体の手前で寸止めされた。

シャルロットもジークも周りを見渡している。

(何が起こっている!?)

両者ともに状況が理解できない。

観客も同様で、戦闘場の地面に複雑な魔方陣が急に現れて、黒光りした事に混乱していた。

魔方陣の光が次第に強くなり、周りが見えない程になった。

その瞬間、光は消え、戦闘場の真ん中にが出現した。

真っ赤な毛並み、鋭い牙、口からは炎の息、体長は30mほどの狼のような姿の魔物が現れたのである。

「ガルム!?」

シャルロットは驚きとその名を呼んだ。

王国の南方の遙か先の渓谷に棲んでいるというの大型魔獣。

だが、目の前の魔獣は姿こそガルムと同じだが、毛色が異なる。

赤い毛並みのガルムなど、聞いた事が無いのである。

ガルムは目の前の2人の人間に向けて強い殺気を放っていた。

『緊急警報。戦闘場で危険魔力反応を感知。安全の為防壁を展開します』

闘技場に設置されている魔導術式が、機械的にアナウンスをし、

戦闘場と観客席との間に魔導防壁を展開した。

「お姫さん、ここは退却するべきじゃ無いか?」

ジークは、剣をガルムに向けながら隣に居るシャルロットに聞いた。

「そうだな、と言いたい所だが私はこの魔獣に対処せざるおえんな」

シャルロットも剣をガルムに向けて構えながら応えた。

「おいおい、まさかコイツを倒そうなんて考えてないよな?」

ジークが「冗談だよな?」、と言う顔で再度シャルロットに問うた。

だが、シャルロットのはっきり答えた。

「私は守護騎士団ガーディアンズの騎士団長だ。この魔獣をこのまま放置して逃げるという選択肢は無い」

ジークはシャルロットの顔を見つめた。

そこには確固たる決意に満ちた顔でガルムを見上げるシャルロットの顔があった。

それを見たジークも剣を構え直して、ガルムに対峙した。

「ジーク、お前は逃げろ。これは私の責務だ」

「嫌だね。お姫さんが残るのに俺だけ逃げるのは性分じゃ無い」

その時、シャルロットは横目でジークの顔を見た。

その目はこの魔獣を倒すという決意に満ちた目をしていた。

ジークの目を見たときに、トクンと心臓が跳ねるような感じがした。

(こいつは、こんな目も出来るんだな)

なぜかは分からないが、頬が高揚した気がするシャルロットである。

だが、頭を振って再び視線をガルムに戻した。

「ならば、共同戦線だ。私は奴の右から攻める。ジークは左から攻めてくれ。

守護騎士団ガーディアンズの本隊がこちらに向かっているはずだ。

到着まで持ち堪えればなんとかなるはずだ」

「分かった。お姫さんも気をつけて行けよ。コイツは普通の魔物とは何か違う」

「分かっているさ。ジークも気をつけろよ」

そう言って、2人は左右に分かれガルムに向けて駆けていた。

ガルムも大きな咆吼をあげて、ジーク達に向かって奔っていた。

ジークは瞬動を用いながら、ガルムの脚を斬っていった。

シャルロットも炎熱剣フレイムタンを用いて脚を斬りながら、獄炎の槍フレイムランスを即時展開し、ガルムに放っていた。

だが、ジーク達の攻撃をものともしない様子で、ガルムは巨躯の周りに炎弾を20個ほど展開し、ジーク達に放っていた。

ジークは素早く離脱し炎弾を交わし、シャルロットは展開した炎の守護壁ファイア・ウォールで炎弾を弾き防いでいた。

炎弾の弾幕が途切れた瞬間に、2人は再びガルムに向けて駆けていた。

2人はガルムを斬り、ガルムの炎弾を躱す事に集中し、時間稼ぎに徹していた。

ガルムの巨躯が血に染まって、赤黒くなった時、ガルムの動きが変わった。

巨躯が赤く光り始め、その巨大な口からも赤い光が漏れ出していた。

「まずい、ジーク!!!すぐに離脱だ。ブレスが来るぞ」

ガルムの知識を有しているシャルロットは、その動きからガルムの攻撃動作の前兆が分かった。

だが、ジークはちょうどガルムの口の下に居た為、その前兆が見えていなかった。

シャルロットの言葉に反応した瞬間の隙をガルムが見逃さなかった。

前脚でジークを横薙ぎに叩き飛ばしたのである。

さすがのジークもこの攻撃を受けて、すぐに立ち上がる事は出来なかった。

ガルムはジークに向けてブレスを放つつもりなのか、その巨躯をジークに向けた。

(まずい、ジークは動けない。私が間に入れば炎の守護壁ファイア・ウォールで時間が稼げる!!)

シャルロットは急いでジークの元に駆け寄ろうとしたが、ガルムのブレスの方が早かった。

ジークはガルムがブレスを放とうとしている事に気付いたが、避ける時間は残されてなかった。

(じじいからは、人前で使うな、と言われていたが致し方ない)

命あっての物種である。ジークは覚悟を決めてガルムに向けて剣を正眼に構えた。

「ジーク!!!」

シャルロットが叫ぶと同時に、ガルムがブレスを放った。

赤光りする光線がガルムの口から放たれる。

その規模はシャルロットが知っているガルムのブレスと比べものにならないくらい強烈なものだった。

(あのブレスを受けたら、人間は一溜まりも無い)

シャルロットはジークの身体が吹き飛ばされる様を想像して、顔を背けてしまった。

だが、ガルムのブレスが放たれているのに、ジークの居た場所で爆発が発生していない。

少しだけ冷静になったシャルロットがジークの居た場所を凝視すると、信じられないものを見た。

ジークがのである。

ブレスの圧力で、ジークの脚はくるぶし当りまで地面に埋没していたが、ジークはブレスを耐えていた。

そして、ジークの持つ剣の刀身はブレスを受けながら

ブレスの放出が終わった跡には、赤く光る刀身の剣を持つジークが立っていた。

「せいやぁ!!」

ジークが覇気を込めた一声を発すると、上段から剣を振り下ろした。

その剣から赤い光の刃が放たれ、ガルムを一刀両断していた。

ジークの位置からガルムの居た位置まで地面には一本の裂け目が出来ていた。

ガルムは、自分が斬られた事にようやく気付いたかの様に、2つに分かれ倒れていった。

ジークは肩で息をしながらも剣を構え直し、ガルムの様子を見ていた。

ガルムが動かなくなった事を確認し、ようやく構えを解き剣を納刀した。

そして、シャルロットに向かって歩き出していた。

呆然と座り込んでいたシャルロットにジークは手を差し出した。

「さすがのお姫さんも疲れたみたいだな。立てるか?」

差し出された手を凝視し、ハッと気がついた様に手を握っていた。

ジークはシャルロットを立たせて、笑顔を向けていた。

「とりあえず、助かったな。後は守護騎士団ガーディアンズの連中に任せて、俺らは休ませて貰おうぜ」

守護騎士団ガーディアンズの本隊がようやく到着したのか、ガルムの死骸を入念に調べていた。

ジークとシャルロットは、闘技場の控え室に向けて歩き出していた。


そんな2人をルージュと男が見ていた。

「ハッ、なんだ、ありゃ。反則級にも程があるぞ。強化したガルムを一刀両断かよ」

ルージュは半笑いを浮かべながら冗談めかして言っている。

しかし、その顔は驚きとも笑顔とも見える、引きつった笑顔であった。

「しかし、御前の仰っていた結果となったな。アレは本物だろう」

男は淡々とした口調で応えた。

まるで、この結果は予定調和とでも言わんばかりである。

「冗談だろ。あたいには手に負える気がしないね、あのボウヤは」

いくら戦闘狂と言われていたルージュでも、ジークのあの力を見た後では腰が引けていた。

「だが、お前の役目はまだ終わっては居ない。次の任務に掛かるぞ」

そう言って、男は柱の陰に溶け込む様に消えていった。

「ケッ、言ってくれるよ。現場の意見は無視なのかよ」

そう言って、ルージュも男と同様に柱の陰に消えていった。

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