第6-2話 開戦と圧倒

 仲間を危険に晒してしまう。それにはずっと気がついていた。それどころか、危険を回避する方法すらわかっていた。

 それなのに、俺の口から出た言葉は背負った仲間を地獄に突き落とす一言だった。

 最低だ、と自分を責める。


「にゃ、にゃははははっ! すごいにゃ【勇者】様!」

「え?」

「フン、尻込みしてたら叩き斬るところだった」

「え? えっ?」

「あ、あは、【勇者】様、やっぱりすごいや」

「は、はあっ?」

「やるじゃない。あとで膝枕してあげるわ」

「ありがとうございますサファイアさん! ……じゃなくて!」

「バカね。バカだけど、最高よ【勇者】」

「最高……?」


 みんなは何を言っているんだ。俺の一言で自分たちに危険が及んでいるというのに、誰も俺を責めない。ツィータに至っては「最高」だという。

 砂を踏む音がいくつも聞こえて、俺の左右に仲間たちが並ぶ。


「な、なんで」

「フン、自分の胸に聞いてみろ」


 汗を拭いながら真剣な眼差しで剣を構えるクロイツェル。


「ミィたちの言いたいこと言ってくれてありがとうにゃ」


 ぺろりと舌で上唇を舐め両拳を合わせるキャミー。


「今のキャミーの言葉がすべてよ。いちいちなんでとか言うのが女々しいわ」


 ふうっと息を吐き両手いっぱいに短剣を携えるツィータ。


「私たち、仲間でしょう。当然どこまでもついていくわ」


 杖で魔女帽を整えながら不規則に指を曲げ伸ばしするサファイアさん。


「こわいけど、それで勇気を出せないのは、【勇者】じゃないもんね」


 分厚い手袋をはめて赤い丸薬を齧るコーロ。


「……ああ」


 戦略的撤退だとしても、ひとたび【勇者】でないと言ってしまったら、もう二度と名乗れない気がしたのだ。

 そんな単純で幼稚な気持ちは、受け入れられるはずがないと思っていた。俺はやっぱり、仲間たちのことがよく見えていなかった。出会って数日で、仲が悪いように見えて、でも結局小競り合いしか起こっていないのは、向いている方向が一緒だからだったのだ。


「ありがとう、みんな」


 敵を見据える。

 ヘルマンは顔色を変えず、コキリと首を鳴らした。


「茶番はもういいのかな?」


 ヘルマンが右手をかざすが早いか、黒い光とともに爆音が響く。


「……っ!?」


 俺のすぐ左に居たコーロが後ろへと吹き飛ばされた。

 声をかける間もなく、紫雷が一筋、ヘルマンに放たれる。ヘルマンは身を捩りながらサファイアさんの《テスラボルト》を避けると、左手に黒炎を纏わせた。回転しながら、近くに居たツィータに向かって左手を振りかぶる。


「《ホーリークロス》!!」


 凶腕がツィータに触れるより早く、ヘルマンの横からクロイツェルが剣撃を繰り出す。目で追えぬほどの速さの剣筋は十字に光り輝き、光の魔力を帯びながらヘルマンを押し飛ばした。ヘルマンはそのまま土壁に激突し、壁の外側まで吹き飛ばされた。


「チッ、まだ来るぞ!」


 クロイツェルの言葉通り、瓦礫を吹き飛ばしながらヘルマンが姿を現す。その頭部に、ツィータが放った八本の短剣が触れようとしていた。ヘルマンは顔を歪ませながら横っ飛びする。避けきれずに右頬には二筋の線が刻まれた。

 血が出ないのを見て、俺たちはヘルマンの人外性を再認識した。

 クロイツェルの斬撃の痕は煙を上げながらヘルマンの左脇に刻まれていた。


「フン、対魔王と思っていたがまだまだ修練がいるな」


 反撃に転じるかと思われたが、ヘルマンはピクリと身を固めた。

 彼の相貌は好青年のそれとはかけ離れて、憎悪の塊よろしく歪んだ。


「魔王……?」


 ぽつりと反芻する。


「魔王……? 魔王……」

「《ホーリークロス》!!」


 これが機と、クロイツェルの交叉剣が煌めく。

 肉の焼ける音とともに、ヘルマンは後方に弾き飛ばされた――かと思われたが、上半身が仰け反っただけで、両足はしっかと土を噛んでいた。


「魔王……! マオー=オール=ザ=ワールド!」


 突然飛び出した父の名前に心臓が跳ねる。

 こんな時になんだが、つくづく恥ずかしい名前だと言わざるをえない。

 魔王がマオー。

 俺はせめてエリオットでよかったと思う。

 クロイツェルもぎょっとしてバックステップを踏む。クロイツェルが驚いたのは魔王のフルネームにではないだろうけど。


「殺す殺す殺す! 魔王殺す! マオー殺す!」


 突如憤怒の形相となったヘルマンの両腕が黒炎に包まれる。指先は炎で出来た爪のようだ。


「怯んだらダメにゃあ! 《混拳連》!!」


 猫のように俊敏に跳び出し、キャミーが両拳でヘルマンに殴り掛かる。光り輝く右拳と氷を纏った左拳の連撃を、ヘルマンは炎の爪でさばいていく。拮抗する攻防に割り込んで、ヘルマンの右側から炎が迫る。


「しゃああああああああっ!」


 炎の正体はコーロだった。全身に炎を纏いヘルマンに突っ込んでいく。たまらずヘルマンはコーロを弾き飛ばそうと右手を伸ばす。その隙を見逃さず、キャミーはヘルマンの顔面に左拳を叩き込んだ。


「ぐっ……」


 効果があったのか、ヘルマンはよろけ、そのままコーロの突進も食らった。

 吹き飛ばされた先には剣を振り上げたクロイツェルがいた。

 短く掛け声をして、袈裟斬りにしようと大剣を振り下ろす。だが、ヘルマンは剣を燃え盛る左手で受け止め、爆破を起こすと爆風に乗って距離を取った。

 ヘルマンの右半面は氷結し、右腕はひしゃげ、左腕は肘から下がぼろぼろだ。腹のあたりには帷子を一部壊し、十字に傷がついている。


「ううっ……」


 優勢のように見えたが、痛み分けだった。

 コーロを包んでいた炎は消え、がくりと膝をついている。キャミーの拳もノーダメージではないらしくファイティングポーズをとりながらも腕が震えていた。クロイツェルも息を切らし、額には玉の汗が浮かんでいる。


「コーロ、大丈夫か?」

「あ、ありがとう、【勇者】様……」


 走っていき、重症そうなコーロにポーションを飲ませる。それにしてもコーロがヘルマンの炎を受け切り、反撃に転じられるとは思っていなかった。赤い丸薬のおかげなのだろうか。

 ヘルマンは動かず、ぶつぶつと何かつぶやいている。

 俺の横から影が跳び出した。


「サファイア! 《風圧式》で私を飛ばして!」


 ツィータが曲刀を片手に駆け出していた。魔力が彼女を覆い、身体能力を引き上げているように見える。


「《風圧式》!」


 サファイアさんが唱えると、突風がツィータの背を押し、曲刀を携えたツィータは弾丸のようにヘルマンに向かっていく。そのまま切っ先はヘルマンの腹に達し、帷子ごとヘルマンの腹部を引き裂いた。

 そのまま通過するかと思われたが、ヘルマンが左手を乱暴に薙いだ。


「きゃあっ!」


 ツィータは土壁まで吹き飛び、鈍い音を立ててバウンドした。


「ツィータさん!」


 コーロが足を引きずりながら、ポーションをツィータに届ける。クロイツェルと俺は二人を守るべく、駆け出そうとした。


「何してんのよクソテ……クロイツェル! 【勇者】! キャミーとサファイアも! 私たちはいいから畳み掛けて!」

「……フン! 言われなくても貴様のことなど助けん!」


 クロイツェルと俺は方向転換し、サファイアさんも援護のため杖をかざした。

 俺も【聖剣エクスカリバー見習い】を鞘から引き抜き、ヘルマンを挟撃せんとする。キャミーは俺たちの後ろから走ってきていた。クロイツェルと俺は未だぶつぶつ言っているヘルマンに切迫する。


「あは」


 ぞくり。

 もう少しで刃が届こうとしたその時、突如ヘルマンは笑った。

 ヘルマンの全身から黒い炎が一気に立ち上る。


 俺とクロイツェル、キャミーは思わず飛び退き、たたらを踏む。

 一定の距離を保って様子を窺っていると、炎が揺らめき、次第に霧散した。


「「「……は?」」」


 近くの三人が同じように口をあけるほどに信じられない光景だった。


「あはは、あははは」


 乾いた笑い声が、土壁に反響する。

 遠くの仲間たちも気がついたらしい。息を呑む声が聞こえる。


「茶番はもういいのかな?」


 胸の穴以外忘れ去ったように、ヘルマンの身体の傷は消え去っていた。

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