1-4. 闘技大会 - 準決勝 -

太陽が天高く昇り、空が青々と澄んでいて、雲一つ無い快晴。

闘技大会の最終日に相応しい天候だ。

予選の時より、密度が増している観客席。

今年の準決勝・決勝カードの戦いが、皆気になるのである。

始まるまでは、シャルロットの優勝が濃厚だったのだが、

初参加であるジークの活躍が広まるにつれ、予想が割れだしたのである。

実績もあるシャルロットが優勝するのか、初参加のジークが優勝するのか・・・。

闘技大会の行く末は、天のみぞ知る。

準決勝・1組目、シャルロット選手 vs エルマール選手の戦いが始まろうとしている。


「両者、前へ」

司会が号令を掛け、2名が戦闘場の中央に立つ。

エルマール・ガレリア。

名門貴族の次期当主であり、剣術の達人である。

また、誰もが心を許してしまう程、人との垣根をあっさりと乗り越えてくる人柄。

ガレリア家は軍関係の事業を行っているが、慈善事業にも積極的で、

街の人々からの信頼も厚い。

「シャルロット姫。お初に御目に掛かる。エルマール・ガレリアと申します。

此度の戦い、必ずや満足させて差し上げましょう」

右手を後ろ腰に当て、一礼をするエルマール。

「エルマール郷、貴殿のご活躍は聞いております。剣の腕前も中々のものだとか。

是非、良い試合を行いましょう」

シャルロットも一礼をしつつ返答する。

お互いに剣を抜き、構えを取る。

シャルロットは、右を前とした半身の体制で、右手に持った剣の切っ先をエルマールに向ける。

エルマールは、両手で大剣を持ち、正眼に構える。


「試合開始!!」

司会の号令と共に、試合が開始された。

動いたのはシャルロットの方が早かった。

20m離れたエルマールに、向けて駆けていく。

そして、その間に魔法を詠唱する。

獄炎の槍フレイムランス

現れたのは、七本の紡錘形の炎の槍。

本来なら、一瞬で完了できるはずが無い中級魔法。

それを、シャルロットは即時展開したのである。

「ほぉ、縮時展開ですか。さすが深紅の薔薇姫クリムゾン・ローズ

縮時展開・・・それは、魔法術式を事前に展開しておき、脳内に格納する技術。

キーワードを唱える事で、格納された魔法術式が即時展開されるのである。

格納できる容量は、術者本人の才能に大きく影響される。

エルマールが展開された魔法を見て、即座に対抗魔法を練る。

水爆槌ウォーター・ハンマー

エルマールは、素早く短い詠唱を唱え、直径50cm程の水の玉を作り出す。

『斉射!!』

2人の声が重なり、お互いの魔法が一斉に飛び出す。

獄炎の槍フレイムランスは、エルマール目掛けて直線的に。

水爆槌ウォーター・ハンマーは、飛び交うように獄炎の槍フレイムランスに向かう。

そして、お互いの魔法が2人の中間地点で激突した。

激しい爆音と共に、周囲に蒸気が広がって視界が無くなる。

エルマールは、蒸気から距離を取る為に後方に跳躍した。

その瞬間、蒸気から紅い人影が飛び出してきた。

シャルロットは、爆発をものともせずに、駆け抜けていたのである。

ひたすら前に歩を進めた者と、引いてしまった者。

勝負は実力が拮抗しているならば、お互いの信念の差で決まる。

シャルロットは、距離を詰め、剣を振り下ろしていた。

その剣は、炎に包まれている。

炎熱剣フレイムタンか!!)

エルマールが大剣で受けながら、舌打ちする。

シャルロットは、獄炎の槍フレイムランスを放つと同時に、炎熱剣フレイムタンを詠唱していたのである。

切れ味と衝撃を増す炎熱剣フレイムタンは、大剣で受けるエルマールの体力を削っていく。

受ける度に、腕がしびれていくエルマール。

対抗魔法を練りたくても、その隙を与えないシャルロット。

15合のシャルロットの剣激を受け、エルマールが大剣を落とした。

そして、首元には炎渦巻く剣先が突きつけられた。

「参りました」

エルマールの降参と共に、シャルロットの勝利が決まった。

「シャルロット姫、さすがでございます。まさか、あのまま駆けておられたとは」

エルマールはゆっくり立ち上がりながら、シャルロットに賛辞を送る。

「私はひたすらに前へ進む事で、民の為戦う事を決めている。

『引く』という事は、今はまだしたくないのだ」

シャルロットは、納刀しながら返答する。

「若いというのは良い事ですな。しかし、時には引き際も重要となる。肝に御銘じ下さい」

エルマールは、真剣な顔でシャルロットを見つめながら、進言していた。

「あぁ、肝に銘じよう。良い試合を有り難う」

シャルロットは真剣な眼差しをエルマールに返しながら、握手を求めた。

「こちらこそ、有り難う御座いました」

2人が固く握手を結んだ。

こうして、準決勝・1組目は終わった。


1組目が終わり2組目が始まるまで時間があった。

ジークが身体の状態を確かめるように柔軟を行っているとき、背後から声を掛けられた。

「よぉ、あんた初参加って割には結構強いな」

若い女の声で張りがあり、なんとなく姉御的な口調が特徴だった。

「予選で見てたけど、変わった戦い方だな、ありゃ。独学か?」

ジークの返答を待たずにズケズケと話してくる女。

ジークは、振り返り女の姿を見て、しかめ面で応える。

「いきなり話しかけてくるとはお里が知れるぞ。まず、名乗ったらどうだ」

そう言われ、女はケラケラと笑いながら応える。

「そいつはすまねぇ。お上品な育ちじゃないもんでな。私はルージュ。お前さんの対戦相手だ」

ジークはそう言われ、よく見ると予選で見た覚えがあった。

予選第4組で、豪快な戦い方をしていた女だった事をジークは思い出していた。

「俺はジーク・エレミアだ。宜しくしよう」

そう言って、ジークは右手を差し出す。

「へぇ、今から戦うってのに変わってるねぇ。まぁ、そういう奴は嫌いじゃ無い」

そう言って、ルージュも右手で握手する。

「あたいは強い奴と愉しく戦えればそれで良い。その為に大会に出てるからな。

だから、あんたとれるのは実に愉しみだ。優勝なんか興味ないしな」

ニカッっと笑うその顔は、戦いを心底愉しんでいる顔であった。

「ご期待に沿えるように努力するよ」

肩をすくめながら、ジークは応える。

「あんたは間違いなく強い。あたいの目に狂いは無いね。愉しませてくれよ」

そう言って、2人は握手を解いた。

「じゃあな」

そう言って、ルージュは去って行った。

ジークは右手を見つめていた。

(あの女、間違いなく強い。気配というか何かが違った)

女を構成する何もかもが濃密だった。

ジークは、今まであんな人間に出会った事は無かった。

ジークの顔に汗が一筋流れた。


「両者、前へ」

司会が号令を掛ける。

ジークとルージュはお互いの得物を抜いて立っていた。

(なんだ、あの大剣は?)

ジークがルージュの大剣を見て、不可思議に思った。

厚刃の片刃、バスターブレード程の大きさがあり、峰の部分には四角の格子が刀身全体に並んでいる。

(なにかの仕掛け武具か?)

ジークは武具については詳しくない。その為、何の為の仕掛けかが分からない。

ジークの視線に気付いて、ルージュはニヤッと笑う。

隠し球を披露するのを愉しみにしている手品師のような、愉悦に浸っている顔である。


控え室に帰ってきていたシャルロットは、ジークの戦いを見る為、戦闘場を覗いていた。

(あの女の持ってる剣ってもしかして・・・)

シャルロットは魔法だけで無く武具についても教養として勉強していた。

その為、女の持つ大剣の正体が分かっていた。

(アレが本物だったとして、使いこなせる人間が居るって事なの?)

文献に記載されていた能力を考えれば、とても人間に扱える代物では無い。

現に、一本しか製造されなかったと聞いていた。

(ジーク、初手から警戒しないと一瞬で終わるわよ)

届くはずの無い想いを胸にシャルロットは戦闘場を見つめていた。


「試合開始!!」

司会の合図と共に、両者が同時に駆けていた。

速度はジークの方が圧倒的に速い。

しかし、ルージュも今までの選手と一線を画す速度で迫っていた。

ジークが上段から打ち下ろしで斬ろうとし、ルージュは切り上げでジークの剣を受けようとしている。

ガンッ!!!

2つの剣が合わさった瞬間、斬激の凄まじさから周囲の風が暴れ乱れる。

そして、ルージュが更に・・もう一歩踏み込みながら、大剣に魔力を通した。

魔力を受け取った大剣は、編み込まれた術式を通して、術を発動する。

大剣の切っ先付近の峰にある格子から、爆音と共に炎が噴出した。

(何っ!?)

大剣が新たに加速を得て、ジークの剣を押し返していた。

ジークも踏ん張るが、余りの衝撃にジークの身体が30m程吹っ飛んだ。

ジークは地面に叩き付けられるように落ち、息が出来ないで居た。

(何だ、今の加速は?)

ルージュは、大剣を振り抜いた体勢でジークを見つめていた。

「驚いたか、ジーク。これがあたいの愛剣の力だ」

大剣を肩に担ぎ直して、ジークが立ち上がるのを待っていた。


重激大剣インパクト・ブレード

大剣に無数の射出口を設置し、注がれた魔力を基に爆発的な加速を剣に与える大剣。

重量・慣性・消費魔力のどれもが普通の人間に耐えられるものでは無い為、

最初の一本が製造されただけの代物。

その衝撃に耐えられるだけの頑強さを備えた為、人が振り回せる重量では無くなった。

与えられる加速が凄まじい為、人の身体で耐えられる慣性では無くなった。

瞬間的に大出力を出す為、必要な供給魔力が膨大なものになってしまった。

これらの理由から、使い手の居ない大剣の一つとして扱われていた。

だが、この女は事も無く扱っている。

それだけでも、分かる人間には女の非尋常さが浮き彫りになるものであった。


「面白ぇだろ。骨董屋でカビが生えてたのを見つけてな。拾ってきたんだよ」

ジークは立ち上がりながら、ルージュを見つめ返していた。

(あの衝撃を何回も受けたら、俺も剣も耐えられない。避けきるしか無いか)

ジークは一撃で重激大剣インパクト・ブレードの、凶暴な威力を理解した。

(本当は出したくなかったが、仕方無いな。勝たなきゃ意味が無い!!)

そう思い、ジークは息を一度吐き、スーッと吸い込む。

そして、ジークの姿がブレた様に見えた。

「!?」

ルージュが驚く。無理もない話である。

30m離れて立っていたはずのジークがブレる様に消え、目の前で剣を振りかぶっている。

虚を突かれた形のルージュは、大剣でジークを追い払うように振り抜いた。

が、ジークはその大剣を避け背後に・・・立っていた。

(なんだ、その速度は!?)

目で追えない為、ルージュは剣気だけを頼りに、ジークの位置を把握しようとしている。

だが、ジークの余りの速さに知覚できていない。

(分身の術でも使ってるのかよ!?)

ルージュには、ジークが複数人で襲ってきているかの様な錯覚を覚えていた。

斬った、と思ってもそこにジークは居らず、別の位置から斬りかかってくる。

(クソったれ!?)

重激大剣インパクト・ブレードに魔力を大量に流し込み、知覚できているジークを一気に斬ろうとするルージュ。

だが、斬った度にジークの気配は消えていき、振り抜き続けてもジークを捉えられない。

最後の一人を斬った。が、それもすり抜けていく。

重激大剣インパクト・ブレードの加速が切れ、構え直そうとした瞬間、死角から剣戟が襲った。

そこには無かったはずである。

だが、そこからジークが鋭い視線を向けて、剣を振るっていた。

ジークの剣がルージュの大剣を弾き飛ばした。

飛んでいった大剣は、地面に深々と突き刺さり、ルージュの首元にはジークが切っ先を当てていた。

「勝負ありだな」

ジークが静かな口調で言った。

ルージュは驚きの顔を見せたが、次の瞬間両手を挙げて降参のポーズをした。

「やるとは思っていたが、ここまでとはねぇ。最後のアレはなんだい?」

ルージュは剣を納刀するジークに質問する。

「ただ単に、速く動いて斬っただけだ。魔法では無い」

淡々とジークは応えていた。

「本当かよ。まぁ、種明かしは普通しねぇわな。愉しかったから良しとするか」

ルージュは、地面に突き刺さった自分の大剣を引き抜き、肩に担いだ。

「また、どっかでろうぜ。お前との戦いは愉しくなりそうだ」

そう言いながら、ルージュは控え室に向けて歩き出した。

(やれやれ、まさか準決勝で使う羽目になるとはな・・・)

ジークも控え室に戻りながら嘆息する。

ジークの最後の攻撃は、確かに魔法によるものでは無い。

剣術で歩法を極めていくとたどり着く境地、瞬動。

体術として最速と言われるそれを、自己加速スレイプニルで更に加速させる。

そして、見えざる姿インビジブル・オブジェクトを併用する事で、見える残像と見えない本体で攻撃する。

ジークとしては、隠しておきたい技の一つである。

(シャルロット用に取っておきたかったが、仕方ないか)

そう思いながら、戦闘場を去って行くジークであった。


控え室でルージュが歩いていると、柱の陰からフードを来た男が現れた。

「どうだった?アレは本物か?」

男の声は、以前街で監視していた男のものだった。

「どうだろうねぇ。だが、本物の可能性は高いと思うぜ。ありゃ、化け物の部類だ」

ルージュは笑いながら応えた。

街でジークを監視していた女はルージュだったのだ。

「まぁ、戦いながらだったが、戦闘場に仕込みは済ませた。後は結果をご覧じろって所だねぇ」

ルージュは、実際には全力で戦っていなかった。

戦いを行いながら、実際の目的の作業を同時に気付かれる事無く済ませていた。

「確認は決勝の場で分かるだろうし、そこで判断でも良いんじゃねぇか」

笑いを潜ませ、鋭い目で男をみるルージュ。

男は無言のまま、影に消えていった。

「やれやれ、せっかちな男は嫌われるぜ」

そう言いながら、ルージュもまた影に消えていった。

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