1-2. 王都ベルン

正午過ぎ、ジークは王都ベルンに来ていた。


−王都ベルン−

中央に巨大な城があり、周囲を町並みが囲う。

城から外壁まで6方向に大通りが真っ直ぐに伸びており、

その大通りにより街は6区画に分かれている。


第1区画は食料関係、第2区画は衣類など、第3区画は武具関係、

第4区画は飲み屋などの繁華街、第5区画は研究所や学問所など、

最後の第6区画は闘技場や騎士団の練習場・宿舎が纏まっている。

欲しい物があれば、その区画に行けば大抵の物は揃う。


また、外壁は純白の輝きの壁が天まで届く程高く、そびえ立っている。

しかし、外壁の全面をツタが這っており、新緑の葉が隙間無く生い茂っている為、

白い壁は間近に寄らなければ見えないほどである。

その為か、普通なら威圧感が勝るであろう外壁は、柔らかな印象を与え、

季節によって異なる花が咲き乱れる。

人々からは、新緑の壁エメラルドガーデンと呼ばれ、癒やしの場所になっている。


ジークは、まず闘技場を目指して街を歩いていた。

闘技大会への出場申請を行う為である。

闘技場の周りは闘技大会への出場者であろう人々が、

ごった返しており、歩くのも一苦労である。

「闘技大会への申請は、順番に行いますので、こちらの列にお並びください」

職員の女性が声を張り上げ列の整理を行っているが、許容量が足りてないのか、

どこが列の最後尾なのか分からない状態である。

闘技大会の職員総出で整理を行っているようだが、申請者の方が多すぎる為、

整理し切れていない。


ジークは、離れた場所でそれを見ながら、落ち着くのを待っている。

恐らくだが、もう少しすれば《彼ら》が来るであろうからだ。


「貴様ら!!順番の一つも守れないのか!!職員の指示位しゃんと聞け!!!」

(ようやく、来たか・・・)

ジークが心の中で、待ちわびたように嘆息する。

現れたのは、先頭に深紅の鎧を着た騎士と、白い甲冑の騎士十数人。

王都ベルン・守護騎士団ガーディアンズの連中だ。

実力者しか入団する事すら出来ない、精鋭中の精鋭の王都の守りの要。

指揮をするのは、先頭の深紅の女性騎士、シャルロット・エガリテ。

国王の娘、その上に騎士団団長であり、深紅の薔薇姫クリムゾン・ローズと呼ばれている。

本人の技量も相当なもので、大型魔物を一人で退治出来る程の実力者。

そして、去年の闘技大会の優勝者である。


「総員、この無法者共を対処せよ。抵抗する者には容赦するな!!」

シャルロットの一言で、騎士団が一斉に動き出す。

この街で、騎士団に逆らうのは自殺行為である。

騎士団に在籍しているというだけで、実力者である証明になる。

さっきまで騒いでいた参加者達が、職員と騎士団によってまとめ上げられていく。

(やれやれ、やっと申請できるな)

ジークは、騒ぎが収まった申請所に気配を隠して足を運ぶ。

シャルロットに見つかりたくは無いからである。

だが、気配を消したはずのジークの肩を叩く者が一人。

「ジーク、元気だったか?私を無視するとは良い度胸だな」

満面に笑みを浮かべながら、殺気を放つ紅い騎士が一人、シャルロットである。

(やれやれ、やっぱり見つかったか・・・)

心の中で嘆息しながら、振り返るジーク。

「やぁ、お姫さん。そっちは相変わらず殺る気満々だな。嫁の貰い手がどんどん居なくなるぞ」

「余計なお世話だ。私の夫となるのは私より強い男と決めておるからな。この程度で怯むようでは話にならん」

「それじゃ、ずっとお姫さんは独り者って事か。ご愁傷様」

お互いに殺気を放ちながら、笑顔で応酬する2人を、周りの人間は固唾を飲んで見ている。

周りの者からすると、2人の空間だけ戦場の様な空気が流れている異様な雰囲気は、正直居心地が悪い。

・・・が、口を挟める者は居なかった。


「それより、ジーク。ここに居ると言う事は今年の闘技大会に出るのか?」

周りの雰囲気を察したシャルロットは殺気を抑え、ジークに問う。

「あぁ。参戦年齢を満たしたしな。今年はお姫さんを王座から引きずり下ろしてやるよ」

整理された列に並びながら、ジークは鋭い視線をシャルロットに向けながら答える。

その視線を真っ向に受けながら、シャルロットは不敵に微笑む。

「そうか、それは楽しみだ。予選敗退なんて無様な姿は見せるなよ、ジーク」

そう言いながら振り返り、騎士団の中に戻っていくシャルロット。

(決勝でろうぜ、シャルロット)

ジークは心の中で静かな闘志を燃やしていく。


「はい、次の人。個人識別札パーソナル・カードを出してください」

ジークが係員の前に立ち、個人識別札を手渡す。

個人識別札パーソナル・カード

魔法金属で作られているそれは、個人情報が記録されているカードである。

中に記録されているのは、持ち主の名前、所持金、病歴など多岐にわたる。

買い物もこのカードで支払いが出来る為、これ1枚あれば街で生活する事で困る事は無い。

また、他人のカードを不正使用しようとしても、持ち主の持つ波動以外では、

一切の機能が使用できない特殊魔法が織り込まれている。

なので、他人にとってはただの板きれでしか無い。

そのカードを係員が手元の水晶にかざして、情報を読み取り記録していく。

「ジーク・エレミアさん。初出場ですね。大会ルールの説明は必要ですか?」

係員は、カードをジークに手渡しながら聞いてくる。

「識っているつもりですが、一応念のため、説明して貰えますか?」

ジークが確認のつもりで返答した。

「はい、分かりました。では説明させて頂きますね」

係員は笑顔を浮かべながら、大会の説明を行っていく。

大会の規定はそこまで複雑な物では無かった。


一、大会は予選と本選に分かれて行われる

二、予選は、最大30人でのバトルロイヤル形式で、上位2人が本戦に上がれる

三、本戦は、1vs1の個人対戦形式で行われる

四、勝敗は、相手を戦闘続行不能まで追い込むか、降参させる事で決着する

五、大会に持ち込める武器は1つだけ

六、防具は何を装備しても良いが、ポーションや薬草などのアイテムは禁止とする

七、魔法は使用可。しかし、対人殺傷能力5以上の魔法は厳禁とする

八、相手を死に至らしめる行為は禁止

  相手を殺してしまった場合は、一生牢屋に入れられる


係員の説明を聞きながら、頭で纏めていくジーク。

(魔法がやっぱり厄介だな。対人殺傷能力5ってどの位の威力なんだ?)

ガロードは魔導師なので、魔法は使えない。

ジークの対人稽古ではガロード相手だったので、

魔導の経験はあっても、魔法の経験が無い。

殺傷能力5以上の魔法と言われても、ピンと来ないのである。

・・・が、ここでそれを聞く事は、自分から「魔法に関しては全く識りません」と公言する事。

さすがのジークもそれは避けたかった。

「分かりました。丁寧な説明ありがとうございます」

係員に頭を下げ、列を去るジーク。

(まぁ、戦いながら感覚を掴むとするか)

「さて、じじいの酒も買わなきゃいかんし、さっさと買い物済ませるか」

ジークは飄々とした風で歩き出す。


「カルヴァドス、1樽で良いんだな?ジーク」

酒屋の主人がジークに聞いてくる。

「あぁ、前みたいに4樽も5樽も飲まれて堪るか」

「相変わらずみたいだな、ガロードのじいさんも」

主人はカラカラと笑いながら、台車に樽を積む。

「いつもと同じで、厩舎に送っておけば良いのか?」

主人がジークからカードを受け取り、支払いを済ませながら聞いてくる。

「宜しく頼む。樽を担いで街を歩きたくは無いからな」

「確かにな。いつ頃までに運び込めば良い?」

「午後3時までに頼む」

「分かったよ。おい、お前。こいつを厩舎まで運んでおいてくれ」

主人が店員に声をかけ、台車を引き渡す。

この街では変わったシステムがあり、買い物をしても持ち歩く必要が無い。

街の住人なら、店で買った際に住所を伝えておけば、指定した時間に届けてくれる。

郊外に住んでいる場合は、厩舎に届けてくれる上に、馬車に積んでおいてくれる。

商品の代金に手間賃程度の代金が上乗せされているので、

両手に一杯になって歩き回る、という事態にはならない。

ジークのように、纏めて1週間分の食料を買う客がいる為、

このシステムは概ね好評である。

(これで買い物は全部終わりだな。後は、街を散歩でもして帰るか)

ジークは、主人に挨拶をして店を離れた。


ジークが訪れたのは、新緑の壁エメラルドガーデンである。

季節によって咲き乱れる花の種類が変わる為、いつ来ても楽しめる場所なのだ。

街には所用が無ければ来ないジークであるが、この場所はいつも訪れたいと思う場所なのである。

ジークは、ベンチに座り周囲を見渡す。

子供達が花を見せ合い笑う姿、老夫婦が仲良さそうに歩く姿。

そして、親子で遊んでいる風景。

ジークの目には、眩しく写るのである。

ジークはガロードと血の繋がりは無い。

ジークが赤ん坊の頃、森で捨てられていた所をガロードが引き取り育てたのである。

ガロードに大事に育てて貰って感謝はしている。

・・・しかし、森で過ごしているガロードの所に居るという事は、

幼なじみや友達という存在が幼少期に居なかったという事。

笑い合いながら遊んでいる子供達を見ていると、何か不思議な感覚がジークを包み込む。

寂しい様な、暖かいような・・・そんな感覚。

ジークはその感覚がなんなのか分からないが、不思議と心地良いと思える。

その為、街に来る度に新緑の壁エメラルドガーデンに寄って時間を過ごすのである。


(さて、そろそろ帰って食事の準備でもするか)

そう考え、ジークはベンチを立った。

その瞬間、背後から視線を感じた。

(見られていた?いつから?)

背後に視線を向けても、人が賑わう大通りが有るだけである。

視線の主を探すのは、困難である。

(・・・去ったな)

嫌な予感はするが、今は手の打ちようが無い為、頭の片隅に入れておく事にする。

ジークは、やれやれと頭を振りながら、厩舎に向けて歩き出す。


「やるねぇ。あたいの監視に気づくなんてね」

フードを被った女が大通り沿いの建物の屋上で身を潜めながら、舌舐めずりする。

先ほど、ジークが感じた視線は、彼女の監視だったようだ。

「アレが狙いのボウヤなのかい?」

もう一人、フードを被った人物に問う。

「あの小僧が、御前の探している鍵になる者・・・・・なのかは不明だ」

答えた声は、若い男。

「ただ、可能性はあると仰せだ。力を本当に持っているか確認するのが我らの役目」

抑揚の無い、淡々とした声。しかし、言葉に力がこもっている。

自らの使命を全うする事に己が全てを賭けている事が分かる。

「闘技大会も近いし、ちょっかいを掛けてみて反応を見てみようかね」

女は、獲物を見つけた捕食者の顔を覗かせながら、楽しそうに話す。

「首尾は任せたぞ」

男は一言答えて、その場を去る。

「まぁ、あたいのちょっかい程度じゃ、本物なら死にやしないよ」

女もまた、屋上を去る。

誰も居なくなったその場を、乾いた風が吹き抜ける。

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