第6-3話 人質と容赦

 ゆらりゆらり、ヘルマンは俺のもとへと歩み寄ってきた。

 好青年よろしく、だが邪気をはらんだ表情。

 俺は目が離せず、それでも射程距離への接近を許した。ヘルマンは攻撃するでもなく、変わらずゆっくりと、見ようによっては隙だらけに俺の眼前にたどり着く。仲間たちもヘルマンへ攻撃を仕掛けることはなく、固唾を呑んで見守っていた。

 それは諦念。仲間たちの顔は悲壮感で塗り潰されていた。

 ほぼ全員での文字通り身を焦がしてのアタックが無価値に終わったのだ。


「さて、もう終わりにするかい? 役割は果たさなきゃいけないんだけど、僕としては少々名残惜しい気がしていてね」

「……名残惜しい?」

「そう。だって君と、そこの魔女とは戦った気がしていないからさ」


 確かにヘルマンの言う通り、俺とサファイアさんは先程の攻防にあまり手出ししていなかった。だがそれは、していなかったというよりしないほうが連携が上手くいくと思ったからだ。


「その顔は、ベストを尽くしたと思っているわけだ」


 図星を突かれて、眉間がひくつく。

 ヘルマンは肩をすくめた。


「やれやれ。これ以上戦う意味がないというわけだね。困ったな……」


 世間話をするように、ヘルマンは腕を組む。

 ううんと唸って、やがて「そうだ」と手を叩いた。


「それなら、戦う意味を作ってあげよう」


 ぶわっ、と嫌な空気がヘルマンから流れ出し、辺りを重く昏く覆った。

 戦意喪失していた仲間たちも、一瞬だけ臨戦態勢をとる。

 しかしそれは結果的に意味をなさなかった。


「石化せよ。『クロイツェル』『キャミー』『コーロ』『ツィータ』」


 四人――クロイツェル、キャミー、コーロ、ツィータの足が止まる。


「チッ、何だ……?」

「にゃにゃっ!? 足が地面に張り付いてるにゃ!?」

「え、え、えっ? なにこれ、足が……手も、動かなくなって……?」

「なにこれ、身体動かない。首も。助けて、【勇――」


 瞬く間。四人は物言わぬ石像と化した。


「みんな!!」


 駆け寄ろうとした俺をヘルマンの右手が制する。


「安心してくれ。四人はまだ死んじゃいない。もちろん証拠なんて出せやしないけど、信じてくれと言うしかないな。というより、信じるしかないと言うべきか。希望がなくなってしまうからね。ああでも、もちろん時間制限はあるよ。正確にはわからないけど、なるべく早くしないと彼らは本当にオブジェになる」


 はははと、ヘルマンは爽やかに笑う。


「そして、僕を倒せば四人は元に戻る。選択肢は」

「ひとつだ!!」


 抉れるほどに地面を蹴る。左拳を固く握り込む。飛びかかりながら左腕をぶん回した。ヘルマンは笑いながら上体を反らして躱す。俺はそのまま身体を回転させて、右手で持った【聖剣エクスカリバー見習い】を旋回させる。ヘルマンはそれもバックステップで嬉しそうに避ける。


「《ハウル》!!」


 音の衝撃波にも、ヘルマンは感心したような表情の変化だけで、黒炎を纏った両腕を交叉させることで防いだ。衝撃に任せ、後方へ飛んでいく。


「《ミミルの合掌》!」


 ヘルマンがよろけたところに、サファイアさんが追撃する。ヘルマンの後ろの空中に水で出来た巨人が突如現れ、その巨大な両手がヘルマンを襲った。


「くおっ」


 さすがのヘルマンも堪えたらしく、その場で膝をつく。両腕の黒炎は大分小さくなっていた。

 それでも手は緩めない。


「《テスラボルト》!」

「ぎゃっ!」


 濡れた身体に紫電が飛来する。ヘルマンはまともに雷撃を食らった。

 畳み掛ける。

 俺は思い切り地面を蹴り、ヘルマンに肉薄。勢いのまま【聖剣エクスカリバー見習い】を振り抜いた。ヘルマンは左腕を突き出しガードするが、刃は彼の左腕を肘から刈り取った。

 いつの間にかヘルマンの右腕の黒炎が再生しており、爆炎が俺の腹に叩き込まれる。


「ぐぷっ……」


 吹き飛ばされながら、昼食を少し吐き戻してしまう。【騎士見習いの黒衣】は焼け焦げ、【宝玉竜のブレストプレート】にはススが付いた。

 飛ばされた俺の身体を何か柔らかいものが受け止める。


「大丈夫!? オズワルド君!」

「だ、大丈夫……ありがとうサファイアさん」


 サファイアさんだった。

 何か違和感がある気がするが、なんだろうか。

 いや、それは後でいい。今はそんなことを考えている場合じゃない。


 俺は再び走り出す。途中で手頃な瓦礫を拾い、ヘルマンに投擲した。

 ヘルマンは眼前に炎柱を生み出し、難なく防御。

 俺は何度も投擲を繰り返しながらヘルマンに接近する。

 ヘルマンの目の前には防御のための炎柱が幾重にも、半円状に生じていた。

 重心を力ずくで保ちながら、急旋回し、がら空きになったヘルマンの背後に回り込む。ヘルマンが振り向くより先に、俺は【聖剣エクスカリバー見習い】を振り上げた。


「《ムーンスラッシュ》!」


 出会ってから数日で、唯一クロイツェルに教わった技だ。光属性の魔法を付与した圧のある三日月状の斬撃を叩き込むというものらしい。

 地面から熱を感じたが、気にせず剣を振り抜いた。


「「ぐあっ!」」


《ムーンスラッシュ》を背中に受けたヘルマンと、足元から吹き上げてきた炎柱をまともに受けた俺の呻き声が重なる。俺の黒衣は焼け焦げ、【天鵞絨のバンダナ】も焼失した。ヘルマンの背中も大きく裂かれ、骨がのぞいていた。

 一歩下がってから、もう一度剣を振りかぶる。


「《ムーンスラッシュ》!」

「二度もさせるか!」


 怒りと悦びが混じった表情で、ヘルマンが炎柱の先から姿を現す。黒炎でコートされた右腕を繰り出し、【聖剣エクスカリバー見習い】の切っ先を弾き飛ばした。


「《ハウル》!」

「《ハウル》!」


 意表を突いたと思った《ハウル》での奇襲は相殺され、振るわれた右腕に俺の身体は耐えきれず突き飛ばされる形で地面を転がった。

 ヘルマンも魔法使えるのかよ。いや、さっきから炎魔法をバンバン使っていたっけ。

 わきまえずに逡巡すると、ヘルマンがすぐ近くまで迫っていた。慌てて体勢を立て直そうとするが、間に合わない。

 ヘルマンの凶爪は、果たして俺の胸を――貫かなかった。


「くおっ……」


 俺とヘルマンの間に現れた水の巨人の手が、ヘルマンを叩き潰す。


「《ムーンスラッシュ》!」


 体勢は不完全だが、逆袈裟の格好で技を繰り出す。

 立ち上がろうとするヘルマンの右脚の付け根を狙ったつもりだったが、ヘルマンが素早く身を翻し、右腿に切り傷を負わせるだけにとどまった。

 俺とヘルマンは互いに距離を取る。

 それにしても、サファイアさんの魔法の威力は凄まじい。


「《メテオレイン》!」

「「んん??」」


 俺とヘルマンは顔を見合わせ、俺のほうが一瞬早く空を仰いだ。

 二人の頭上に無数に輝く、星々の欠片――隕石。


「嘘だろ」


 天文学的な速さで降り注ぎはじめたそれらに背を向け、俺は脱兎のごとく駆け出した。


「ぎゃああああああっ!!」


 ヘルマンの悲鳴が隕石に押し潰されていく。

 俺は誓った。サファイアさんだけは絶対に怒らせない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る