第6話 ほんとうのきょうてきがあらわれた!

第6-1話 【勇者】と愚者

「あれ? おーい、君たち【勇者】一行だろ?」


 黒いフード付きのローブ。帷子をそのまま服に設えたような簡素な装束のいたるところに、色とりどりの革のベルトを巻きつけている。金髪碧眼、目鼻立ちの整った顔は蒼白で、好青年のはずなのに生気が感じられない。


「あ、そうか。悪いね。僕はヘルマンっていうんだ」


 唇は薄く、青白い。

 なにより、帷子の胸から背中まで風穴が空いており、そこにあるはずの心臓はなかった。

 脳裏をよぎったのは、幼いころに魔王城の近くで見た、異形の化け物。

 青年の形をしているが【これ】は普通じゃない。


「なんだ、ダンマリ? 突然喋りかけたから驚かせちゃったかな」


 あくまで物腰柔らかだが、このヘルマンという青年からは死の匂いしかしない。

 後ろで誰かが倒れる音がした。木と土の擦れる音がしたから、コーロだろうか。

 ヘルマンの眉がピクリと動く。


「……オズワルド」


 振り絞る。糸のようにか細い声。

 聞こえたかどうかすらわからなかったが、ヘルマンはぱあっと目を輝かせる。


「おおっ、オズワルド! 答えてくれて嬉しいよ!」

「ああ、どうも」


 ヘルマンからは絶えず負の圧力が迸っており、重力が十倍にも感じていたが、俺が答えたことで七倍くらいまでに落ち着いたような気がする。


「いやあ、人と喋るなんてどのくらいぶりだろう。嬉しいなあ。こうやってモンスターやら魔族やらを狩っているから、なかなか時間もなくてね。運良く人間に会えても、何故かすぐに逃げられるか喋ってくれないんだよね」


 そりゃあそうだろう、と思うが口には出さない。

 口に出して事態が好転するとは到底思えなかった。


「出会えて嬉しいよ。オズワルド」


 屈託のない笑顔で手袋を外した右手を差し出してくるヘルマン。罠である可能性もあったが、俺は同じように右手を差し出した。そして先制攻撃とばかりに、自分からヘルマンの手を握った。

 ヘルマンは一瞬ぎょっとしたが、すぐに相好を崩して握手を交わす。

 重力が戻り、空気も濃くなったように感じた。


「本当に何年ぶりだろう。握手なんて」


 ヘルマンは本当に嬉しそうだ。

 だが、俺は同じように笑うことができなかった。

 彼の手が死人のように冷たすぎたからだ。

 俺は手を離した。ヘルマンは少し名残惜しそうな表情をする。


「ところで、最初の質問に戻るんだけどさ、君たちは【勇者】一行?」

「どうしてそんなことを聞くんだよ?」

「む。質問に質問で返すのはマナー違反だろ。……まあいいや。でも、どうしてって言われると、難しいな。そういう役割なんだ」

「役割?」

「うん。人間に会ったら【勇者】かどうか聞かないといけない」

「……その人間がもし【勇者】なら、どうするんだよ」

「だったらもちろん殺すよ」


 晴れているから布団を干す。そう言うのと変わらない口調で言い放った。


「は……? な、なんで? モンスターや魔族を狩ってるんだろ?」

「そうだよ」

「じゃあ【勇者】とやることは一緒じゃないか。どうして【勇者】を殺す必要があるんだよ」

「うーん、だから、そういう役割なんだよ。僕は。モンスターや魔族を狩るのも役割さ。理由を考えようとすると靄がかかったようになって、わからないんだ」


 ヘルマンが言うことの意味がわからなかった。

 人間に敵対するモンスターや魔族と戦いながら、【勇者】を殺す。これは俺の中で絶対的に矛盾しているのだが、ヘルマンはそれを受け入れている。

 危険過ぎると、本能が言う。【これ】と話は通じない。


「それで、そろそろ答えてよ。君たちは【勇者】一行?」

「俺たちは……」


まともに対峙したら、仲間たちが全員死んでしまうような予感がした。


「……ない」

「ん? 何? ごめん、聞こえないや」

「俺たちは【勇者】一行じゃ……」

「ああ! 【勇者】じゃないんだ。よかった! なんとなくだけどね、僕はオズワルド、君を殺すのは忍びないと思っていたところなんだ。理由はよくわからないのだけどね」


 ヘルマンは嬉しそうに両手を広げて笑う。

 そうして踵を返し、行って良いよというように、バイバイと手を振りながら歩きはじめた。

 あっさりとしたものだ。【勇者】だと名乗りさえしなければ、【これ】と戦わなくて済むらしい。

 冷静に考えれば、安いものだ。

 そう、冷静にさえ考えれば。


「……な、く、ない」

「……ん? 何? ごめん、聞こえないや」


 ヘルマンは足を止めた。


「【勇者】一行じゃなくない! 俺が【勇者】だって、そう言ってるんだよ」


 振り返ったヘルマンの目は濁っていて、「へえ」と短く吐いた。


「それは本当に、残念だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る