第6-4話 異形と願い

 そういえばいつの間にか、石化した四人からは随分離れることが出来ていた。サファイアさんはそれを待って、大型魔法を使用したのだろう。俺も出来るだけ離れるようにしていたつもりだが、サファイアさんはかなり戦闘慣れしているようだ。

 朦々と立ち込める砂埃とススの向こうで、所々赤く明るく光る隕石が山となっていた。ヘルマンはあの下敷きになったのだろうか。

 俺は大きく息を吸い込む。


「サファイアさん! 大丈夫!? すごいね!」

「ええ、大丈夫よ! オズワルド君も、怪我はない!?」

「なんとかね、大丈夫! 隕石を飛び越えてそっちに行くね!」

「ま、待って! オズワルド君はそちら側で警戒していて! まだみんなの石化が解けていないわ! ヘルマンは生きているかもしれない!」

「わかった!」


 なんだか焦っているような様子だが、実は隕石が俺に当たるかどうかが運次第だったりしたのだろうか。それはとても恐ろしい。

 そして、この状況でヘルマンが生きている可能性を考えるあたり、やはりサファイアさんは戦闘のエキスパートだという気がする。

 俺はといえば、こんな状況でヘルマンが生きているとは到底思えなかった。

 一応確認のため、隕石の山の方へ歩いて行く。確認と言っても、魔法が使えたということはヘルマンは魔族と思われる。だとするなら、死ねば灰になるしかない。つまり隕石の下に何もないことを確認せねばならない。なかなか骨が折れそうだ。

 がらがらと、隕石が崩れる。当たらないように注意しようと思っていると、隕石の山が生き物のように盛り上がる。


「が、あああああああああああああっ!」


 びりびりと鼓膜を震わす、怒声。

 声と言うには人間味に欠けており、野太く、けだもののそれに近かった。

 まさか、と【聖剣エクスカリバー見習い】を構える。

 嫌な予感は結構当たるもの。隕石の山は持ち上がり、がらがらと崩壊した。


「ふうッ、ふううッ……」


 その下から姿を現したのは、金髪碧眼で生気の薄い好青年――ではなかった。

 さらさらだった金髪は焼けて散り散りで、脳が一部顕になり、目は片方失われている。口から臍のあたりまで縦に裂け、食虫植物の捕虫葉のように左右に牙が生えている。両腕があったはずの肩口からは虫や蛸の足のような触手が数本ずつ生え、黒炎を纏いながらうねうねと蠢いている。足は人間のそれだが、筋肉や骨が丸見えで、足としての機能を果たしていない。肩から生えた触手で躯を支えているようだ。

 ヘルマンだった【これ】は――魔王城の周りに蠢いていた何か、そのもの。


「殺ス……【勇者】……こロす……魔王……殺す……」


 何が【これ】を掻き立てるのか、理解できなかった。


「う……」


 幼いころの記憶が蘇って尻込みするが、仲間たちのことを考える。一歩、また一歩、【これ】に近づいていく。焼け焦げた肉の匂いで、頭がくらくらした。

 鈍いと思っていた【これ】が、いきなり触手を縮めた。かと思えば、地面を蹴り、大口を開けて接近する。


「うわっ!」


 力任せに【聖剣エクスカリバー見習い】を横薙ぎにして、牙を退ける。

 しかし炎の触手が四方八方から俺の身体を殴打する。


「い、あつ、痛っ! 《ムーンスラッシュ》!」

「ぎゃあっ」


 ゼロ距離で放った《ムーンスラッシュ》は、斬撃の威力は劣るものの光魔法としての効果を発揮したらしく、【これ】は悲鳴を上げて後ずさる。

 そんな攻防を何度か繰り返し、泥仕合のようになってくると、片方残った【これ】の目が、ヘルマンの目の輝きを取り戻す。


「ああ……君たちはやっぱり強かった……こんな姿になってしまったけど、僕は楽しかったよ……」

「そうかよ……っ」

「泥仕合でもいい。このまま決着をつけよう」

「……ああ」


 ヘルマンは目を細め、触手一本一本に力を込める。

 俺もそれに応えるように【聖剣エクスカリバー見習い】を正中に構えた。


「もっと前に出会っていれば……出会っていれば? もっと前に? わからない、わからない……」


 大きな口を微かに開けて、ヘルマンは自問する。

 その、原型を留めない顔は、どこか寂しそうに見えた。


「仕方がない。タラレバはきりがないんだ……【勇者】は殺す」


 碧眼が俺を見据える。

 ヘルマンの肩がぴくりと動いたのを見て、俺も腕の筋肉を撥ねさせた。

 黒炎を帯びた触手がすべて、正々堂々と俺の心臓を穿とうと放たれる。

 真正面からすべて捌いて、そして勝とう。そう思った。


「オズワルド君! 今行くから!」


 上空から聞こえるサファイアさんの声。心配になって隕石の山を飛び越えてきてくれたのだろう。でも、助けはいらない。そんなに時間はかからない。

 剣と触手が交叉するその瞬間も、俺は下卑た笑顔を浮かべるヘルマンをしっかりと見つめていた。

 ――下卑た笑顔?

 言葉が聞こえるより先に、涙が伝っていた。

 ヘルマンはもういない。


「停止しろ、『オズワルド』! そしてオズワルドの脳天に杖を突き立てろ、『サファイア』!」

「くそっ――!!」


 そこからはコマ送りの世界だった。走馬灯というやつだろうか。

 おそらく【これ】は名前を呼べば支配が可能なのだろう。

 だが、依然として停止する様子を見せない俺に【これ】は驚きを隠せない。

 俺からしてみれば至極簡単なカラクリで、俺は『オズワルド』じゃなくて『オール=ザ=ワールド』だ。恥ずかしい名前に、生まれてはじめて感謝する。

 乱れた触手をまとめて撫で斬りにすると、視界の端に藍色の髪が見えた。

 サファイアさんは俺を助けに来て、運悪く――操られてしまうだろう。

 俺は心の内で何度も念じる。【これ】の頭部を破壊する。【これ】の頭部を破壊する。昔、親父から【これ】は頭を潰せば死ぬのだと言われたことを思い出し、何度も何度も反芻する。

 俺が脳天を突き刺されても、身体が【これ】を屠ることを願う。

 そして俺が死んでも、せめて仲間たちだけは生きられますように。

 どうか、誰も気に病まないでくれ。


 ――そして。

 願いは虚しく、届かない。

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