第6-5話 終戦と約束

「な、んで……?」


 目の前の光景に初めて出た言葉はひどく間抜けなものだった。

 ヘルマンだったものの頭部にサファイアさんの杖が刺さっている。

 音も立てずに、黒い灰が風に舞って消えていった。

 俺は力が抜けて、その場にへたり込んだ。


「……さあ、なんでかしらね」


 サファイアさんは杖を叩きながら、ほとんど無表情で答える。いつもの妖艶な微笑ではない。

 一陣の風が、隕石の方――サファイアさんの背後から吹く。


「――あっ」


 サファイアさんの魔女帽が飛ばされ、藍色の髪が靡く。帽子は辛うじて杖で捕まえたが、サファイアさんの頭が顕になった。


「……ツノ?」

「……バレちゃった」


 自嘲気味に笑うサファイアさんの頭頂部には、両側から山羊のようなツノが一本ずつ生えていた。変な話だが、仮装ではなくて本物だと確信した。

 サファイアさんは肩をすくめながら、魔女帽を目深に被る。


「見間違いよ。って言ったら、信じるかしら?」

「……いや……」

「ふふ、でしょうね。冗談よ」


 驚く俺の顔が面白いのか、サファイアさんはくすくすと笑う。


「お察しの通り、私は魔族よ。普段は隠せるんだけど、魔力を使いすぎると生えてきちゃうのよね。困ったものだわ」

「……どうして」

「どうして、というのは、魔族なのにどうして魔王討伐のための【勇者】パーティに参加しているのか、ということかしら?」


 頷く。


「それとも、どうしてヘルマンの支配の《呪言》に対抗できたのかということかしら?」


 再び頷く。


「あらあら、欲しがりさんね。まあいいわ。特別にどちらも答えてあげる。まず、私がパーティに参加しているのは、あなたが理由よ。エリオット君」

「……俺?」

「ええ。そうね、これは二つ目の理由から話したほうが分かりやすいかしら。ヘルマンが使った《呪言》――なんとなくわかっているでしょうけど、名前で対象を縛る呪術よ。呪術というのは、呪いの言葉を割と長く唱えなければならないから、本来戦闘に用いるには向かないの。けれどヘルマンは戦闘中にも関わらず高速詠唱していたわ」


 俺はヘルマンが、気が狂ったようにぶつぶつ言っていたのを思い出す。


「ふふ、役者よね。それで、支配の《呪言》の対処法は大きく分けて二つあるわ。一つは《解呪》すること。私はヘルマンがどこかで《呪言》を使うと踏んで、《解呪》の準備をしていたわ」


 サファイアさんは悪戯っぽく笑うと、不規則に指を曲げ伸ばししてみせた。そういえば、戦闘中にも同じような動きをしていたっけ。一見適当に見える指の動きが、魔法の詠唱のような働きをするのだろうか。


「だから、私は《呪言》に支配されず、ヘルマンを殺せたわけね」


 感心しきって、阿呆よろしく口が開きっぱなしになる。

 敵でなくてよかったと改めて思う。


「そしてもう一つの対処法は……名前を知られないことよ」


 どきりと心臓が脈打ち、意識していなかった鼓動一つ一つが脳に響いてくる。

 思わずサファイアさんから目を逸らした。


「……なんとなく、察してもらえたかしら。私ね、実はあの投票のとき、あなたの割と近く、後ろの方に居たのよ。それでね、あなたは名前を聞かれたとき、家名を言い淀んだでしょう? 普通、自分の家名は流石に言い間違えないわ。だから、あなたには何か隠し事があるように思えたの」


 探るような目で見回されているのを肌で感じた。墓穴を掘っていると理解しながらも、サファイアさんの方を見ることが出来ない。


「でも、名前はきっと本物だと感じたわ。言い慣れている感じがしたもの。だから、ヘルマンにエリオット君の名前を知られるわけにはいかなかったのよ」


 点と点が、線で繋がる感覚がした。

 ヘルマンが現れてから、サファイアさんに感じていた違和感。そういえば、俺のことを「オズワルド君」と呼ぶようになっていた。

 顔を上げると、サファイアさんとバッチリ目が合ってしまった。

 サファイアさんは柔らかい笑顔を浮かべる。


「良いのよ。誰にでも、例えば私にだって、秘密があるものよ」


 杖の先でコンコンと、帽子越しにツノを叩いてみせる。


「私は偶然か、エリオット君が話したくなってから、あなたの秘密を知れたら良いなと思うわ。それまでは、秘密でいいのよ」


 いつもの妖艶な笑みを浮かべ、サファイアさんは何かに気が付いたように、隕石の山の方を見遣る。

 つられて山に顔を向けると、かすかに声が聞こえ、段々と大きくなる。


「チッ、ヘルマンはどこ……な、なんだあの岩山は!?」

「石になってないにゃ! 死んでないにゃ! ってことは【勇者】様が勝ってくれたんだにゃ!!」

「さすが【勇者】様とサファイアさん! あれ、でも、二人はどこに……?」

「えっ、まさか、あの下敷きになんかなってないでしょうね!?」

「チッ! 探すぞお前たち!」

「ガッテンにゃ!」


 願い続けた、仲間たちの声。

 身体の力がふにゃふにゃと抜けてしまって、大の字に寝転んでしまう。

 サファイアさんは「あらあら」と笑って、もう一度帽子を深く被った。


「このままだとみんな、瓦礫を全部ひっくり返すわよ?」

「あ! そうだよね! おーい、みんなー! 俺たちはこっちだよ!」

「チッ、早く言え馬鹿が」「そっちいくにゃ!」「無事でよかった、【勇者】様!」「もう、心配させないでよね」


 四人分の足音が、生きてる証が地面を伝って響いてくる。自然と涙が溢れてきた。

 サファイアさんは俺のそばに来て、しゃがみこんだ。いい匂いのする藍色の髪が鼻孔をくすぐり、ドキドキしてしまう。

 まだ四人はこっちへ来ていない。二人だけの空間で、サファイアさんの整った顔が俺の顔に近づいてきて――

 彼女は自分の人差し指を、俺の口元にあてがった。

 内緒話をするようなポーズにさせられて、肩透かしを食らう。ちょっと期待をしていたから、残念やら安心やら恥ずかしいやら。俺は乾いた笑いを漏らす。


「私のことは皆には内緒よ。じゃないと……」


 人差し指を俺の唇から離すと、俺の口がついていたところに、軽く口付ける。


「あなたのこと、強引に脱がしちゃうからね」


 ぼふんと音が聞こえるくらい、俺は真っ赤になっていたように思う。

 熱を帯びた顔を隠すように、両手で顔を覆った。

 隠しきれない耳に聞こえるのは、仲間たちの楽しげな声。

 指の隙間から目に映ったのは、少女のように笑う魔女の横顔。

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